第三十三話 行商人ツチラト
ツチラトと名乗った自称商人は、サーラに村の案内を請うた。
「荷物ぐらいなら持つよ」
そう言ってサーラが持っていた鹿肉と白ナスの入った籠をその手からとる。大人しく彼に侍る馬をちらちらと見やりながら、サーラは頷いた。
「君、ここの子?」
「そうだよ」
「いいね、君に会えたオレは幸運だ。しかしこの村……聞いていたよりも元気がいいね。さっきの人も楽しそうだったし、あのおばさんも……アレは見たことない織物だな……あとで声かけていい? それで、サーラ、この村っていつもこんな感じ?」
よく喋る。道行く人の様子へと興味深そうに視線をめぐらせつつ、サーラに質問を浴びせてくる。サーラの知っているヤトルカ人といえばあのデルマだけなので、少々面食らいながらサーラは首を振った。
「ううん、少し前までは……こんなことなかったよ」
「少し前までは?」
「…………新しい領主さまが村を蘇らせたんだ。あたしのご主人」
「それってどんな奴? 偉そうなおじさん?」
「女の子」
「へえ……」
ツチラトの声がほんの少し低くなる。しかしそれに気づかず、サーラはツチラトを井戸広場に連れて、人が集まる井戸を指さした。
「アレクシア様がね、涸れてた井戸を蘇らせたんだ。だから村が元気になったんだよ」
「アレクシアねえ……」
「……あんた、どこから来たの? 行商人ってことは、この近くの人じゃないよね」
サーラがじっとツチラトを見つめ、問う。警戒心の混じった眼差しに、ツチラトはそっと、金色の目を細めて笑みを浮かべた。
「……ヤトルカって国だよ。知らない? この国の人間なら、この目と髪で分かると思うけど」
「…………知ってる、けど……」
サーラが口ごもるが、ツチラトは何のことはないといった様子だ。井戸広場を眺め、ここなら……と呟き何かを考えている。
「ここだったら皆に話を聞けるんじゃない? それじゃああたしはこれで――」
サーラが、彼が持つ自分の籠を取り戻そうと手を伸ばす。しかしその手に、彼の手が重ねられた。
「もう一個お願いがあって」
「……」
「そのアレクシアって子に、お目通りをお願いしたいんだ」
「な、なんで……」
「だって行商人が勝手に商売始めちゃマズいだろ? ちゃんと、領主様に許可を得なきゃね」
手土産ならあるぜ、と後ろの馬を指さすツチラトに、サーラが口元を引きつらせる。まずい奴に捕まったかもしれないと、軽い後悔がよぎった。
「行儀良くしてね」
「もちろん。領主のお嬢様に会うんだから、ばっちり決めていかないとさ」
「いやそうじゃなくて……その、一人怖いのがいる……」
「怖いの? 護衛? まさか目が合った瞬間に誰彼構わず胸ぐら掴むとか流石にないでしょ……熊でも出るの?」
「……怒らせたら怖いんだよ。礼儀に厳しいし、あんたみたいなの一番嫌いそう……」
「おっと……まずは第一関門ってわけだ」
屋敷への道すがら告げた警告に対しておどけまくるツチラトに、サーラはため息を吐いた。不安すぎる。あのデルマがこんな軽い奴を――同じヤトルカ人だからって易々と受け入れるだろうか? いや、彼女は誰であっても厳しい。下手すると何故こんな人間を連れてきたと自分が叱責をくらうかもしれない。
「ほんと、お願いだよ!」
「大丈夫、大丈夫! だてに何年も商売やってないって!」
「……ああ……」
不安だ、と肩を落としながら、扉の取っ手を掴む。――と同時に、がちゃりとそこが開いた。
「サーラか? どうした、騒がしくして……」
開いた扉からデルマが顔を出す。渋い顔の部下を見やり、怪訝そうな顔をあげれば、にこにこと笑う男と目が合った。
「……つ、ツチラト!」
デルマの叫びにサーラがへ、と顔を上げる。連れてきた男を目を見開いて凝視したかと思えば彼に駆け寄り、抱擁した上司の姿に、サーラは目を丸くし、声をあげた。
「どうなってんの!?」
「おひさりぶりです、ツチラトさん」
「いやあ、半年ぶりですかね、アレクシア様。意外と元気そうで安心しましたよ!」
応接室でアレクシアとデルマ、そしてツチラトがソファに座り向かい合っていた。サーラはツチラトに手渡された紅茶を淹れたティーセットをローテーブルに置いて、おそるおそる口を開いた。
「あの、知り合いだったの……?」
「ええ、彼はツチラト。レイデン家……私の生まれた家で外商として交流していたの。元はデルマの兄弟子さんなのよ」
「やだなあ、それは昔の話ですってば。今はデルマのほうが腕っ節が立ちますよ! ……とにかく、アレクシア様が追放された後、一度レイデン家を訪問したのですが、残念なことに取引を打ち切られましてね。クラリス様にあなたがここに追放されたと聞いて、行商のついでに立ち寄ったってわけです」
「それ最初から行ってよ!」
サーラが抗議の声を上げれば、ツチラトは苦笑いして悪い、と謝った。
「いやあ、もしアレクシア様たちがいなかった時のことを考えるとな……」
「な、なにそれ……」
「まあまあ、サーラ。……クラリスは元気でしたか?」
ツチラトが頷けば、アレクシアはほっとした顔をさせた。
「クラリスって?」
「妹よ。あの子ったら、気を利かせてくれたのね……」
「……彼女も貴女に似て、賢い御方ですから」
それで、とツチラトが居住まいを正す。すると二人も姿勢を正し、応接室の空気が張り詰めた。
「どこから話しましょうかね、アレクシア様」
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