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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第一章

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第十八話 山の中へ

夜明け、太陽が(のぼ)る頃に三人は屋敷を出た。目指す先は干上がってしまった川、そしてその先の水源である。アレクシアはいつものコルセットスカートから乗馬用のブリーチズにブーツ、サーラもエプロンドレスから、用意されたキュロットに履き替えていた。デルマはいつもの乗馬用ブリーチズだ。彼女がスカートの(たぐ)いを履くのは、やむにやまれぬ社交の場ぐらいだろう。

 

「なんてこと……」

 

川のあった場所に着いた()(たん)、アレクシアは深い(たん)(そく)(こぼ)した。村人の言うとおり、完全に干上がっている。逃げ遅れたのか、所々に息絶えた川魚が横たわっていた。

 

「昨日まではちゃんと流れていたのよね?」

「ええ、少なくとも私が昼過ぎに水を汲みに来た時までは」

「上流でせき止められているようには見えないわ。……まるで、土が全て吸い上げてしまったみたいよ」

 

とにかく水源へ。アレクシアが流れの(あと)に沿って上流へと(のぼ)っていく。デルマとサーラも、彼女に続いた。暫く歩けば山道に入り、不意に冷たく湿った空気が三人を包んだ。

 

「……」

 

目の前に続く(うっ)(そう)()(しげ)る植物と、木の根が()()しになった土の道を見てサーラが足を止める。ごくり、と喉を鳴らせば、アレクシアは振り返った。

 

「サーラ?」

「……」

「……怖い?」

「べ、別に……」

「もしかすると危険かもしれないわよ」

「もしかしなくても危険ですよ」

「……」

「……サーラ、今なら戻れるわ。屋敷の留守番を――」

「あ、あたし、決めたから……あんた達を見張るって……」

 

サーラの声は震えながらも、はっきりとしていた。その意思を変えようがないと、二人にはっきり自覚させるに充分であり、アレクシアとデルマは顔を見合わせるほかなかった。

 

「……そうね、そうだったわね。でも無理だけはしちゃ嫌よ、サーラ」

「私たちの(そば)を離れるな。それから……そんな啖呵を切るなら、せめて自分の身を守る努力はしろ」

 

そう言ってデルマが()()してきたのは、小さなナイフだった。獣から身を守れるような物ではなかったが、手のひら大の飾り気のないそれを手渡された()(たん)、サーラは微かな(あん)()を覚えた。

木々をかき分け、歩いて行く。先頭はデルマだ。土に獣の(こん)(せき)がないかを注意深く探りつつ、進んでいく。アレクシアやサーラの()(はば)に合わせているようで、その早さはゆっくりだった。

 

「アレクシア様、あの大岩です」

 

デルマが足を止め、前方を示せば、あの時と変わらず、大男よりも大きな岩が道を(ふさ)ぐように置かれている。

 

「これが皆の言う〝でっかい岩〟ってことね……」

 

大岩に近寄り、それを見上げる。冷静になって周囲を見てみれば、これを避ける道すら無いように思えた。岩自体もよくよく見れば奇妙だ。長い間ここにあるというが、苔むしていない。

 

「……壊せると思う?」

「不可能ではないですが、あなたの助けが必要ですね」

「へっ?」

 

二人の会話に目を丸くしたのはサーラだ。見上げるほどの大岩を、アレクシアはデルマに壊せるかと聞いた? ――どうやっても壊れなさそうなこれを?

 

「あまり自信がないわ……だって……」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

「? どうしたの、サーラ?」

「壊すって?」

「これをよ? そうしないと通れないし」

「何言ってるんです? 常識で物を考えてくださいよ、こんなのてこでも動かないでしょう!?」

 

サーラの声に元気が戻ったのに、アレクシアは思わず口を(ゆる)めた。彼女のずけずけとした物言いに安心さえする。

 

「そうね、普通なら……傷すらつけられないし、()()を使っても動かないわ」

「じゃ、じゃあ何するんです……」

「デルマなら出来るのよ」

「はあ?」

「人ぐらいの岩ならですよ。あの大きさだとアレクシア様の〝祝福(マディス)〟を授からなければ無理です」

 

デルマが帯刀している山刀を手のひらで軽く叩く。平然と言ってのける彼女に、サーラの顔は引きつっている。

 

「そう、問題は私――私が、もう祝福の力を使えないこと」

 

アレクシアの声が沈み、サーラはそちらを見た。白い手を眺めながら、アレクシアは目を伏せている。

 

「もう? 祝福って、すごく偉い女の人が使う魔法ですよね?」

「正確には大聖女及び聖女、許可された聖女候補が使う祈りの力よ。……私は許可された聖女候補だった。去年まではね」

「去年までは?」

「聖女になる資格を失ってしまったの。……力が使えなくなったから」

「それって」

「言っておくが悪魔と契約したから、ではないぞ」

 

先回りして釘を刺したデルマに、サーラは眉根を下げる。その様子に苦笑しながら、アレクシアは言葉を続けた。

 

「……私が神からの御力を出力出来なくなっただけ。その原因は分からない……でもそれは、きっとヨナーシュにとって充分な裏切りだったのよ……今なら分かるわ」

「……ヨナーシュ」

「王太子殿下よ。私の元婚約者」

 

あの手紙を書いた人間だ。サーラの胸はどきりと跳ね、手紙を盗み見た気まずさを思い出して(うつむ)いた。

 

「彼がエリーズ様と出会ったのはその後なのかも。……私は大聖女になれなかった穴埋めの為に仕事に没頭した。彼に申し訳が立たなかったから。せめて政務だけは、誰よりもこなそうとした。そう、せめて、出来ることだけは……」

「…………」

 

淡々と語るアレクシアの言葉を、二人は静かに聞き入っていた。デルマの顔には隠せない後悔が滲み、サーラの顔には困惑と、微かな同情が混じっていた。ややあって、口を開いたのはサーラだった。

 

「ねえ、アンタさ……」

「……! 二人とも、岩から離れて!」

 

サーラの言葉を(さえぎ)り叫んだのはデルマだ。その声にアレクシアとサーラは(はじ)かれるように大岩の方を見やり、(きょう)(がく)に目を見開いた。

岩が、動いている。

第十八話を読んでいただきありがとうございます!

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