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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第二章

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第四十話 収穫祭

リュートと笛の音と共に若者達は踊り、酒の入った木製ジョッキはがつんとかち合った。肉の焼ける匂いはそこらじゅうに(ただよ)って、切り分けられた焼きたてのパイを、子どもたちは口を汚しながら頬張っている。

 

「アレクシア様」

 

エールとパイを持ってきたデルマに、アレクシアは表情を明るくさせた。毒味は済ませてありますと小さく告げられれば、ズッカボチャのパイを受け取り一口食べた。しっとりと甘い味が口の中で広がり、思わず笑みがこぼれる。

 

「おいしい」

「後で皆に言ってあげてください。ああ、それと……」

 

デルマが取り出したのは、白い花があしらわれた髪飾りだ。失礼します、と一言断りをいれてデルマはアレクシアの灰青色(ブルーグレー)の髪にそれをつけた。

 

「サーラが教えてくれたのです。収穫祭でずっと続いてきた伝統で、娘は花で作った髪飾りをつけると。……手鏡をどうぞ」

 

小さな手鏡を差し出され、アレクシアはそれを覗き込んだ。

 

「これ、屋敷に咲いていたヴェルヴェーヌ?」

「はい。少し拝借しました」

 

愛らしい白いそれを指先で触れながら、アレクシアは笑みを浮かべる。こういったものを髪につけるのは、久しぶりかもしれない。それこそ、あの叙任式の日以来ではないか。

 

「ありがとう、デルマ」

「……いえ、私が勝手にしたことですから」

「ううん、あなたはいつも、私を気遣ってくれるわ。……私はそれに(むく)いているのかしら……」

「勿論です。そんな疑いを持たないでください」

 

わっと中央で歓声があがる。この日にあわせてやってきたツチラトが、聖獣の頭を模したものを持って舞っているのが見えた。子どもたちははしゃぎ、大人も酒を片手に機嫌が良さそうだ。それをアレクシアはしばらく、ぼんやりと眺める。すると、ツチラトがこちらに手を振って。

 

「デルマ! 剣舞を披露してやれ! 出来るだろ?」

「いや、私はアレクシア様の護衛を……」

「大丈夫よ、折角のお祭りなんだし、行ってきて」

 

アレクシアの(うなが)しに、デルマは少し迷う素振りを見せたが、ひとつ頷いた。集まりの中央に歩いて行き、すらりと剣を抜く。ツチラトが嬉しそうに横笛を構えれば、デルマは舞を披露しはじめた。

 

「あー! アレクシア様、花飾りつけてる!」

 

どこかから戻ってきたサーラが、驚いた声をあげる。アレクシアは首を傾げ、髪の花に触れた。

 

「これのこと?」

「だ、誰から貰ったの?」

「デルマよ? あなたが教えてくれたって言ってたわ」

「……」

 

返ってきた言葉にサーラは()(ぜん)とした顔で、アレクシアと、広場の中央でしなやかに踊るデルマを見た。その様子をアレクシアが不審がれば、サーラは頬を掻きながらえっと、と言葉を探す。

 

「収穫祭の花飾りはね、ええっと、大切だと思っている人にあげるものなの」

「あら、そうなの……?」

「そう。男の人が自分の奥さんにあげることもあるし、若い奴が気になってるコにあげて、みたいなこともあるし……」

 

サーラの顔は心なしか赤い。

 

「デルマったら……」

 

困惑したような、照れくさいような表情でアレクシアが広場にいる彼女を見やる。ヤトルカ伝統の独特な調子に合わせて舞う彼女に、村人たちは歓声をあげている。

 

「大切な人って言葉を勘違いしちゃったのね……」

「うーん……わたしにはわからないですけどぉ……」

 

アレクシアの反応にがっくりと肩を落とし、まあいいかとサーラが気を取り直す。もう一度アレクシアの髪の毛を見やって、それからはにかむように笑った。

 

「でも、羨ましいです」

「……?」

「あたし、結局一度しか貰えなかったから」

 

サーラの言葉にアレクシアは息を呑んだ。一度しか。きっと彼女に花飾りを渡したのは、未だに療養という名目で、村離れの小屋に隔離されているゲルトのことだろう。彼が記憶を取り戻す素振りはまったくなく、小屋に備わった小さな畑を(たがや)し、何日かに一度、医者が来るのを待ち、穏やかに暮らしている。村人はあれでよかったと言うけれど、サーラはどう思っているのだろうか。

 

