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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第二章

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第四十三話 女領主の療養日

「もう大丈夫よ……?」


ベッドの前で仁王立ちするデルマに、アレクシアはおそるおそる(こん)(がん)した。熱も下がったし、ごはんも食べているし、と言ってみるものの、この侍女は(かたく)なにアレクシアを休ませようとしているらしい。


「熱が下がって、まだ一日しか経っていないではないですか。ヒューゴー様にはよくよく(りょう)(よう)するように仰せつかっていますので」

「でも……」


緑の目が扉をちらちらと見やる。いったい何日寝ていたのだろうかと考えるだけで恐ろしい。執務室がどうなっているのかを見るのは怖いが、これ以上仕事が滞ってしまうのはもっと怖い。そんなアレクシアの心境を(さっ)してか、デルマは小さくため息を吐いた。


「収穫祭も終わり、村の者も一息ついているところです。喫緊のお仕事はありません」

「でも、もうすぐ冬よ……?」


充分な収穫を得たとはいえ、ここの冬は厳しいものだとアレクシアは気づいていた。王国の北に位置するのだ。きっと雪深くなる。


「準備をしたいと?」

「ええ……まずは皆から意見を聞いて……」

「では私が意見を集めてきて、まとめます。その間に貴女はしっかりと身体を治す。いいですね?」


叱られた子どものように眉尻を下げ、こちらを見上げてくるアレクシアに、デルマは苦笑いをした。


「それが貴女の喫緊の仕事ですよ」

「……わかったわ」


デルマにここまで言われればとため息を吐き、アレクシアが頷く。よろしい、とデルマも満足げだ。


「この部屋で(くつろ)がれるかぎりは、何をしてもいいので」

「! じゃあ書類を……!」

「寛がれるかぎりは、ですよ。本を読むなら構いませんが」


本。たしかに、とアレクシアの気分はそちらに向いた。ベッドから抜け出し、寝間着(ルームガウン)のまま本棚に近寄る。背表紙をなぞり、そこにしまっていた筈の目当てのものが無い事に首を傾げた。


「? ヌッツロース史はどこにしまったかしら……」

「……」


 執務室かも、とちらりとデルマを見るが、どうしてもこの部屋から出してはくれなさそうだ。諦めてもう一つの読みかけの本――騎士物語集をとる。これは時間がなくて中々読み進められなかったものだ。


「では、何かあればお呼びください」

「ありがとう、デルマ」


デルマが一礼し、部屋を出て行く。ぱたん、と静かに扉が閉まれば、穏やかな(せい)(じゃく)が部屋を包んだ。窓から差し込む陽光はどこかもの寂しい。アレクシアは小さなため息を吐いて、窓際のソファに座り、手にした本を開いた。


(私、どうなったのかしら……)


(ページ)をぼんやりと眺めながら、思案に(ふけ)る。あの階段を降りたあとの記憶が、殆どない。階段下に(せい)(くつ)――貴族が屋敷に作る、祈るための地下洞窟があったことは覚えている。

それから万物素(アルケー)

疲れていた身体が濃すぎる万物素にあてられて、倒れたのではないかと村医者ヒューゴーには言われたが、あまり納得がいっていない。今まで万物素酔いをしたことなんて殆ど無かったから……。


物語に集中出来ないまま、頁をめくる。聖窟には何があったか。デルマに聞いたが、何も、と首を振られた。調査をしたいと言っても、今この体たらくでは許可が下りないだろう。彼女のことだ、中庭の階段の扉にしっかりと錠をしているに違いない。

己の額に触れる。まだ少し、熱い。病み上がりと言われるのもおかしくない。


「失礼します」


ノックと共に聞こえてきたのはサーラの声だ。どうぞ、と返せば静かに扉が開かれ、洗い立てのシーツを抱えたサーラが入ってきた。


「お加減はいかがですか?」

「ええ、……悪くないわ」


アレクシアの言葉にサーラはほっとしたようだった。いそいそとベッドに近寄り、シーツやらを交換していく。


「ねえ、サーラ。私ってどれぐらい寝込んでいたの?」

「ざっと三日ほどです、アレクシア様」


そんなに、と目を見開くアレクシアにサーラはこくりと頷く。朝起きて朝食の()(たく)ののち、日課の中庭掃除をしようとすれば見知らぬ階段が現れていたこと、驚いてデルマに報告しにいけば、主人の部屋がもぬけの殻だったこと、デルマが真っ青な顔をさせながら階段を駆け下りていき、アレクシアを担ぎ出したことをサーラは話した。


