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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第二章

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第五十二話 模擬試合

 王都から流れ着いてきた人の数は増える一方だった。アレクシアがここに来た時には目立っていた空き家も、今や全て住居になっている。

 いよいよ気候が穏やかになり、ヌッツロースで傷ついた身を癒やしたのち改めて新天地へと向かう人々もいたが、ほとんどがヌッツロースへの定住を希望した。

 

 喫緊の課題は土地だった。今のままの規模では住む場所も、畑も足りなくなる。しかしむやみやたらに開拓するのも、アレクシアは反対だった。

 

「……というわけで、ナーガ様とドリアード様に相談をして、どこまで開拓していいかを取り決めたの」

 

 アレクシアは山に住む水精ナーガと木精ドリアードの夫妻に相談を持ちかけたのである。彼らも村の騒がしさを把握していたのか、アレクシアに水脈の流れと良い土の場所を教え、この山を荒らさない限りはと(こころよ)く助言してくれた。

 

「早速、計画を皆に伝えて動いてもらいましょう。避難民が自ら土地を拓けば、きっと愛着も湧くわ」

 

 アレクシアの言葉にデルマもフェリクスも頷いた。春の初めに流れ着いた者たちも、今やすっかり元気を取り戻している。殆どが王都生まれなので慣れないこともあるだろうが、村人たちも自分達の仕事合間に助けてくれるだろう。

 

「警護の仕事を希望する者は、こちらで預かりましょう。村が大きくなれば、守るべきものも増える。……それに、先日流れ着いた者から話を聞いたのですが」

 

 フェリクスの顔色が(わず)かに曇り、アレクシアは首を傾げた。フェリクスの青い瞳が細められる。

 

「外で魔獣が増えているようです。その増え方も急で、王都の騎士団――たしか赤斧(せきふ)騎士団が駆除にあたっているとか」

「魔獣が……」

「王都から出て他の地方に向かうのも、かなり難しくなっているようです。魔獣にやられた者の姿もいくつか見かけたようで……」

 

 口ごもるフェリクスに、アレクシアはそっと目を細める。フェリクスは膝の上で拳を握りしめ、顔を強ばらせながらも告げた。

 

「我々も村周辺の見回りを強化します。放ってはいられないでしょう、アレクシア殿?」

「ええ、そうね……お願い」

 

 アレクシアが了承し、フェリクスもほっと息を吐いた。ああ、それと、と話題を変えるように彼が声を明るくすれば、アレクシアは目を丸くした。

 

「これはデルマ殿への、個人的な依頼なのですが」



 村の外れに設けられた警備隊の(たん)(れん)(じょう)に、人々は集まっていた。殆どがフェリクスの部下だったが、他にも村の若者たちが集って、中央に立つデルマとフェリクスを見守っている。

 

「どういう風の吹き回しか分かりかねますが……」

「お付き合いいただきありがとうございます。皆、どうしてもデルマ殿と私の手合わせを見たいと言っておりまして」

 

 デルマの姿は平服だった。手には模擬戦用の木剣が握られている。フェリクスも騎士の出で立ちではなく、鍛錬の時に着る平服姿で、やはり模擬戦用の木剣を手にしていた。申し訳なさそうにフェリクスが一礼をすれば、デルマは軽く眉尻を下げた。

 

「私はただの侍女ですよ。剣を生業(なりわい)とする貴方には――」

「いえ、いえ! まさか、ご(けん)(そん)を。私は一度拝見しています。闘技大会の並み居る猛者(もさ)たちを地に伏せさせた貴女の姿を……」

「……あれは、その……」

 

 デルマの頬がそっと赤らむ。あの時のことは、と恥じらう姿に、兵士たちはごくりと息を呑む。サーラとアレクシアもフェリクスに招かれていた。彼らと共に二人の模擬戦を見学する流れになったのだ。

 

「デルマ、頑張って!」

「……ああ、二人まで……」

 

 目を輝かせて応援するサーラと主人に、デルマが顔を更に赤くする。しかしすぐに表情を戻し、剣を構えた。模擬戦を受けることに了承したと受け取り、フェリクスも静かに剣を構える。

 

「模擬戦、始め!」

 

 フェリクスの従者モーリスが声を上げれば、兵士達が(はや)()てる。しかし向かい合った二人は、にらみ合ったまま動かない。どちらが先に動くか、機を(うかが)っているようだった。

 

 先に動いたのはフェリクスだった。無駄のない構えから振るわれる剣は、木製であろうとまともにくらえばただではすまないだろう。一方デルマは彼の一撃を軽やかに(かわ)し、反撃の剣を振るう。乾いた木の音が(いく)()にも打ち合い、二人の剣戟に周囲の面々は()()られた。

 

「すげえ……」

「フェリクスさんはいつも通り安定してる。無駄のない足運びで揺らがねえ……だがデルマさんは確実に狙ってんだ……急所をよ……」

「ただの侍女とは思えねえ。やっぱり噂は本当だったんだ」

「噂?」

 

 中年の兵士が呟いた言葉に、サーラは首を傾げた。ああ、と彼は頷き、顎を触りながら呟いた。

 

「三年前の闘技大会……全ての戦士が(つど)う大きな大会さ。そこに飛び込みで参加し……容赦のない(けん)(さば)きで名うての猛者たちを地に伏せさせたヤトルカ人の娘……」

