第四十八話 不穏
「フェリクスさんから、ある程度は聞いているとは思うんですけどね」
そう前置きをして、ツチラトは語り出した。南地区のナゲキハスだけではなく、東と西の地区に設置された浄水槽のナゲキハスも取り除かれたこと、それが大聖女エリーズの神託が理由であること、にもかかわらず、貴族が住む北地区のナゲキハスは取り除かれなかったこと。
それに蒼盾騎士団の長、フェリクス・フォン・オーステンが抗議し、騎士団もろとも破門になったこと。
「街の空気は悪くなる一方だ。夜になれば殆どの店が閉まっちまうし、外で喧嘩をしだす奴らも増えた……王都を守る騎士団の一つがまるごと無くなっちまったんだ。当然さ」
「……」
ツチラトの言葉にフェリクスは軽く俯く。その顔にかかる影をちらと見やりながら、ツチラトは続けた。
「金回りも悪い。国教会が新しい神託を出してな……言ってしまえば、奉仕の強制さ。南地区の技師たちはただ働き同然で浄水槽の改良を命じられている。そっちに人手を取られちまったから、他の仕事も滞ってる。酔っ払いの喧嘩のせいで割れた窓一枚すら直す時間がねえ。注文は山積みだが、金は入らねえ。……だが王家はどうもその補填をするつもりはないらしい」
「どうしてですか?」
「そりゃあ、認めたくねえんだろ。あの王太子がナゲキハスを引っこ抜いたのがそもそもの始まりだ。補填、という話になれば王家はその失敗を一部なりとも認めるしかない……だが、どうやらあの王太子はそれが嫌なんだと。その婚約者である大聖女サマも、彼が失敗したなんて認められないから、北地区以外のナゲキハスを引っこ抜くように言った……皆そう言ってるぜ」
アレクシアの顔は強ばっていた。打つ手無し、という言葉が頭にちらつく。
「……だがな、皆なんにも言えねえ。長年、王家と国教会に仕えてきた蒼盾騎士団がほんの少し小言をいっただけで、まるごと破門だ。オレら庶民が言っても動くとは思えねえし、破門だ、反逆者だなんて言われるのは目に見えてる。皆、嫌な臭いにえずきながら王都で我慢して生きるしかねえのさ。ま、オレはこうして行商に出て気分転換が出来るけどさ」
「……この状況を憂えている御方もいらっしゃるのでは」
フェリクスが聞けば、ツチラトはううん、と首を捻った。言いにくそうに口を歪め、頷く。
「オレたちヤトルカ人は中々貴族様方にはお近づきになれねえからな。だが商人仲間から聞いた話じゃ……たしかに、問題視してる貴族もいるらしい。例えばアシャール家なんかは筆頭だな。元々民衆に寄り添う家だ。この状況には言いたいことなんざ山ほどあるだろうさ」
「じゃあなんで言わないのさ?」
思わずサーラが口を出す。デルマが咎めるように彼女をちらと見たが、何も言わずに目を伏せた。
「……結局のところ、国教会だ。王都の殆どが国教会の信者で、ずっと信奉してきた。大神アクリと、その祝福を一身に受ける大聖女を……彼らの怒りに触れ、破門されるということは死刑宣告に近しいことなのさ、一族を巻き込んでそんな自殺行為をするなんて、相当な覚悟がいる」
「あの……フェリクス様」
「……はい」
「あなたの家は、あなたの破門をどのように……?」
アレクシアがおそるおそる訊けば、フェリクスはぐっと一文字に唇を引き結んだ。しばらくの沈黙の後、そしてゆっくりと口を開き、首を横に振った。
「私から勘当するように、父に申し入れを。私の兄が国王陛下にそれで手打ちとするように陳情してくれたのです。……家を守るためです。兄には、申し訳ないことをしました」
「…………」
静寂が重く、応接室に沈む。アレクシアも視線を彷徨わせ、膝の上の手をぎゅっと握った。
「どうすれば……」
「アレクシア様、オレが言いたいことはですね」
ツチラトがアレクシアを見つめる。彼女を見据える金の双眸はいつになく真剣だった。それに肩を跳ねさせ、アレクシアは居住まいを正す。
「おそらく、王都はますます混乱するでしょう。まずは人です。きっとあそこを見限る人間はこれからどんどん増えていく。王都よりも地方の街や村のほうがマシ、だってね。事実……いくつかの貴族が既に離れている。療養、視察……理由はいくらでも作れますんでね。そして次は……アレクシア様、分かりますね?」
「…………王都を出ざるを得なくなった民が、この村に流れ着く可能性が増える。蒼盾騎士団のように」
アレクシアの言葉にツチラトは頷く。合格だ、と言いたげだった。
「ま、冬が終わる頃ですかね。……その時のことは貴女次第ですよ」
「私次第……」
「だ、大丈夫だよ! アレクシア様はこの村を蘇らせたんだ……どんなことがあっても、皆はアレクシアの味方だよ!」
「サーラ……」
サーラの言葉にツチラトはにっこりと笑った。それでこそ取引のしがいがあるってもんです、と肩を揺らし、紅茶を一口飲む。
「ツチラトはどうするんだ?」
そう訊いたのはデルマだ。その目には心配の色が滲んでいる。王都に住む同胞たちのことも、気がかりなのだろう。
「オレ? そうだな……まあ、色々と手を打つつもりですよ」
ツチラトはどうということはないと、肩を竦めた。
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