第三十七話 村長ウッツの願い
がらがらと荷車が音を立てて引かれていくのを横目に、アレクシアは村の通りを歩いていた。彼女を見かけた村人は皆、彼女に気さくに挨拶をし、彼女もまたそれに応えていた。
「おいソッチ! このズッカボチャは向こうの倉庫だよな!?」
「それは王都への交易用倉庫だ! なあ、アッチの兄貴を見なかったか?」
「アッチさんならコッチさんと一緒にいたよ!」
ツチラトとの契約が結ばれたあと、アレクシアは急いで村にいくつかの倉庫を建てた。村で育つ作物の量を把握し、それを村用と交易用に分けるためだ。
ツチラトは王都で上手くやったらしい。
あの商談から暫くして、村に何人かの商人がちらほらとやってきたのだ。ツチラトの話を聞きつけてやってきたヤトルカ人の商人夫婦、どこから噂を聞いたのか半信半疑の表情でやってきた行商人。
アレクシアたちは彼らを歓迎した。宿屋の主人は新しいシーツをおろして、彼らに白ナスと鹿肉、そしてエールを振る舞った。――焼いた鹿肉に添えられた白ナスのグリルを口にした時の彼らといったら!
それだけで、荒れ果てたどうしようも無い村ヌッツロースという認識を変えるには、充分だった。
「アレクシア様、おはようございます!」
「おはよう、ディタ。朝早くからご苦労様」
村娘のディタに声を掛けられ、アレクシアは立ち止まった。ディタは何のこれしきといった様子で、上機嫌に笑っている。
「ズッカボチャの収穫が大詰めなので皆張り切ってますよ、今までにないぐらいに育ちましたから! そういえばおじいちゃんが今年の収穫祭は盛大にしてみたいと言ってました」
「ウッツ様が? 今までの収穫祭ってどんなものだったの?」
「去年はひっそりとしていましたよ。収穫祭に野菜を回す余裕なんてありませんでしたから。ちょっとのウサギ肉と、野菜で大神アクリ様への感謝を示してたんです」
「ウッツ様が考えているのは?」
「もっと大規模なものです。たくさんの野菜と肉と、料理とお酒! 井戸広場で集まって、それで……なんだったっけ、昔みたいに……」
ううん、と思い出そうとするディタにアレクシアは苦笑いした。ともかく、村長ウッツは昔のような収穫祭をもう一度見てみたいと考えているのだけは分かった。
「話を聞いてくるわ」
「ええ、おじいちゃん、きっと喜んで話だしますよ!」
ディタと別れ、ウッツの家に向かう。村長という肩書きを持っているが、彼の家は他と変わらぬ大きさだ。成り行きで村長になった、と言いたげな古い家の扉のそばに、ウッツは椅子を置いて座っていた。彼もこちらにやってくるアレクシアを認めたのか、軽く会釈をした。
「ウッツ様」
「おお……アレクシア殿、如何されましたか」
「お顔を見たくなりましたの」
アレクシアも会釈し、ウッツの隣に立つ。
そこからは井戸広場が一望できた。人々と荷車が行き交い、井戸には水を汲むために集まった人々が話し込んでいる。それをウッツはここで眺めていたのだ。……恐らく、井戸が蘇る前にも、変わらずにそうしていたのだろう。
「朝早くなのに、賑わっていますね」
「そうさせたのは貴女でしょう、アレクシア殿」
ウッツの眼差しは広場に向けられたままだった。ひとときでも長く、活気のある村を眺めていたい。老いた身からそんな意思が漂っている。
「ディタさんからお話を聞きましたわ」
「ほう……孫娘から?」
「ええ、今年の収穫祭は盛大にしたい。そうウッツ様が仰っていたと」
ふむ、とウッツは深い息を吐いた。手にしていた杖をぐっと握りしめ、しかし老爺は黙っている。
「私もそうすべきだと思います」
「…………王都からきなすった貴女としては、アクリ大神を祀りたいのでしょうな」
どこか諦めの籠もったウッツの声に、アレクシアは暫く黙った。今まで自分は、国教会の敬虔な信徒として、元大聖女候補として暮らしてきた。……今、王都の国教会では自分はどのような扱いなのだろうか。悪魔と契約した異端として、破門されているのではないだろうか。
「ヌッツロースの収穫祭をするのですから、ヌッツロースのやり方が一番です。……ウッツ様はそれを知る数少ない御方でしょう?」
「我々はデュランの娘――その祖たる大聖女リザ様を、代々祀ってまいりました」
「大聖女……それは、国教会の……?」
「国教会の大聖女なぞ、その傍流……ここは、大聖女が初めて生まれた地なのです」
もし、ウッツの言葉を国教会に属する者が聞けば、彼らはこの老爺を糾弾するだろう。国教会が祀る大神アクリこそ国を守り育むことが出来る唯一の神であり、地方で祀られる土地神たちはアクリの意思を伝える眷属。そして大聖女はアクリから祝福の力を賜り奇跡を起こす存在で、聖女は彼女に仕え人々に尽くす……概ね、そういった形でこの国は回ってきた。
大聖女が神より受ける神託は、何よりも正しく、人々はそれに従うべきなのだと。
「……言葉が過ぎましたな。収穫祭に関しては私に一任くださらぬか?」
「もちろんです、ウッツ様。あなたはここの村長ですもの」
ウッツが若い女領主に視線を向け、そう告げればアレクシアは微笑み、頷いた。老いた村長もつられて笑い、良きようにと呟き――そこへ。
「あ、アレクシア様!」
やってきたのは男だった。その顔には焦りが見え、アレクシアは目を見開いた。
「どうしたの?」
「む、娘が……!」
彼が言葉を終えるか終えないかのうちに、アレクシアは動いていた。
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