「それがデルマ?」

「まあ、優勝は逃したがな。彼女の参加は非公式として扱われた。……申し込みに不備があったっつー話だが、オレたちは信じちゃいねえ。ヤトルカの娘っ子に騎士団の野郎どもが軒並みのされたとあっちゃあ、……なあ?」

「はー? ちゃっちい奴らね」

 

 サーラの言葉に兵士は苦笑いをした。政治っつーもんさ、と呟けば、デルマの舞うような姿に目を細める。

 

「噂じゃどこかの貴族に仕えることになったと聞いちゃいたが、本当だったとはな。侍女にするには惜しい子だったのに」

 

 フェリクスの攻勢は(ゆる)まない。恵まれた(りょ)(りょく)とたゆまぬ鍛錬の成果から繰り出される一撃は、デルマに防戦を強いていた。一撃は(かわ)せるが、二撃目は受け止めざるを得ない。(つか)から伝わる衝撃に、デルマは奥歯をぎり、と噛んだ。しかし怯むことなく、彼女はフェリクスの懐へ一歩、踏み出した。

 

「!」

 

 握りしめた剣をフェリクスへと振るう。しかしそれは防がれ、デルマは舌打ちとともに跳びすさった。

 

「……すごいな、貴女は」

「…………」

 

 ゆっくりと息を吐きながらも、デルマは無言だった。(まと)う空気はピンと張り詰めている。

 ――騎士の戦い方ではない。最小限で人を無力化するような戦い方だ。

 フェリクスは思わず唇を舐めた。これは油断していると――。

 

 (せつ)()、デルマが一歩踏み出した。フェリクスもそれに反応し、迎え撃つ構えを取る。木剣がさながら、本物のような鋭さで、空を引き裂き、互いに打ち合う。一進一退、しかしやはり、フェリクスが()している。

 

「デルマ……」

「が、頑張れー!」

 

 サーラが叫べば、デルマは軽く目を見開いた。それが隙だった。フェリクスもつい、本気をだしていた。重たい一撃がデルマを捉える。――しかし、そこには影ひとつなく。

 金色の双眸が獣じみた輝きを見せる。まるで獣が足元から食らいつくように、切っ先がフェリクスの喉元へ――。

 

 乾いた音と共に木剣が一本、地に刺さった。しん、と全てが静まりかえる。皆、ぽかんと口をあけて、中央の二人を食い入るように見つめていた。

 

「……私の負けです。フェリクス様」

「……」

 

 お手合わせありがとうございました。デルマが深々と一礼すれば、我に返ったフェリクスも慌てて騎士の一礼をする。そして歩み寄り、手を差し伸べた。

 

「やはり、お強い」

「勝った者が言うと、嫌味にしか聞こえませんよ」

 

 笑いながらそう返すデルマの声は柔らかい。弾き飛ばされた剣を拾い上げ、ふと見れば刃の部分に、深いヒビが入っている。ああ、と申し訳なさそうにデルマがため息を吐けば、フェリクスはそれを(うやうや)しく受け取った。

 

「私は勝ったとは思っていません、デルマ殿」

「……備品を壊してしまいましたね」

「いえ、これも本望でしょう」

 

 笑い合う二人に、兵士達は賛辞を送った。手を叩き、口笛を吹く。汗だくの二人に駆け寄り、アレクシアはデルマの手を取った。

 

「すごいわ、デルマ! フェリクス様と互角だなんて!」

「……負けましたよ、決着を焦った私の負けです」

 

 さあ、帰りましょうとデルマが促す。アレクシアとサーラは興奮冷めやらぬ様子だった。その背中を見つめながら、フェリクスは顎に手をやり、思案に(ふけ)った。

 

「…………あの御方は、いったい」

 

 考えてみるが、余計な(せん)(さく)かと思い至る。彼も騒ぐ部下達に声をかけ、日常に戻るように促したのだった。


 

 夜、サーラは中庭で休むデルマを見かけた。既に仕事を終え、ゆったりとした服に着替えている。備え付けられた椅子に座り、月の光を浴びながら物思いに耽る上司の姿に、サーラはこくりと息を呑んだ。

 

「……サーラ?」

「わ、あ、邪魔して、ごめんなさい……」

 

 物音に気づいたデルマが顔を上げれば、慌てて謝る。ふ、と笑みを浮かべたデルマが手招きをすれば、サーラは遠慮がちに中庭に踏み入った。

 

「寝られないのか?」

「うーん、そうかも。昼間のデルマ、すごかったから」

「……」

 

 サーラの言葉に苦笑いをしながら、デルマは己の手のひらを見つめていた。いつも()()しさを(そこ)なわない彼女は今日はどこか、柔らかい。サーラは隣に座りながら、そわそわと手を握り、そしてデルマを見た。

 

「ねえ、デルマってどうしてアレクシア様に仕えるようになったの?」

「……いきなりだな」

「だって兵士さんが言ってたよ。侍女になったのは惜しいって」

「……」

 

 デルマは一瞬、複雑そうな顔をさせた。一瞬の沈黙ののち、サーラをちらりと見て、口を開く。

 

「気になるのか?」

「うん」

「そうか……」

 

 デルマが肩を揺らし、笑う。(しばら)(しゅん)(じゅん)したのち、そうだな、と天を見上げ、ぽつぽつと彼女は語り始めた。



第五十二話をお読みいただきありがとうございます!

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