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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第一章

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第二十五話 山の奥へ


なに、ちょっとした(つか)いだ。泉のあるじたるナーガはそう言った。

 

「かなり歩いたと思うのだけど、まだ着かないのかしら……」

 

木々の(あい)()から見える太陽をちらと見上げ、アレクシアは呟いた。泉で一夜を明かし、朝早くからデルマと出発して数時間が経っている。

 

「ナーガ様の話ではもう少しだと思います。……それに、先ほどから強い気配を感じるので」

「デルマが言うなら、もうちょっと頑張れるわね」

 

ドリアードの出した条件――。山の(さい)(おう)にあるオレアードの墓所から、彼女の形見をとってくること。二人はそれを求め、朝早くから山奥への登山を決行している。

 

「サーラも心細いはずよ」

「ナーガ様とドリアード様とともにいるので、伴うより安全でしょう。彼女が彼らに失礼を働かなければいいのですが」

「きっと大丈夫よ。お二人も村の娘に酷いことはしないわ」

 

サーラは泉で待ってもらうことにした。というのも、ナーガが言うには山奥は少々危険だからだ。守りきれるか分からないとデルマがサーラにここで待っているようにと告げれば、サーラは不服そうな顔をさせたが、ナーガの説得で頷いたのだった。

 

いっそう深くなっていく緑は、(ふもと)の水涸れなど関係ないと言いたげに(しげ)り、午前にも関わらず周囲を薄暗くしていた。ナーガがあの泉に住みながら、しっかりと管理しているのだろう。だがこのままではこの山にも(るい)が及ぶ。そうなる前に、問題を解決しなければならない。

 

「オレアード様の形見は琥珀だって言っていた……」

「おそらく、精霊石(オリクト)のことでしょう」

「デルマ、知っているの?」

 

アレクシアの問いに、デルマははい、と応えた。自然や精霊の事に関しては、ヤトルカ人であるデルマのほうが知識は深い。

 

「精霊がこの世界に生まれるとき、共に発生する結晶のことです。精霊の成長と共にそれは万物素を(たくわ)え、やがて強力な宝玉になる。精霊が死ねば……その宝玉だけがその場に残り、周囲を豊かにし、新たな精霊が生まれる素地を作る」

「つまり、山奥がこんなにも緑が生い茂っているのは……」

「ナーガ様のご尽力もありましょうが、恐らく精霊石の影響もあるかと」

 

警戒を(おこた)らずに、デルマは先行している。その後ろをアレクシアがついていく。どこかから垂れ下がる蜘蛛(くも)の糸を手でどかしながら、アレクシアはぽつりと呟いた。

 

「どうしてドリアード様は、今までお母様であるオレアード様の形見を彼女の墓所に放っておいたのかしら? それがあれば山の麓も――」

「止まって」

 

デルマの低い声にアレクシアは口を閉ざした。歩みを止めたデルマが、前方をじっと()()えている。その肩先から覗き込めば、アレクシアははっと息を呑んだ。

木々に、蜘蛛の巣が張り巡らされている。一つや二つではない、まるで白いヴェールを被せたかのように、枝を(おお)っているのが見えた。

 

「……」

「……警戒を」

 

デルマが(ふと)(もも)の山刀を抜くのを見やり、アレクシアは無言で頷く。自然と息が潜まり、二人は今までよりも歩みを遅め、更に奥へ。

進むほどに、蜘蛛の巣は多くなっていく。もはやそれが木の葉そのものになっているように見えた。枝からぶら下がる白い塊から、鹿の角が飛び出している。(やま)()()の羽根はいくつも巣に張り付き、まるで巣を飾っているようである。

 

「…………?」

 

アレクシアがそっと目を細める。蜘蛛の巣、糸が妙に輝いて見えたのだ。(あさ)(つゆ)()れて輝くようなものではない、薄暗がりの中で(わず)かな光りを(はら)んで輝いている。それが奇妙で、(そば)に垂れ下がる蜘蛛の糸に触れようと手を伸ばし――。

