第二十二話 発端
泉のあるじ、かく語りき――。
「お前たちの村を治めていたのがデュランの一族だ。――あいつらの娘どもは特別だった。村のやつらは〝神に愛された娘たち〟だとか呼んでいたな」
「神に愛されて……つまり、聖女を輩出する家系だったのですね」
「お前たちの言い方だとそうらしい。確かに、あいつらはヒトにしてみれば出来るほうだった。あの村は随分と栄えていたぜ」
ナーガの顔には、懐かしさが浮かんでいた。あの頃は良い時代だった、と懐かしむ古い人、といったところだ。
「で、でも今は聖女サマなんていやしないよ、デュラン家ってやつらだって! ……それに……」
「まあ、聞け、サーラ。理由がある。……あいつらは分別がついていた。泉のあるじであるオレや、この山にある木々すべての女主人――つまり、オレの妻ドリアードへの感謝を忘れなかった。作物が出来れば持ってきたし、木を切らなきゃ行けねえときはまず詫びを入れにきた。子どもの顔を見せにきて、山で迷ったらお守りくださいだなんて、挨拶にも来た。……オレたちだって、敬われれば無下には出来ねえ。お互い上手いことやっていた」
「……屋敷のメードの日記にも書かれていました。『マリオン様が山へと登り、デュラン家として泉の儀式を執り行った』と……マリオン・デュランという方にお心当たりはありますか?」
アレクシアの問いに、ナーガは重々しく頷いた。
「お前の婆さん、アシュリーの祖父だ。そして、オレたちと関わりがあった最後の当主でもある。あいつは……まあ、立派だったな。あの時出来ることはやったんじゃないか?」
「おばあさまのおじいさま…………ナーガ様、あの時とは? 栄えていたヌッツロースが見る影もなくなり、デュラン家が実質の断絶をした切っ掛けがあるのですね?」
「……ああ、そうだ。オレが知ることも全てじゃねえが、あの日――一人の女が力を暴走させたらしい。理由は分からねえ。だがこの山からもはっきりと感じ取れた……でけえ力だ。あれはヒトの手で……いや、オレたちですらどうにか出来るものじゃなかった」
声色に悔恨の情を滲ませるナーガの手にドリアードの手が触れる。彼が愛する妻を見やれば、彼女はふるりと首を横に振った。
「そうだな、やれることはやった。……すぐにオレたちの領域に異変が現れた。川が暴れ、草木が異常に育ち始めた。――山の全てが強すぎる力を受けて、狂いはじめた」
「狂い、はじめた……?」
「うちの山だけじゃねえ。あたり一帯だ。オレは荒れる川が村に流れ込まないように抑え、ドリアードは木の根たちが村へと突き進むのを抑えた。……そうだ。山のすべてが、あの村に向かっていた。水も、木も、獣もだ」
「あなた方は、そうならなかったのですね?」
「あのまま何もしなかったら、いずれオレたちも狂っていただろうな。そうなるとおしまいだったろうさ。山が村を……この地域すべてを飲み込んじまう事態になってもおかしくねえ」
ドリアードが小さくため息を吐く。その顔には憂いが浮かんでいて、何かを気に掛けるようであった。
「そうならなかったのはオレアード様……ドリアードの母上のおかげだ」
「オレアード、さま?」
「この山のあるじだった御方だ。オレは頭が上がらなかった……いや、今はそんな話じゃないな。彼女がその身を賭して、全てを止めた。……それから、ヌッツロースを中心に暴走した力の流れが渦巻く中、マリオンがやって来た」
ナーガの話を、三人は息を詰めて聞き入っていた。サーラは膝の上でぎゅっと手を握り、デルマは姿勢を崩さず顔を強ばらせていた。アレクシアも、背筋を伸ばしながらも、軽く身を乗り出して彼の言葉に耳を傾けている。
「オレはやってきたマリオンを問い詰めた。何をした、あの力はなんだ、と。マリオンの顔色は悪かった……自分たちが何をしでかしたのか、心底後悔して絶望しているような顔だった。あいつはまず、『私が間違いを犯した』と言った。オレにはその意味が分からなかった……ただ、あの力をどうにかしなければ全部が滅んじまうことはお互い理解していた。マリオンはオレに縋り付き、頼み込んできたんだ。『力を貸してほしい。あの娘を鎮めてほしい』……ってな」
「マリオン様はいったい何を……」
「知らねえ。深くを聞く余裕なんざなかったからな。オレがあいつに頼まれたのは、ここに向かう道にゴーレムを置く許可と、村の井戸へ続く水脈を〝涸らす〟ことだ。もちろん、オレは驚いた。ゴーレムはともかく、村の井戸を涸らすなぞ、正気の沙汰じゃねえ。だがあいつは、そうしないと村が滅ぶと言ったんだ」
「…………井戸を涸らさないと、村が滅んでいた?」
サーラの震える声に、ナーガは頷いた。
「井戸が涸れたのは結果だ。水脈を涸らすことが大事だった。――アレクシア、お前なら理解出来るだろう? 水脈は力の通り道になり得るってことをよ」
「――水脈を涸らし、別の力を通した……マリオン様の言う〝娘〟を鎮めるために」
「オレはそう見ている。だが奴はどうやら一つ、見落としていたらしい。……通した力が、周りにどう影響するかをな」
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