第四十七話 冬支度
木枯らしが落ち葉を舞わせ、村に冬を運んでくる。
しかしヌッツロースの住民達の目に不安はなかった。行き交う荷車には麦や薪が積まれており、そこかしこからは肉や魚を燻す煙が上がっている。家の屋根や壁を修繕する為に釘を打つ音も聞こえてきていた。
「この秋最後の行商だよ! 必要なものは買い逃さないでくれ!」
広場ではヤトルカ人の商人が元気よく声をあげており、村人たちが次々と集まっている。かなりの盛況ぶりだが、何か怪しいものが売られていないか……つい職業病を発揮してしまい、フェリクス・フォン・オーステンは行商馬車に立ち寄った。
荷馬車の幌には奇妙な――一つの目と一対の耳をあしらったような紋章が描かれている。
「ああ、あんたが!」
「は……?」
元気よく売り込みをしていた行商人――ヤトルカ人特有の黒髪を三つ編みにした男に笑みを向けられ、フェリクスはぽかんと呆気にとられた。
「アレクシア様から聞いてるぜ、この村に流れ着いた騎士団の団長さん。オレはツチラト。王都のカンティン商会に所属してる。この村と大きい取引をさせてもらってるのさ。……ごひいきに」
「……わ、私はフェリクスと申します。フェリクス・フォン――」
「オーステン家の次男坊だろ。……あんたの噂、ついこの前まで王都で持ちきりだったからな」
「…………」
「ははっ、そう怖い顔しなさんなって! オレはあんたのこと、嫌いじゃないぜ。商業地区のやつらもそうだし、南地区の技師さんたちも、あんたのことを気の毒に思ってる。だからここに住むって聞いて、ちっとばかし安心したのさ」
あんた見る目あるよ。揶揄うように言われ、フェリクスは複雑そうな顔をツチラトに向けた。しかしすぐに気持ちを切り替え、彼に切り出した。
「――……王都は、今どのように?」
フェリクスの問いにツチラトはにこにことしていた顔をすっと戻した。金色の目が細まり、フェリクスをじっと見据えれば、若い騎士団長は微かに肩を跳ねさせた。商人とは思えぬような眼差し――そう感じた瞬間、ツチラトは再びにっこりと笑った。
「丁度いいや! 今からアレクシア様のとこに挨拶に行こうとしてたんでね、土産もある。……そこでどうだい?」
仲間に店を任せたツチラトと、着いていくことを承知したフェリクスが屋敷へ向かえば、庭先でサーラが木を見上げていた。その顔には焦りが滲み出ている。
「やっちゃった……」
「いかがされましたか、サーラさん」
思わずフェリクスが歩み寄れば、サーラはぱっとそちらに振り向き、一歩後ずさった。ええっと、と口ごもり、ちらちらと木の上を見上げれば、枝に白い布が引っかかっている。なるほど、とフェリクスは合点がいった。あの高さは小柄な彼女では届かないだろう。
「風で飛ばされちゃったんだ。ちょっと梯子を取ってくるよ」
「お待ちください。私が取りましょう」
早口で言いながらその場を去ろうとするサーラを留め、フェリクスが木に歩み寄る。手を伸ばせば届かない位置ではない。風に吹かれてはためくそれをなんとか掴み、フェリクスは引き寄せた。僅かに驚いた顔をさせて立っているサーラに、フェリクスはそれをそっと差し出した。
「どうぞ、お嬢さん」
「…………」
その様子を見ていたツチラトはにやつく顔を誤魔化すのに苦労した。なんのことはないと微笑みながら布を差し出す見目の良い騎士の前で固まる村娘の姿といったら! 無理もない、彼は王都でも評判だった。
町娘たちは彼を見かければうっとりとした顔をさせて、彼を誉めそやしたし、その嫌味のなさに、男達だってお手上げだった。そんな彼の親切を一身に受けてしまうのだから、あんなに顔を真っ赤にさせて固まってしまうのは無理もない。
「? ……いかがされました?」
「あ、ああ……えっと、ありがとう……その、……騎士さん」
「フェリクスとお呼びください」
微笑むフェリクスに、サーラはぼんやりと頷いた。目を泳がせ、じゃあ、私もサーラでいいよ、ともごもご口ごもりながら一礼し、彼女は逃げるように去っていった。
覚束ない足取りに躓かないか心配しながら、ツチラトは彼女の背に一言、邪魔するよと告げる。フェリクスはというとやや困惑した顔で、ちらと同行人を見やった。
「私は彼女に何か失礼を……?」
「いやいや、まさか。完璧だよ、あんたは」
そんなことは、と謙遜するフェリクスの背を軽く叩き、ツチラトは玄関ドアを叩く。すぐにデルマが出てきて、二人を招いた。
「アレクシア様がお待ちだ。……ああ、フェリクス殿も来たのですか」
「はい。お許しいただけますか」
「勿論だ」
デルマに促され、応接間へと二人は向かう。そこに入ると、既にアレクシアがいた。
「ツチラトさん、ようこそ。まあ、フェリクス様も」
「お邪魔いたします、アレクシア殿」
問題ないですよ、とアレクシアが笑い、ソファを指し示す。そこにかければすぐにサーラがティーセットを持ってきた。丁寧にそれをテーブルへと置き、そして彼女はちらとフェリクスを見やった。一瞬のことで、彼女はすぐに目をそらし、そそくさと部屋の隅へと自分の身を落ち着かせた。
「では早速ですが、ツチラトさん」
「はいはい。では、報告会を始めるとしますか」
ツチラトが軽い調子で応え、身を乗り出す。その言葉の調子とは裏腹に、彼の顔は軽く強ばっていた。
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