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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第二章

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第三十五話 商談

「農家の方の話によれば、白ナスが豊作すぎるとお困りのようですよ」

 

話題を変えるかのように告げられ、アレクシアがぱちりと瞬きをする。そしてサーラへちらりと視線を向ければ、彼女は小さく頷いた。

 

「腐らせちまうのも勿体ないってことで、酢漬け(ピクルス)にするのを提案させてもらいました。実際にモノを見たところ質はかなりいい。王宮の晩餐に使う素材にも引けを取らないでしょうね」

「……まだ一年も経っていないから、その豊作が偶然かどうかは分からない」

 

アレクシアの言葉にもちろん、とツチラトは頷いた。

 

「確かに長期的なお取引は、まだこの村には荷が重いでしょう。でもオレはこの村に興味があるんです。何故、悪魔憑きの咎があるお嬢様が追放されるほどの流刑地――すみません、言い過ぎましたね。ともかく、ずっと荒れ果てて国中の誰もが見向きもしなくなった村で、どうして質の良すぎる野菜が収穫されるようになったのか」

「それは……水が戻ったからだよ。それとアレクシア様が農家のソッチおじさんたちに色々教えたから」

 

サーラが唇を尖らせる。ツチラトはひとつ頷いたが、ゆるく首を振った。

 

「それだけじゃあ、こんなにはならない。アレクシア様の言うとおり、この白ナスが今回だけの……幸運なナスなだけかもしれない。でもオレはね、サーラちゃん。彼女を買っているんだよ、それこそここの領主になられる前から……恩義とは別のところで、アレクシア・レイデン――いいや、今はアレクシア・デュラン様とお呼びするのが筋ってやつか。とにかく……あなたの手腕は偽りじゃない」

「恩義?」

 

身を乗り出したのはサーラだった。主人であるアレクシア、上司であるデルマの二人がこの行商人と旧知の仲であることは分かったのだが、彼らにどういった(けい)()があるのか気になったのである。本音を言えば、何故アレクシアは、元侯爵令嬢の身分でこんなにもヤトルカ人の知り合いが多いのか、ということだ。

 

「デルマのあ、あにでし……だから?」

「まあ、それもある。本来ならば侯爵家なんて、オレたちを門前払いにしてもおかしくないのさ。その上でアレクシア様はオレのかわいい妹弟子を(そば)に置いてくれている。でもそれは理由のほんの小さな一つに過ぎない。どうしてかって? オレ個人としても、オレが所属しているカンティン商会としてもこの人に借りがあるからね」

「借り?」

 

「そう、借り。商売を始めた時、オレたちには信用がなかった。ヤトルカ人の商会なんて、どういう商品を扱ってるか、きっと(ろく)なモノじゃない、ってね。ギルド本部に腐った肉を投げ込まれたこともあったっけ。……でもこの王国には建前という便利なものがある。商会として認定された以上、年に一度の商業ギルド総会(オラ・アゴラ)に参加する権利が、オレたちにはあった。……そこで、彼女と出会ったんだ」

「懐かしいわ」

 

アレクシアがぽつりと呟く。それほど昔ではない、ほんの数年前のことだ。だが今となっては、(ずい)(ぶん)遠い思い出だった。

 

「アレクシア様、あの時あなたは汚水を浄化する何かを探していましたね」

「ええ……」

「そして、カンティン商会はちょうど、ナゲキハスを売り込んでいた。家のそばを流れる水路の臭い取りとして」

「そうよ。そして私は、それに目をつけた」

 

「かなり質問攻めにされたのを覚えていますよ。アレの特性、毒はないか、育てる上での注意点……いやあ、自分でもあんなに質問されるとは思っていませんでした。自分の不勉強が悔しかったんで、いざ商談に伺った時には取り寄せた資料を片手に持って行きましたから」

「…………だからこそ、あなたが信用に足る商人だと思ったのよ、ツチラトさん」

「それって、浄化槽のこと?」

 

点と点が繋がるような心地に、サーラがあっと声を上げた。そういうこと、とツチラトは肩を揺らし、アレクシアを見据えた。

 

「それがきっかけ。オレはレイデン家と取引出来る外商の一人になった。侯爵家と取引をしているならばと、商会も徐々に受け入れられた。オレたちは王都で……三番目に届くかぐらいの商業ギルドに成長出来た。あなたは()()(もの)のオレ達を門前払いしなかった。それが恩義ですよ」

「水を浄化する為には何でも試したかっただけよ」

「そう仰ると思いました。――……だが今、情勢は変わった。あなたが王都を追放され、レイデン家の取引が打ち切られてしまった。そうなるとオレたちも、うかうかしちゃいられない。……オレたちが()(ねん)してるのは、揺り戻しです。オレたち……ヤトルカ人に対しての」

「…………」

 

しん、と応接室が静まりかえる。アレクシアは眉根を寄せ、デルマは表情を硬くした。サーラは重くなった空気に小さく喉を鳴らし、三人を交互に見た。

 

「とはいえ、アレクシア様が追放されたせいだ~! なんて、言い訳をすると商会として恥ずかしすぎますんでね? オレたちは生き残るために働くだけですよ。その為に、オレはここに来た」

「……そうね、あなた達ならやれると思う。そして私としては……ヌッツロース領主として、ツチラトさんと、カンティン商会との変わらぬ取引をと考えてるわ。ちょうど、商会を探していたところなの。……私たちの村との交易をしてくれる、腕の良い商会を」

 

アレクシアの返答に、ツチラトは満足げに頷いた。軽く手を揉み、良いでしょうと言いたげににっこりと笑ったのだ。

 

「では、今回はこんなものでどうでしょう。幸運な白ナスが詰まった箱をいくつかと、この村で作られた織物。銀貨(ジェント)でも、オレが買い付けてきた物との交換でも、どちらでもいいですよ」

「織物?」

「ええ、織物。中々見ない柄だ。質も悪くないし……タイミングも丁度いい。南地区の浄化槽騒ぎの影響で、あそこで作られてる織物の質が落ちてます。そこに遠くの村から来た珍しい織物……またとない商機ですよ」

「……どれだけ出せるか、村の者に確認するわ。あれは元々冬に向けてのものだから」

「もちろん、負担は掛けさせません。買い取った物も試作品ということで売り込みますしね」

「そうね、駄目で元々よ。……デルマ」

 

デルマが頷き、立ち上がる。サーラに目配せすれば、慌てて彼女も立ち上がった。ぱたん、と扉が閉まる音と共に、応接室には二人だけになる。

 

「……ツチラトさん」

「はい?」

 

帳簿に何事かを書き込むツチラトに、アレクシアはおそるおそる切り出した。金色の目が彼女をとらえ、彼は軽く首を傾げた。

 

「ナゲキハスはまだ取り扱ってる?」

「…………ええ、まだ(はん)()は残ってますよ。おかげさまで特産品として、とある村で育てるようになりましたから」

「…………」

「……ご所望ですか?」

「この村には必要ないわ」

「そうでしょうね。この村、かなり強い水の気を感じますし」

 

アレクシアが小さく息を吐く。目を瞑り、思案したのち、意を決して口を開いた。

 

「これは、私個人としてのお願いよ」

 

 ツチラトの金眼がそっと細まる。その口元には(ゆる)い笑みが張り付いたままだった。

第三十五話をお読みいただきありがとうございます!

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