第十九話 ゴーレム
軽い地響きをさせて、それは立ち上がった。
「あ、あぁ……なに、あれ……」
サーラの引きつった声に、アレクシアは彼女の肩を支えながら下がらせる。彼女たちを守るようにデルマは立ち、山刀を抜いた。
「ゴーレム!」
見えていなかった部分――いくつかの岩からなる腕が地面から現れ、アレクシアは驚いた声をあげた。そう、大岩に見えていたそれは、ゴーレムだったのだ。かなり強引に作られたもので、岩と岩を万物素でつなぎ合わせているだけの代物。自分達が見えていた部分は、胴体の部分だったらしい。長い腕に小さな足が、不格好だ。
「とにかく下がってください。……まだこちらを認識していない」
デルマの言うように、ゴーレムは何かを窺うように顔らしき面をそこかしこに向けていた。慌ててアレクシアが下がり、茂みにサーラを隠れさせる。
「出来は良くないわね」
「ええ、しかし自然の岩で作ってるので、破壊は難しいでしょうね。本来ならゴーレムの素材は人工物……粘土や魔硝子で作るのが決まりでは?」
「ええ、事故を防ぐために。暴走しても、簡単に壊せるようにね……」
「に、逃げたほうがいいんじゃ……」
「……いいえ、目覚めさせた以上、放っておくわけにはいかない」
ゴーレムが一歩踏み出す。ずん、と軽い地響きと共に、怯えた小鳥が木から飛び立った。
「嘘でしょ? あんなのどうするのさ!?」
「サーラ、静かに」
窘めるアレクシアの言葉にも焦りが滲む。緩慢な動作で索敵するそれから目を離せず、喉がひくりと動いた。
「逃げよう、二人とも。あんな――ひゃ!?」
いよいよ恐怖にかられたサーラが一歩、後ずさったと同時、小枝を踏み抜いたらしく乾いた音が鳴った。それに驚いたのか、茂みから勢いよく数匹のイタチが飛び出し、ゴーレムを横切る。
〝目〟があった。
ゴーレムにそういった部品はないが、三人は確かにそう感じた。ごりごりと岩が擦れる音と共に、その右腕が振り上げられる。その動きは鈍かったが、振り上がりと同時にぴたりと止まり――。
地面が揺れ、土が抉れた。恐ろしい勢いで右腕が振り下ろされたのだ。デルマが立っていた場所一帯を巻き込みながら、それはめり込んでいた。
「デルマ!」
「――ッ」
アレクシアの声よりも疾く、デルマは跳びすさり軌道から離れていた。山刀を構えながらもこの岩の塊をどうするか考えあぐねているようである。一拍遅く、地面にめり込んだままのゴーレムの右腕が地面を削るように薙ぎ払われ、やがてその延長にあった木々を、なぎ倒した。
(動きは遅く、狙いは大雑把だ。殺しは目的としていない。排除を最優先に造られているな)
攻撃を躱すだけなら難しいことではない。攻撃に入るまでの動作に一拍の間があるのも、おそらく対象に逃げる隙を与えるため――。そうデルマは理解した。
つまり、このゴーレムに刻まれた本来の命令は、追い返すだけ。
(命令自体は単純で助かるが、それが今、こいつの中でどうなっているのかは分からないな……)
とにかく、その大暴れしている腕をどうにかするのが先決だ。デルマは考えを決めた。ついた土を落としながら再び振り上げつつあるゴーレムの右腕――岩と岩の隙間に狙いを定める。
一歩、デルマはゴーレムの懐に踏み込んだ。鋭く息を吐き、山刀の刃で狙いを突く。黒い刀身が岩肌で擦れる音と共に、岩と岩同士をつなぎ合わせているモノの感触が伝わってきた。一息に刃を押し込む。
デルマが刃を突き立てた場所は、人間で現すならば丁度、肘のあたりだった。キン、と何かが砕ける音と共にそこは切り離され、肘から下の岩が地面にばらばらと落ち、砕けた。
「やった!」
それを見たサーラが元気を取り戻して声を上げる。アレクシアも固唾を飲み込みながらも、小さく頷いた。右腕を壊されたゴーレムの反応は薄い。間合いに入ったデルマを攻撃しようとして、残った部位を無意味に振り回している。
「次!」
短く叫び、デルマは振り向きざまにゴーレムの左腕を睨んだ。こちらは更に単純で、自然で出来た岩の柱をくっつけたらしく、上手く機能していない。右腕を切り落とされバランスを失った身体を、それで支えるのが精一杯のようだった。
ひらりと左腕に飛び乗り、一息に駆け上がる。膝に力を入れて跳び、デルマは山刀の刀身を下に構えた。眼下、ゴーレムの胴と左腕――肩の接続部を狙う。
一撃。山刀の切っ先は抵抗なくそこを貫いた。あっけないほどにゴーレムの左腕は外れ、地響きと共に地面に落ちた。ゴーレムはついにバランスを崩し、その巨体を支えるには小さすぎる岩の塊をふらつかせる。一歩、二歩……制御を失ったそれがよろめき、ゴーレムはゆっくりとうつ伏せに倒れた。
「……終わった?」
「まだだ……」
期待を孕んだサーラの声を、デルマは打ち消す。その視線の先――露わになったゴーレムの背面から、管のようなものが伸びていた。
「あれは……万物素管? これがゴーレムに万物素を供給していたのね……」
「これを切らない限り、こいつは止まりませんよ。放っておけばまた岩を呼び寄せて再構築するでしょう――」
ゴーレムの背面を冷静に検分しながら、デルマは言った。この管を切れば、と山刀の柄を握り直し、しかし視界に入ったものに、手を止めた。
「アレクシア様!」
「? どうしたの?」
デルマが言葉を詰まらせれば、アレクシアが茂みから出て歩み寄る。地面に倒れて軽く埋もれたゴーレムはまだもぞもぞと動いていて、僅かに躊躇したが勇気を出して背に乗った。
「――……あの紋章!」
万物素管の根元の傍に、祖母の紋章が刻まれているのを見て、アレクシアは声を上げた。サーラもおっかなびっくりでやってきて、ゴーレムから少し離れたところで皆を見ている。
「なに、何があったの?」
「井戸に刻まれてた紋章よ! ……つまり、これを造ったのは村の――村にいた人間よ!」
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