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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第二章

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第四十六話 フェリクス・フォン・オーステン

 村に流れ着いた騎士団たちは、(まばた)く間に元気を取り戻した。

 最も重症であった彼らの団長――フェリクス・フォン・オーステンは、村医者の見立てではすっかり傷も(ふさ)がり、毒も抜けたとのことだが、用心を重ねて数日の療養をすることになっている。

 

 アレクシアは、普段通りの日常を過ごしていた。騒ぎのおかげで滞っていた冬の準備もいよいよ計画が組み上がろうとしている。騎士団への炊き出しをしたので備蓄はやや減ったが、問題になることではない。

 

「むしろ、ありがたいわね」

 

 窓の外から聞こえるかけ声に耳を傾けながら、アレクシアは呟いた。

 騎士団はモーリスを中心に、村の人間へ護身術を授けてくれるというのだ。それと、村を離れるまでの警護。後者に関しては、これほどありがたいことはない。デルマが(けい)()をつけていたとはいえ、やはり集団での防衛に関しては騎士団が勝る。

 かち、こち、と柱時計の秒針を聞きながら、アレクシアは己の手を見つめていた。デスクには種が一つ、置かれていた。

 

「…………」

 

 ゆっくりと目を瞑り、息を吸い、吐く。そろりと目を開き、種へと手をかざす。

 頭の中に、一つの単語が浮かんだ。

 

発芽(ブラスタリ)

 

 淡く、種が輝く。固い種子の皮が裂け、そこからするりと芽が伸びる。それは瞬く間に伸び、根付く場所を求めて根はうねり、秒針が一回りする間もなく、夏の花――向日葵を咲かせた。

 

 大きな息を吐き、アレクシアは天井を見上げた。

 分からない。何故、急に祝福の力が戻ってきたのか。しかも、それは人智を越えている。普通じゃない。――並大抵の聖女では考えられないし、大聖女もこんな力を有していたとは聞いたことがない。

 

「熱を出したから? ……つまり、強い万物素が漂う空間に入ってしまったから?」

 

 そんな症例はあるのだろうか? これは一時的なもの? それとも……もう、失わなくてもいい? 考えだすと止まらない。咲かせた向日葵を拾い上げ、まじまじと眺める。立派な向日葵だ。生命力に(あふ)れている。

 

「……この力を使えば……冬の飢えなんて気にならなくなる?」

 

 思わず呟くと同時、扉が叩かれた。慌ててデスクに向日葵を置き、どうぞ、と告げればデルマがやってきた。

 

「失礼します、アレクシア様。今は取り込み中でしょうか」

「いいえ……いいえ、大丈夫。仕事が一段落したところよ」

「フェリクス殿がお目見えになられて、アレクシア様との面会をご希望です。如何されますか?」

「……是非。応接間にお通しして」

 

 デルマが頷き、(きびす)を返す。アレクシアはぐっと伸びをして、手鏡を拾い上げた。


 快活そうな、見目の麗しい男――お見かけしたのはいつぶりかしら、とアレクシアは内心独りごちながら、会釈した。

 

「ヌッツロース領主、アレクシア・デュランでございます」

「私はフェリクス・フォン・オーステン。(そう)(じゅん)()()(だん)の団長でしたが、今は流浪の身。このたびは我々を助けていただき、感謝の念に()えません、アレクシア・デュラン殿」

 

 騎士特有の敬礼をとり、フェリクスはアレクシアを見据え、またアレクシアも、彼を見つめた。

 

「オーステン家のご子息であることは存じ上げておりますが、()(ろう)()とは……」

「…………お恥ずかしい話ですが、我々蒼盾騎士団は……国教会より破門されました」

「えっ」

 

 思わず声をあげ、慌ててアレクシアは謝罪し、軽く咳払いする。何故、と視線を向ければ、フェリクスは軽く目を瞑り、唇を噛んだ。

 

「私の責任です」

 


 フェリクスが語る(てん)(まつ)に、アレクシアは強い目眩を覚えた。ツチラトから話を聞いた時には南地区だけの問題だったのに!

