第二十三話 土
「で、デルマ、あのさ、水脈は力の通り道になり得るって……どういうこと?」
隣に座るデルマの腕を遠慮がちにつつき、サーラが問う。ああ、と小さく頷きデルマは口を開いた。
「水脈……というのは分かるな? 川というものが私たちに見える大きな水の流れだとして、水脈というのは地中の中を巡る水の通り道だ。川沿いに隣接でもしないかぎり、だいたいの集落はこの水脈から水を汲みだして生活している。――それが井戸」
「うん。でもあたしたちの村の井戸は涸れた。ええっと、つまり……その水脈に水が通らなくなった」
「水脈は地中に出来た道のようなものだ。水が通らなくなれば、自然に出来た管になる。勿論、何かの要因で自然に涸れれば、長い年月をかけてゆっくりと塞がるものだ。しかしマリオン様は事態を収めるために、その管に別のものを通した……暴走した力を抑える、なにかを」
「なにかって……なにさ」
曖昧な物言いをするデルマに、サーラは眉を寄せた。しかしデルマはそこまでは分からないと首を振り、それを一番知っているであろう泉のあるじ、ナーガに視線を向けた。
「……それは、万物素に似たものでしょうか?」
口を開いたのはアレクシアだった。ナーガは一つ頷き、それに答えた。
「そうだ。お前らが万物素と呼ぶ力――世界に存在する万物に宿るもの……それでお前らは魔法や祝福の技術を使うらしいが、マリオンもそれを使ったんだよ。だがアレクシア、お前よく分かったな? それが万物素に似たもの……つまり、少しばかり違うものだって」
「屋敷を掃除していた時、それを少しだけ感じ取りました。その時に私が知る万物素とは似て非なるものだと思って……」
屋敷の中で感じ取ったあの気配は封印の気配だったのかとアレクシアは納得した。デュラン家はかなり特殊な一族だったらしい。聖女を輩出出来るほどの力……固有の力を有していたと考えるのが妥当だろう。それを使って、暴走した力を封印した。
「水を涸らして空になった水脈にマリオン様は封印のための力を流した……これが、井戸涸れの真相ですね。……でも、村へ伸びる水脈一つを涸らしたところで、主流の川が干上がるとは思えない……ナーガ様、あなたは土が問題だと……これはマリオン様が通した力の問題ですか?」
「その通りだ。山がおかしくなる程の力の暴走を抑えるためには、相応の力が必要だった。水脈に封印の力を通し、鎮めることには成功した。だがそれを安定させるためには水脈一本だけでは無理だと判断したんだ。そこであいつは三つの楔を作った。ゴーレム、井戸――そして、護符だ」
頭の中で全てが繋がる感覚に、アレクシアは目を見開いた。護符というのは、もしかすると竜骨の護符、祖母の形見なのではないだろうか? 思わず手が震え、それを抑えるためにアレクシアはゆっくりと深呼吸した。
「待って、じゃああたしたち、壊しちゃ駄目なものを壊したってこと!?」
サーラが声を上げる。そこには畏れが混じっていた。一方アレクシアも、ここに来るまでにゴーレムを止めたこと、そしてなにより――この地に来るまでに、あの大聖女叙任式の場で元婚約者のヨナーシュ王太子が、アレクシアが悪魔憑きである証拠だとあの護符を奪って、剣で粉々に砕いてしまったことを、思い出していた。
言葉を失ってしまったあるじを横目に、デルマが口を開く。
「…………ですが、貴方の言う土の問題、川の干上がりはともかくとして、今、山に異変は感じ取れませんね。封印のための三つの楔のうち、山に置いたゴーレムとそこから繋がっている井戸が楔の要だと考えます。もう一つの……護符の行く末は分かりませんが、その二つのうちの一つが効力を無くせば、何か別の問題が起こるのでは?」
疑問を向ければ、ナーガも肯定した。
「お前ら人間がやったにしては随分長い間、封印は安定していた。……こうやって、村の娘がなんにも知らずにいられるまでにはな。だが封印の力は、周囲の土にまで染みこんでいった。少しずつ、水のように。長い間、その力に晒された土が今や封印を担うほどの力を得た……とオレは踏んでいる。だからまだ何も起きていない、ってな」
「土が封印の為の力を溜め込んだ結果……強くなりすぎた土は、均衡を崩す……土が水を吸い尽くして離さなくなってしまう……草の根も押しのけてしまうから植物が育たなくなる……」
沈黙が落ちる。問題の根幹は明らかになった。だがどうにもすっきりとしない。
「……あんたが水を止めてたのは、そのせい?」
サーラがドリアードを見つめ、口を開く。問いを向けられ、ドリアードは小さく頷き、またナーガも肯定した。
「そうだ。このまま土が力を溜め込みすぎれば、水源にも影響を及ぼしかねない……オレの力も土に吸われてしまうとドリアードは恐れた。それで苦肉の策が、……アレだ」
ナーガが水源を阻む木の根を指さす。サーラは呆然とした顔で示された根を見つめ、やがて呻いた。
「じゃあ、どうしようもないじゃん……」
「困りましたね……水を流してもらうにしても、力の循環を正さなければ、共倒れになる……」
デルマも腕を組んだまま、黙り込んでしまった。しかし長い沈黙の後、ぽつりと、アレクシアが呟いた。
「……水脈を通っている力を、一度無くせばいいのでは?」
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