「あの階段、近寄るとクラクラしちゃって」

「万物素が充満していたみたい。訓練していない人が近寄ると危ないわ」

「そんなところに一人で? デルマ様の寿命は確実に縮んだと思いますよ」

「……それは、ごめんなさい」


私じゃなくて彼女に謝ってください。やや呆れたような顔でサーラは肩を(すく)める。そして、ふと思い出したように話題を変えた。


「村の人達から見舞いの品が」

「えっ」

「お見舞いをさせてくれって皆騒いじゃって! まだ眠ってるからって(なだ)めるの、大変だったんですからね! それで……皆はせめて、見舞いの品をと」


ズッカボチャ、バースニップ、川魚、鹿肉、茸、熟れた七竈果(ソルボ)。指折り数えながら、サーラはぱっと表情を明るくした。ちょうど食べ頃の果実があったのであとで持ってきますと言い、古いシーツを(まと)めるのを見届けながら、アレクシアは()(まど)ったように呟いた。


「そんな……倒れただけよ……?」

「アレクシア様」


サーラは向き直り、()(ぜん)とした顔でアレクシアを軽く睨んだ。失礼ですが、と前置きして、言葉を続ける。


「あんたは自分のことになるとほんとうに、ぽんこつですね!」

「ぽ、ぽんこつ……」

「皆は、あんたが思っている以上にあんたを心配していますよ!」

「…………ごめんなさい、そうね、よくないわね……」


しょげかえるアレクシアにやれやれと首を振り、サーラははたと主人の手元を見やった。


「ところで、何読んでるんですか?」

「ええ……騎士物語集よ」

「騎士物語? それって、騎士様のお話ってことですか?」

「そう。古いおはなしだから、本当かどうかは分からないけど、建国の王に仕えた伝説の騎士や、女王に忠誠と愛を捧げた騎士のおはなしが集められてるの」


サーラはそれに興味を持ったようだった。彼女ぐらいの年頃なら自然なことだ。誰だって騎士には一度ぐらい、憧れる。


「読む?」

「あー、また貸してください。今のアレクシア様の唯一の娯楽を取り上げたくはないので」


悪戯っぽく笑うサーラに、アレクシアも笑う。とにかく、彼女のおかげで村のことをほんの少し知ることが出来た。


「ありがとう、サーラ」

「どういたしまして。さてさて、今日は何を食べたいですか? ご主人様?」


 おどけた調子でサーラが聞いてくる、そうね、と暫く食事のことを話し合った。




翌朝――。


調子はかなりよくなった。ゆっくり休んだのと、サーラがつくった食事がよかったのだ。執務室の窓を開け、ぐっと伸びをする。

デルマはもう少し休んでほしいという顔をしていたが、無理はしないという条件で、アレクシアは彼女を頷かせた。


「さて、デルマが集めてきてくれた意見書はこれね……」


紙にかかれたものをざっと眺める。ヌッツロースの冬について、最近の困りごと、こうすればよいのではないかという提案。思った以上に皆、答えてくれたらしい。


「――……村の外で獣の群れを見た……?」


ふと気になる記述に目をとめた。そろそろ冬に差し掛かる。冬ごもりする獣は山奥から出てこなくなる時期だが……。何かが引っかかり、考えていると扉の向こうから慌ただしい足跡が聞こえてくる。


「失礼します、アレクシア様!」


デルマが焦ったような顔で部屋に入ってきた。こんなに慌てて何かあったのかと顔を上げれば、乱れた呼吸を落ち着かせ、彼女は言葉を続けた。


「村の入り口に負傷した者が――……何人か」

「すぐいくわ」


立ち上がり、ケープを()()る。どうやらただ事ではないらしい。

第四十三話をお読みいただきありがとうございます:)

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