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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第二章

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第三十九話 前夜

(むし)()けを作るための文献はすぐに見つかった。ヌッツロースの周辺に生える固有の薬草を用いて、小さな護符を作っていたらしい。村人に頼めばその薬草はよく見るものだとか。

 

「これを絞った液に木片を()けて、外に出る時に身につけていたのね」

「さっそく皆に頼んで、試作品を作ってもらっています。それを農夫たちに持たせて効能を検証させましょう」

 

デルマの報告に頷きつつ、井戸広場を見やる。素朴な飾り付けが、(にぎ)わいに彩りを加えている。広場に準備された祭壇にはズッカボチャはもちろんのこと、山で採ってきた(きのこ)や栗が供えられ、野花で作ったリースが、可愛らしく揺れていた。人々は慌ただしく動き回り、明日の収穫祭に向けての準備に大わらわである。

 

「いよいよ明日ね」

「ええ、皆張り切っています。殆どの者が、こんなにも盛大な収穫祭は初めてだと言っていました」

 

デルマの声もどこか楽しげだ。そしてどこか、誇らしげでもあった。

「……貴女も楽しみ?」

「そうですね。祭は誰だって楽しいものだと思いますよ。それに……アレクシア様、これはあなたが成したことですから」

「私が?」

 

ぱちりと瞬きをして、アレクシアは軽く首を振った。その仕草にデルマは片眉を上げて、主人をじっと見つめる。

 

「違うわ。私は――私は何もしていない。ズッカボチャだって育てていないし、あんなに可愛いリースも作ってない。……村の皆が豊穣祭のために作ったものよ。私が成したことなんて、何にもない」

「そうさせたのはアレクシア様、あなたです。井戸を蘇らせ、畑を整え、ツチラトとの交易を結んだのをお忘れですか? ……彼らにそうさせているのは、他でもなくあなたですよ」

 

デルマの声色はほんの少し、それこそアレクシアにしか感じ取れないほどの苛立ちを(はら)んでいた。それが己に向けられているのを感じて、アレクシアは困ったように眉根を下げたのを見て、デルマは言葉を続ける。

 

「お休みの時間を削っておられるから、本質が見えていないのでは?」

「……知っていたの?」

 

睡眠不足を指摘され、アレクシアははっと顔を上げた。かち合ったデルマの金眼は、(うれ)いを帯びてその眼差しを主人に向けている。それに()()かれると、全てを見透かされているような心地だと、常々感じていた。……デルマは、そんなことありますかと否定するだろうが。

 

「私はあなたの侍女ですから。何かお考えがあって、夜更かしをされているとは思いますがあまり感心しません。……アレクシア様、ここは王都ではないのです。そして、もう村の者はあなたの敵ではないのです。あなたを追い詰める者は、何もありません」

「…………」

 

落ち着いた調子で語るデルマに、アレクシアはゆるく頷き、目を伏せた。分かっている。井戸に水が戻ってから、村は蘇ったように活気を取り戻した。問題が無いわけではない。だが、こうして皆、笑って日々を過ごしている。それは()(がた)いものだと、理解出来る。

 

「そう、ね……デルマの言うとおりよ」

「今日は絶対に早くお休みください。目元を疲れさせて祭に出られるなんて、ヌッツロース領主の名が泣きますよ」

「ふふ、そうするわ。じゃないとサーラが文句を言いそう。それに、デルマも私が寝るまで見張りそうね」

「大切な部下の為にも、是非そうしてくださ――」

 

デルマが言い終わらないうちに、足元が揺れた。小さな悲鳴をアレクシアが上げれば、デルマは(とっ)()に彼女を支えた。揺れは一瞬だった。村人たちも、地響きを感じたのか互いに顔を見合わせ、問題がないか確かめあっている。

 

「珍しいわね……」

「ええ……」

 

これ以上は揺れないだろうと、準備を再開しだした人々を見てほっと息を吐く。向こうからサーラがやってきて、アレクシア様、と嬉しそうに手を振ってくるの見かけて、アレクシアも微笑み、それに応えた。


 ◆


(ページ)(しおり)を挟み、閉じる。本当はもっと読み進めたいのだが、今夜ばかりはデルマの言葉に従うつもりだった。表紙に記された表題を撫でる。

――ヌッツロース史。

この村の歴史を記した本を、アレクシアは図書室で見つけたのだ。もっとこの村のことを知らなければならない。大聖女と縁深いというこの地について、アレクシアは知りたかった。

小さな欠伸(あくび)を漏らしながら、本を棚に戻す。火消しで燭台の灯りを消し、ベッドに(もぐ)()む。念入りに洗い、陽光に(さら)したシーツはいい匂いがした。

目を瞑る。窓の外から虫の音だけが聞こえてくる。

 

(私がなしたこと……)

 

デルマの言葉を思い出す。彼女の言葉は正しい。自分だって、この村に来た時には、ここまで出来るとは正直思っていなかった。その上で、何が出来るかを考えて、動いてきただけだと。

 ……運がいいのだ。ここに追放されたのは、不当で不幸なことだったのかもしれない。それでも、今は、少しずつ良くなってきている。必要とされている。不幸せではない。

 

(必要とされていることは、幸せよ、アレクシア)

 

言い聞かせる。それと同時に、小さな声が、()(どろ)む娘の内側から聞こえてくる。

 

(でも、もしあの時みたいに……何も出来なくなって……)

 

うつらうつら。(ほとん)ど、寝言のような思考だった。デルマのいうとおり、本当に寝不足だったらしい。明日はきっと、久しぶりに気持ちよく起きることが出来る。

アレクシアは微睡みの中で、とりとめのない思考を繰り返していた。

第三十九話をお読みいただきありがとうございます!

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