第四十一話 封じられた聖女像
蝋燭の火だけが、アレクシアのたよりであった。
揺れる小さな灯りで足元を照らし、壁に手を伝わせながら石造りの階段を降りていく。随分と降りていると思う。だんだんと万物素の気配は濃くなり、鍛錬を積んでいなければ卒倒していたに違いない。
「どこまで続くのかしら……」
思わずぽつりと呟く。空気はひんやりとして、湿っている。
一歩、降りていくごとに空気が張り詰めていくのを感じた。それでも、アレクシアは足を止めなかった。――止めることが、出来なかった。
何か強い力に、引き寄せられている。子どもの泣く声を聞いたときのような、胸のざわめきに囚われながら、下へ。
やがて、広い空間に辿り着いた。
「……これは……聖窟……?」
蝋燭無しでも、そこは薄ぼんやりと明るい。厳粛として、張り詰めた洞窟。水の音がする。アレクシアが中央に視線を向ければ、そこには。
「聖女像だわ……」
祈りを捧げる姿をとった美しい聖女の像。
けがれのない真っ白な石が、薄い布の質感も、柔らかな肌も、目を伏せ憂いを帯びた表情もまるで生きているように形作っている。どんな職人が作ったのだろう。ここまでの仕上がり、王都でも見ない。
しかし奇妙なのは――その聖女像は鎖で戒められていた。
修道服を纏った華奢な身体に、祈りのために組んだ手に、幾重にも鎖が巻き付いている。その鎖は天井や地面、壁へと伸びて、解けぬようにしっかりと固定されていた。滑らかな石の肌に黒く錆びた鉄が蛇のように巻き付いているようにも見える。
まるで、彼女に罰を与え、見せしめにしているかのように。
「……」
美しさと恐ろしさに呼吸が浅くなるのを感じながら、アレクシアは聖女像から目を離せずにいた。覚束ない足取りでそれに歩み寄り、見上げる。胸を締め付けられるような、焦燥感。
しかし頭の隅では、予感がしていた。もしかして、彼女は――。
――……なさい……。
「っ……!?」
震えるような、か細い少女の声に、アレクシアはよろめいた。強い嘆きが、苦しみが、寂しさが流れ込んでくる感覚。駄目、と気づいたが、既に遅かった。聖女像から流れ込んでくる感情に、ひゅ、と息を詰めた。
ごめんなさい くるしい どうして
こんなはずじゃ とまらない こわい
くるしい くるしい たすけて とめて
たすけて おとうさま たすけて とめて
わたし わたし ――……たのに
とめどなく流れてくる声に呻きながら蹲る。視界がぼやけ、地面についた手に、ぼた、と雫が落ちる感覚がした。かたかたと震える肩を抱き、強く目を瞑る。
自分の唇から、自分の言葉ではない言葉が溢れて、恐ろしさに首を振った。
目を瞑っているはずなのに、ここではないどこかの、誰かの視界が見えてしまう。
美しい中庭、メードが行き交う屋敷、書物が積み上げられた部屋、厳しい父の顔――。
(……だれの、おもいで……?)
意識が朦朧としているのに、声は頭の中を行き交う。別の声も聞こえてきて、自分がどうなっているのか、分からない。感情と声の嵐が過ぎるのをじっと耐える。デルマ、と小さく呟いたが、声にならない。
不意に、はっきりとした声が頭に響いた。理解出来ない言葉。
憐れむようでいて、しかしどこか、無感情な声。
「だれ……?」
アレクシアはぽつりと呟いた。身体が熱い。声の主を探そうと、顔をあげる。真っ白な聖女像。その伏せた双眸から黒いものが溢れ、顔を穢している。
彼女に巻き付いた鎖がひとつ、弾けたのが見えた。
だめ やめて とめて
あ ああ やっと
何かが砕けた音とともに、唇から嘆きの声を零す。
お と う さ ま
ふつり、灯りが消えるように、アレクシアは意識を落とした。
第四十一話をお読みいただきありがとうございます:)




