第四十話 収穫祭
リュートと笛の音と共に若者達は踊り、酒の入った木製ジョッキはがつんとかち合った。肉の焼ける匂いはそこらじゅうに漂って、切り分けられた焼きたてのパイを、子どもたちは口を汚しながら頬張っている。
「アレクシア様」
エールとパイを持ってきたデルマに、アレクシアは表情を明るくさせた。毒味は済ませてありますと小さく告げられれば、ズッカボチャのパイを受け取り一口食べた。しっとりと甘い味が口の中で広がり、思わず笑みがこぼれる。
「おいしい」
「後で皆に言ってあげてください。ああ、それと……」
デルマが取り出したのは、白い花があしらわれた髪飾りだ。失礼します、と一言断りをいれてデルマはアレクシアの灰青色の髪にそれをつけた。
「サーラが教えてくれたのです。収穫祭でずっと続いてきた伝統で、娘は花で作った髪飾りをつけると。……手鏡をどうぞ」
小さな手鏡を差し出され、アレクシアはそれを覗き込んだ。
「これ、屋敷に咲いていたヴェルヴェーヌ?」
「はい。少し拝借しました」
愛らしい白いそれを指先で触れながら、アレクシアは笑みを浮かべる。こういったものを髪につけるのは、久しぶりかもしれない。それこそ、あの叙任式の日以来ではないか。
「ありがとう、デルマ」
「……いえ、私が勝手にしたことですから」
「ううん、あなたはいつも、私を気遣ってくれるわ。……私はそれに報いているのかしら……」
「勿論です。そんな疑いを持たないでください」
わっと中央で歓声があがる。この日にあわせてやってきたツチラトが、聖獣の頭を模したものを持って舞っているのが見えた。子どもたちははしゃぎ、大人も酒を片手に機嫌が良さそうだ。それをアレクシアはしばらく、ぼんやりと眺める。すると、ツチラトがこちらに手を振って。
「デルマ! 剣舞を披露してやれ! 出来るだろ?」
「いや、私はアレクシア様の護衛を……」
「大丈夫よ、折角のお祭りなんだし、行ってきて」
アレクシアの促しに、デルマは少し迷う素振りを見せたが、ひとつ頷いた。集まりの中央に歩いて行き、すらりと剣を抜く。ツチラトが嬉しそうに横笛を構えれば、デルマは舞を披露しはじめた。
「あー! アレクシア様、花飾りつけてる!」
どこかから戻ってきたサーラが、驚いた声をあげる。アレクシアは首を傾げ、髪の花に触れた。
「これのこと?」
「だ、誰から貰ったの?」
「デルマよ? あなたが教えてくれたって言ってたわ」
「……」
返ってきた言葉にサーラは唖然とした顔で、アレクシアと、広場の中央でしなやかに踊るデルマを見た。その様子をアレクシアが不審がれば、サーラは頬を掻きながらえっと、と言葉を探す。
「収穫祭の花飾りはね、ええっと、大切だと思っている人にあげるものなの」
「あら、そうなの……?」
「そう。男の人が自分の奥さんにあげることもあるし、若い奴が気になってるコにあげて、みたいなこともあるし……」
サーラの顔は心なしか赤い。
「デルマったら……」
困惑したような、照れくさいような表情でアレクシアが広場にいる彼女を見やる。ヤトルカ伝統の独特な調子に合わせて舞う彼女に、村人たちは歓声をあげている。
「大切な人って言葉を勘違いしちゃったのね……」
「うーん……わたしにはわからないですけどぉ……」
アレクシアの反応にがっくりと肩を落とし、まあいいかとサーラが気を取り直す。もう一度アレクシアの髪の毛を見やって、それからはにかむように笑った。
「でも、羨ましいです」
「……?」
「あたし、結局一度しか貰えなかったから」
サーラの言葉にアレクシアは息を呑んだ。一度しか。きっと彼女に花飾りを渡したのは、未だに療養という名目で、村離れの小屋に隔離されているゲルトのことだろう。彼が記憶を取り戻す素振りはまったくなく、小屋に備わった小さな畑を耕し、何日かに一度、医者が来るのを待ち、穏やかに暮らしている。村人はあれでよかったと言うけれど、サーラはどう思っているのだろうか。
「……やだ、アレクシア様ったら。あたし、もう吹っ切れてますよ?」
「でも……」
