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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第二章

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第五十四話 悔恨の夜

 〝アレクシア・レイデン侯爵令嬢が、お茶会の席で失態を犯した子爵令嬢を、必要以上に(しっ)(せき)していた〟

 

 私は耳を(うたが)った。王宮ですれ違った見知らぬ令嬢の侍女に声をかけられたのだ。

 

『あんな人に(つか)えるだなんて、あなたも大変ね、彼女に(いじ)められていない?』

 

 心配そうに声をかけられ、更に()(まど)った。全くもって、事実とは異なることだったから。

 しかし私がそんなことはないと否定をしても、〝この子はヤトルカ人だから、立場上、本当のことを言えないのね〟と言いたげな、(あわ)れみのこもった眼差しで見つめ返されるだけだった。

 

 後日、別の席で令嬢たちの(つど)いがあった。その時のアレクシアに対する令嬢たちの冷ややかな(まな)()し、彼女を横目で見ながら、広げた扇の下でひそひそと(ささや)きあう声。

 

『たしかにあの方は完璧ですけど……ああも高慢ですと嫌ですわね……』

『あの子は失敗しましたわ……でも、夜の中庭で(しつ)(よう)に叱責だなんて……なんて冷たい。人の心を分かっていらっしゃらないのかしら』

『王太子様への不満も()らしていらしたそうよ……』

 

 いたたまれず、違う、と否定したがる私をアレクシアは静かに制した。

 その深い緑色の瞳には、諦めがあった。

 

「ど、どうしてそんな嘘が流れたのさ!?」

「……噂の出所を聞いた。叱責された子爵令嬢本人が言っていたと……」

「なんでそんなこと! その子はアレクシア様に(はげ)まされたんでしょ? 感謝こそすれ、なんで……」

「屈辱、嫉妬……どうにでも説明はつく。そういう場所だ、あそこは」


 その後、王太子ヨナーシュはアレクシアを呼び出した。彼の部屋、(ごう)(しゃ)な扉の前で、私は待たされていたが、中から聞こえてくる声は、鋭いものだった。

 

『王太子の婚約者としての相応しい振る舞いを、お前は分かっていない!』

『……』

『いくら政務面で優秀だろうが、私はその程度のことでお前に甘くしないからな! 臣下である子爵令嬢をいびるなど、人として最低なことをした自覚はあるのか? 言い訳なぞ聞かん、どうせお前は励ましたかっただけだとか、ありきたりな事しか言わないだろうしな!』

 

『……』

『なんだ、その顔は! いいか、傷ついたのはお前ではなく私の(めん)()だ! 貴族たちの間では婚約者の(しつけ)ひとつも出来ない王太子と言われているに決まっている……どうしてくれる!? なんとか言ったらどうだ、アレクシア!』

 

 扉の向こうが、一瞬静まりかえった。私は震える手を握りしめながら、その扉を今すぐにでも()(やぶ)って、叫んでしまいたかった。その噂は嘘だ、私は見ていた。私は、この人が――。

 

『申し訳ございません、ヨナーシュ様……』

『……暫く公の場には出るな。謹慎だ。……行け。政務は(とどこお)らせるなよ』

 

 静かに扉が開き、アレクシアが出てきた。思わず私は、彼女の手に触れた。指先に触れた肌がいやに冷たい。アレクシアは(わず)かに疲れた顔をさせながら、私を見て(ほほ)()んだ。

 

 ――どうして、笑っている、あなたは。

 

『待たせてしまってごめんなさい、部屋に戻りましょう』

『アレクシア様』

『大丈夫よ、デルマ。……そんな顔しないで、あなたが怖い顔をしていると皆驚いちゃう』

『……』


 夜になって、私はどうしても眠れなかった。

 今日の出来事が、私の心をざわめかせ、苛立たせた。

 育ての家から抜け出して、無断で闘技場へ出た時が懐かしい。あの時はこの王国への怒りをそこでぶつけることが出来た。(そし)られる身分で、公の記録が残らなくとも、私はそこで、私でいられたからだ。

 

 そんなことを思い出したのは、どうしてだろうか。私はいてもたってもいられず、気づけば彼女の部屋の前へと向かっていた。

 ぴったりと閉められた扉の向こうに気配がする。

 いけないことだと思いながら、私は扉をそっと開けた。彼女がいる。カーテンを開け放った窓のそば、テーブルに伏して、肩を震わせた彼女が。

 

『どうして?』

『っ……デルマ……?』

 

 私は部屋に入っていた。そうせずにはいられなかった。

 私の声にアレクシアはばっと顔を上げ、濡れた顔をこちらに向け、目を丸くした。慌てて頬をぬぐい()(つくろ)う彼女を見つめながら、私は震える声で、聞いた。

 

『どうして、本当のことを言わなかった?』

『…………』

『噂を否定する権利があったはずだ、あなたには』

『……ええ』

 

 苛立ちまじりの私の言葉に、アレクシアは頷いた。視線を(さま)()わせ、暫く考えたあと、彼女は私を見つめ、こう返した。

 

『あの時、あの子は本当につらかったと思うの』

『答えになってない!』

『……それを否定なんて出来ないわ』

『だが……あなたが代わりに(そし)られる(いわ)れなんて、無いだろう!?』

 

 主人に対する礼儀も、私は忘れていた。そんな私に、アレクシアは静かに首を振った。

 

『……それは、些細なことよ』

『…………』

 

 きっぱりと言い切られ、私は反論出来なかった。本気でそう思っていると、理解してしまったから。

 

『それでも、私は見た。本当のことを』

『ええ、あなたが見てくれて、こうして怒ってくれるだけで、私は――』


 彼女はまた微笑んだ。必死に哀しみを隠すような、微笑みだった。


 

「その夜だ。アレクシア様の為に、彼女を守るために、私はこの王国に来たのだと悟ったのは」

「…………」

 

 デルマは目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。そしてゆるりと、首を振った。

 

「だが、結局私はアレクシア様を守ることが出来なかった。……結果、王都から追放されて、ここにいる」

 

 デルマは膝の上に置いた手をきゅ、と握り、物思いに(ふけ)る。黙って聞いていたサーラは、小さく喉を鳴らし、同じように何かを考えていたが、やがて隣に座るデルマを見て、口を開いた。

 

「あたし、二人がここに来てくれたの、本当に感謝してるんだ」

「……サーラ」

「だって、二人が来なかったら、村は……あたしは、あのままだった。二人に救われたんだよ、みんな。それは嘘じゃないよ、嘘だって言う奴がいたら、あたしが違う! って言ってやるんだから!」

 

 サーラの言葉に、デルマはくすくすと笑った。頼もしいな、と呟き、天を(あお)ぐ。

 

「だから、ね、二人ともここにいて。ずっと、私たちの領主様と、その侍女様でいて」

「……ああ、きっと大丈夫だ、サーラ。この村はもう、(よみがえ)ったのだからな」

 

 デルマの手がサーラの頭を撫でる。

 話は終わりだ。そろそろ寝なさい。そう促すデルマに、サーラは頷いた。

第五十四話をお読みいただきありがとうございます!

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