「……やだ、アレクシア様ったら。あたし、もう吹っ切れてますよ?」

「でも……」

「あいつ、井戸に毒を投げ込もうとするような最低な奴だったんです。アレクシア様たちが来なければ、そんな奴にビクビクしながら一生を過ごすとこだった。……だから、これでよかったの」

 

広場を眺めつつ言うサーラの声に、揺らぎはなかった。黙りこくってしまったアレクシアをちらと見て、にっこりと笑う。

 

「それに外からの人が来るようになったから、いいひと見つかるかもじゃないですか! とびきり格好良くて、女の子に優しくて、頼りがいがあるひと!」

「ふふ、そうかもね」

 

広場で歓声が上がる。デルマの剣舞は大盛り上がりだ。

皆、口々に(たた)えて、この日を祝っている。

 

「古の大聖女リザ様に今年の収穫を捧げたもう!」

「ヌッツロースよとこしえに! この地を守る大聖女の祝福よ――」

 

大きく地面が揺れ、サーラは軽く悲鳴を上げた。慌ててアレクシアが彼女を支えて、身を屈める。ぐらぐらぐら、と揺れは思ったよりも長く続いた。

 

「アレクシア様!」

「大丈夫よ!」

 

慌てて駆けつけてきたデルマに応え、被害は無いかと広場を見渡す。パイやエールがいくつか落ちたぐらいで、皆無事のようだった。

 

「また地震か。最近多いな……」

「井戸に水が戻って、まだ地面が落ち着かないのかもな」

 

村人たちが口々に話している。再び揺れる気配もないようで、気を取り直してと祝祭は続けられた。


 ◆


収穫祭もつつがなく終わり、静かな夜が訪れていた。

 

「よし……」

 

今日の日誌を書き終え、ペンを置く。書斎机(デスク)に置かれた手鏡がふと目に入れば、アレクシアはそれを手に取った。――髪にはまだ、花飾りがついている。

 

「……」

 

指先でそれに触れた。小さなヴェルヴェーヌが灰青の髪の上で笑っているように咲いている。おそらくは数日で(しぼ)んでしまうだろう。それがひどく勿体ないように思えた。

 

(来年も送ってくれれば嬉しいけど……)

 

デルマにだって、気になる人が現れるかもしれない。彼女に()()れて、可愛い花飾りを送る事が出来る男の子。すこし道のりは険しいかもしれないけど。

 

「萎れるまでつけておこうかしら……」

 

そんなことを考えつつ、燭台を持ち、執務室を出る。鍵をかければ、小さな欠伸が出た。明日からまた仕事が始まるのだから、早めに休まないと――。

 

「……え……?」

 

中庭に面した廊下の窓に何かが横切った気がして、アレクシアは足を止めた。そこからおそるおそる中庭を覗き込む。

 

(女の人……?)

 

中庭の真ん中、来た当初から紫の花を咲かせていたあの藤の木の下で、誰かが立っている。だがそ人にしては、どこか頼りなげだ。

 

(もしかして、ゴースト……?)

 

ごくり、と喉を鳴らす。デルマを呼ぶか一瞬迷ったが、先に身体が動いていた。音を立てないように廊下を進み、中庭へ続く扉をそっと開ける。

中庭は月明かりに照らされ、そこに植えられたヴェルヴェーヌは静かな輪郭を浮かばせていた。人影がいた木に視線を向ける。誰もいない。

 

「気のせいかしら……」

 

木に歩み寄り、周囲を見渡す。領主としては不用意極まりない行動だとは思うが、確かめずにはいられなかった。

 

「あら……?」

 

足元に違和感を感じ、視線を落とす。そこだけ土が盛りあがっていた。こんな状態ではなかった筈だ。

 

「昼間の地震で盛りあがったのかしら……」

 

庭師さんを呼ばないと、と言いかけ、アレクシアはぱちりと瞬きをした。土から何か、木の板のようなものが見えている。直感だが、それは木の扉に見えた。

手が汚れるのも気にせず。土を払ってみる。まさしく、人一人がなんとか入れるほどの小さな扉だった。あの紋章――祖母の護符に刻まれたデュランの紋章と同じ物が描かれた、小さな扉。

 

手に触れてみる。万物素(アルケー)に似た気配が、扉から溢れてくる。いてもたってもいられず、扉を持ち上げた。重たい。しかし長年放置されたせいで、それは最早役割を成さなくなっていた。

 

「……」

 

開いた場所を見る。階段。闇。そして、目眩がするほどの万物素。

アレクシアは一歩、踏み出していた。

第四十話をお読みいただきありがとうございます!:)


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