「あいつ、井戸に毒を投げ込もうとするような最低な奴だったんです。アレクシア様たちが来なければ、そんな奴にビクビクしながら一生を過ごすとこだった。……だから、これでよかったの」
広場を眺めつつ言うサーラの声に、揺らぎはなかった。黙りこくってしまったアレクシアをちらと見て、にっこりと笑う。
「それに外からの人が来るようになったから、いいひと見つかるかもじゃないですか! とびきり格好良くて、女の子に優しくて、頼りがいがあるひと!」
「ふふ、そうかもね」
広場で歓声が上がる。デルマの剣舞は大盛り上がりだ。
皆、口々に讃えて、この日を祝っている。
「古の大聖女リザ様に今年の収穫を捧げたもう!」
「ヌッツロースよとこしえに! この地を守る大聖女の祝福よ――」
大きく地面が揺れ、サーラは軽く悲鳴を上げた。慌ててアレクシアが彼女を支えて、身を屈める。ぐらぐらぐら、と揺れは思ったよりも長く続いた。
「アレクシア様!」
「大丈夫よ!」
慌てて駆けつけてきたデルマに応え、被害は無いかと広場を見渡す。パイやエールがいくつか落ちたぐらいで、皆無事のようだった。
「また地震か。最近多いな……」
「井戸に水が戻って、まだ地面が落ち着かないのかもな」
村人たちが口々に話している。再び揺れる気配もないようで、気を取り直してと祝祭は続けられた。
◆
収穫祭もつつがなく終わり、静かな夜が訪れていた。
「よし……」
今日の日誌を書き終え、ペンを置く。書斎机に置かれた手鏡がふと目に入れば、アレクシアはそれを手に取った。――髪にはまだ、花飾りがついている。
「……」
指先でそれに触れた。小さなヴェルヴェーヌが灰青の髪の上で笑っているように咲いている。おそらくは数日で萎んでしまうだろう。それがひどく勿体ないように思えた。
(来年も送ってくれれば嬉しいけど……)
デルマにだって、気になる人が現れるかもしれない。彼女に見惚れて、可愛い花飾りを送る事が出来る男の子。すこし道のりは険しいかもしれないけど。
「萎れるまでつけておこうかしら……」
そんなことを考えつつ、燭台を持ち、執務室を出る。鍵をかければ、小さな欠伸が出た。明日からまた仕事が始まるのだから、早めに休まないと――。
「……え……?」
中庭に面した廊下の窓に何かが横切った気がして、アレクシアは足を止めた。そこからおそるおそる中庭を覗き込む。
(女の人……?)
中庭の真ん中、来た当初から紫の花を咲かせていたあの藤の木の下で、誰かが立っている。だがそ人にしては、どこか頼りなげだ。
(もしかして、ゴースト……?)
ごくり、と喉を鳴らす。デルマを呼ぶか一瞬迷ったが、先に身体が動いていた。音を立てないように廊下を進み、中庭へ続く扉をそっと開ける。
中庭は月明かりに照らされ、そこに植えられたヴェルヴェーヌは静かな輪郭を浮かばせていた。人影がいた木に視線を向ける。誰もいない。
「気のせいかしら……」
木に歩み寄り、周囲を見渡す。領主としては不用意極まりない行動だとは思うが、確かめずにはいられなかった。
「あら……?」
足元に違和感を感じ、視線を落とす。そこだけ土が盛りあがっていた。こんな状態ではなかった筈だ。
「昼間の地震で盛りあがったのかしら……」
庭師さんを呼ばないと、と言いかけ、アレクシアはぱちりと瞬きをした。土から何か、木の板のようなものが見えている。直感だが、それは木の扉に見えた。
手が汚れるのも気にせず。土を払ってみる。まさしく、人一人がなんとか入れるほどの小さな扉だった。あの紋章――祖母の護符に刻まれたデュランの紋章と同じ物が描かれた、小さな扉。
手に触れてみる。万物素に似た気配が、扉から溢れてくる。いてもたってもいられず、扉を持ち上げた。重たい。しかし長年放置されたせいで、それは最早役割を成さなくなっていた。
「……」
開いた場所を見る。階段。闇。そして、目眩がするほどの万物素。
アレクシアは一歩、踏み出していた。
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