 

「神託です」

 

 フェリクスの声色は(うれ)いを帯びていた。彼が語るには、西地区、東地区の(じょう)(すい)(そう)からもナゲキハスを取り除かれたのだという。大聖女エリーズの神託が、そうしろと告げたらしい。

 

「どういった神託だったのですか? 大聖女の神託は、王都に住む者ならば知る権利がある筈です」

「勿論、今回も神託の開示はありました。『清浄なる祈りは泥濘(でいねい)に落ちる』……つまり、……国教会と王家は浄水槽で水を浄める役割のあるナゲキハスを、泥濘だと判断したのです」

「それで、ナゲキハスを取り除いた……」

 

 アレクシアの沈んだ声に、フェリクスは目を伏せた。しかしアレクシアの後ろに侍っていたデルマが解せないと口を挟む。

 

「しかし、それが蒼盾騎士団の破門と、どう繋がるのですか?」

 

 デルマの言葉に確かにとアレクシアはフェリクスに続きを促す。彼は軽く唇を噛み、そして意を決したように口を開いた。

 

「王家は、北地区だけはナゲキハスを取り除かなかったのです。アレクシア殿、この意味……あなたには理解いただけるかと」

「……北地区は王侯貴族が住む地区です。レイデン家も、オーステン家も……そして国教会の上層部も……」

 

 アレクシアの言葉にデルマははっと目を見開き、すぐに顔を(しか)めた。フェリクスも深く頷き、膝の上に置いていた手を、強く握りしめる。

 

「神託に従うのであれば、王都の全ての地区からナゲキハスを取り除くべきでした。ですが、王侯貴族の居住区を担当する北の浄化槽に植えられたナゲキハスだけは、取り除かれなかった。南、西、東……三つの地区はナゲキハスを取り除かれ、水質は目に見えて悪化しました。しかし、北地区は、……我々貴族の居住区は……ナゲキハスが残された。それが私には解せなかった。なので、私は国教会に問うたのです」

 

 フェリクスはそこで言葉を切った。ゆっくりと息を吐き、(うつむ)いたがすぐに、アレクシアをじっと見つめた。

 

「北地区のナゲキハスを神託の通りに取り除かなかった理由――あるいは、神託に従わなかった理由を」

「…………フェリクス様、それは……」

「私も国教会を信仰する身、神託は神の()(こと)()……正しいか否かを問うなど()()がましいと思います。しかし、神託に例外を作ったのか、問うべきだと思いました」

「……()(ぼう)です、それは」

 

 アレクシアはゆっくりと首を振った。フェリクスもその言葉には反論しなかった。その自覚はあったのだろう。

 

「重々承知しております。しかし、私が率いていた蒼盾騎士団は、様々な地区から集った有志達で構成されています。商人の出、技師の出……私は、騎士団長として彼らの不安を見て見ぬふりなど出来ませんでした……エリーズ様に直接(えっ)(けん)を願い、お伺いしたのです。しかしそれがエリーズ様の怒りに触れてしまいました。貴方は私を信じないのか、と」

「……大聖女の怒りに触れて、破門、と」

 

 重たい沈黙が三人の間に落ちる。アレクシアもなんと言えばいいのか分からず、冷めた紅茶を一口飲んだ。デルマの目には怒りが(にじ)んでいたが、押し黙るだけだった。

 

「国教会は私のみならず、蒼盾騎士団の全てを破門としました。本来ならば、私だけの処分で良いはずです。私が独断でやったことなのですから……しかし、彼らは騎士団全員を破門にした……騎士団の者たちが流浪の身に()ちたのは、全て……私の責任です」

「事情は理解いたしました……フェリクス様、……今後、あなた方はどうするおつもりですか? このまま流浪の身を?」

 

 アレクシアがおそるおそる問えば、フェリクスは目を細めた。そしてしばらくの沈黙のあと、立ち上がったかと思えば彼は深々と目の前の女領主に頭を下げたのである。

 

「命を助けていただいた上で、このような事をお願いするのは騎士の恥だと充分に理解しております。その上で、お願いしたい。……彼らを、この村に置いてはいただけないでしょうか」

「…………」

「冬も間近に控え、準備を進めているのは重々承知です。しかし、冬の荒野に彼らを連れて行けば、無事では済まない……彼らの礼儀、技量は保障します。必ずやお役に立つでしょう。だからどうか、彼らに居場所をお与えください!」

 

 フェリクスの声は真っ直ぐで、誠実だった。頭を下げたままの彼をじっと見つめ、アレクシアは唇を噛む。ゆっくりと息を吐き、問うた。

 

「貴方は、どうなさるのですか、フェリクス様」

「彼らの居場所を作っていただければ、私に未練はございません」

「それならば承知できません」

「アレクシア殿!」

「……彼らには貴方が必要かと」

 

 アレクシアの言葉に、フェリクスは目を見開いた。押し黙り、視線を(さま)()わせる騎士を、アレクシアはじっと()()え、続けた。

 

「村の騎士団として、人々の役に立つ。……それも、(しょく)(ざい)ではないでしょうか、フェリクス様」

第四十六話をお読みいただきありがとうございます!

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