 

ぼとっ

 

「きゃ…………!」

 

落ちてきたものに悲鳴を上げかけ、慌てて手を(ふさ)ぐ。目の前に落ちてきたそれはアレクシアの足元でごそごそと(うごめ)いている。蜘蛛。手のひらほどの大きさの、奇妙な蜘蛛だ。微かに透き通って、まるで()(ハク)で出来たような身体をしている。

 

「こんな蜘蛛……見たことないわ……」

 

 興味をそそられ、アレクシアは(かが)んでそれをまじまじと眺めた。蜘蛛の脚は(もろ)いらしく、落ちた拍子にいくつかが折れてしまっている。その一本を拾い上げれば、まだそれはぴくぴくと動いていた。

 

「……琥珀ね。でも魔術で作り上げた魔造生物(マギアーゾ)じゃない……」

 

新種、という言葉が頭に浮かぶ。いや、今はそれどころじゃないと打ち消しながら、アレクシアは脚を丁寧に検分した。これは、生き物なのだろうか。生きた個体を捕まえられれば、分かるかもしれない。知っているもので近いのは、魔石(マリクト)の産出地として名高いネグロ・カスカタに生息する生物だろうか。あれは魔石と共生する生き物が多く――。

 

「アレクシア様!」

 

 デルマの鋭い声にはっと我に返る。違和感に足元を見れば、ごそごそ、ごそごそ、と小さな蜘蛛たちが蠢いている。どれも同じように、琥珀の身体を持っているではないか。口元を引きつらせると、今度は目の前の草むらが、揺れた。子鹿――ほどの、蜘蛛の脚。

 

「あ……!」

 

驚いて思わず手にした脚を落とす。ぱきん、と澄んだ音を立ててそれが砕け散ったのが、合図だった。

 

「走って!」

 

デルマがアレクシアの腕を掴み、走り出すと同時、草むらからそれらが飛び出してきた。獲物を捕らえることに失敗し、しかしなおも追いかけてくる。

 

「あれ、なに!?」

「蜘蛛です」

「どこに逃げる?」

「追いつかれないように。でもこのままだと――」

 

デルマが走りながら、太い木の枝を山刀で切り落とす。それが蜘蛛への足止めになったが、長くは保たないだろう。

 

「このままだと、奥よ……!」

「ええ、私たちはどうやら罠に()められたのかもしれませんね」

「なにが()()()()()()()()なのかしら!」

「それについてはナーガ様にあとでしっかりと説明していただきましょう!」

 

まったくね、とアレクシアは息を切らせながら走る。デルマはまだ余裕があるらしく、木の枝を落として妨害を作りながら、アレクシアを庇うように走った。

 

(こういうときに祝福が使えれば……!)

 

もどかしさに唇を噛みながら、駆ける。不意に目の前が開けていくのが見えた。オレアードの墓所、頭に(よぎ)る。

 

「…………!」

 

木々を抜ける。広場、そう思った。

琥珀色の糸が、まるで(てん)(がい)のように張り巡らされている。その天井から垂れる糸には牡鹿の屍体がぶら下がり、骨を()()しにしている。いくつかある獲物たちの(まつ)()に、アレクシアは思わずよろめいた。

 

「……」

 

最奥に()すそれと目が合う。どの目とあったのかは分からない。それは、集落の家ほどの大きさがあった。黒い頭に金色の瞳が無数に()められている。脚も黒く、木のような太さだ。その先端は琥珀で出来ている。

言葉を失い、アレクシアはそれを、巨大な蜘蛛をじっと見つめた。奇妙だ。腹部が、琥珀で出来たように半透明になって、輝いている。

 

「精霊石を、取り込んでいる……?」

 

 デルマが、引きつった声を(こぼ)した。

第二十五話を読んでいただきありがとうございます!

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