第十七話 責務
屋敷から現れ、声を上げた女領主の姿に皆は一度、静まりかえった。
「村を元に戻す、だと……?」
「アレクシア様……」
「正確には川の上流……水源とされている場所です。川が干上がってしまったのなら、原因はおそらくそこにある……まずはそこを調べ、対処法を考えるべきよ!」
アレクシアの言葉に、村人たちは顔を見合わせた。その顔には困惑が浮かんでいる。そしてその内の一人が、声を上げた。
「ゲルトもそう言っていたさ! でも水源の泉へと向かう道はでっかい岩に塞がれてんだ! その先がどうなっているのかも分からないし、アンタみたいなお嬢さんが簡単に行けるとこじゃないよ!」
「でも誰かは行かなければならない。動かなければなんにも解決しないわ。だから、ヌッツロースの領主である私が行くべきなのです! あなた方に危険は侵させません……皆、考えてもみて?」
アレクシアは一度言葉を切り、再び皆を見渡した。
「この村に来たばかりの悪魔憑きと呼ばれる女が、無謀な山登りをして命を落としても……あなた達には何の損もないわ」
アレクシアがきっぱりと言い切れば、村人たちは一様に目を丸くさせた。彼女の物言いに驚いたからだ。それはデルマも同じで、彼女は慌てて声を落としアレクシアに囁いた。
「いけません、アレクシア様……」
「これぐらい言わないと、きっと彼らは引かない……それにどちらにせよ、明日そこに向かうつもりだったでしょう? ……同じよ」
実際、アレクシアの言うとおりだった。村人たちはアレクシアの言葉に落ち着きを取り戻したかのように見えた。川が干上がったことをなんとかしたいが、山に向かうのは怖くて躊躇う――そこに彼女が名乗りを上げたのだ。渡りに舟では、と誰もが頷きかけた。……一人を除いて。
「悪魔憑きのことなぞ信用できるか!」
怒りに満ちた叫びを上げたのはゲルトだ。彼はアレクシアに詰め寄ろうとし、やはりデルマに遮られた。デルマの右手は腰元の剣、その柄に触れている。それを見てゲルトは、アレクシアを睨みながらもそこに留まり、唸るように呟いた。
「お前たちが逃げない保証がどこにある」
「……私は、逃げません。行くところもありませんから」
「悪魔憑きの言葉なんて信じられねえな! てめえらもどうして信用しちまうんだ! きっとこの女は今までもこうやって善良な奴らを騙してきたに違いねえぜ……オレは信じねえ……騙されてたまるか……」
「でもよ、ゲルト。じゃあ誰が水源に行くんだ?」
「水源になんざ行かなくても、この女に元に戻させればいい――」
苛立ちにまかせたゲルトの言葉は、途中で止まった。自分の言葉の矛盾に気づき、なんと言い繕えばいいか分からず、唇を噛む。アレクシアは黙って彼らの言い合いを眺めていたが、ぽつりと呟いた。
「だから、私が元に戻すと言っているでしょう」
「…………信用出来るかよ!」
「じゃあ、あたしが着いていく!」
声を上げたのはサーラだった。その声に皆驚き、彼女を見やったので、サーラは顔を青ざめさせながら、震える声で続けた。
「あたしが、川に向かうアレクシアの見張り役になる」
「サーラッ、お前はでしゃばるな――」
「だってあたしが! ……あ、あたしが、アレクシアが悪魔憑きって最初に知ったもん! それが本当かどうか、……見てやりたいのさ!」
怒りに顔を歪めるゲルトの顔をじっと見、声を震わせてサーラは言った。しんと静まりかえった群衆の中から抜けだし、サーラはつかつかとアレクシアに歩み寄り、深く息を吸った。
「――……あたしがどうにかなったら、そういうことでいいよ!」
殆ど啖呵に近かった。この女に、こんな度胸があるとは思いもせず、ゲルトは口元を引きつらせた。こうなるとは考えていなかった。頭にカッと血がのぼる感覚に、ゲルトは口を開こうとした。
「……それなら皆、納得いくじゃろう?」
現れたのはウッツだった。村の騒ぎを、誰かが彼に知らせにいったらしい。杖をつき、ゆっくりとした足取りで、彼は皆の前に出た。
「ウッツ様……」
「ご令嬢、あの時あなたは見得を切ったのだ。ヌッツロースの領主であると………この者たちを救うことが出来ねば、どうなるか分かっておいでですな?」
「……はい、もとより覚悟は出来ております」
よろしい、とウッツは頷いた。そしてじろりとゲルトや村人たちを見やり。
「皆、今日はもう引き上げよ。……もし、この令嬢が夜のうちに逃げるのを見つけたのなら、好きにすればよい……」
「しかしだな、村長!」
「ゲルトよ、お前はいたずらに皆を煽りすぎる。村長の儂に何故先に言わなんだ?」
「…………それは……」
ウッツの険しい声に、ゲルトは俯いた。アレクシアとデルマはそれを眺めていたが、やがて村人たちが村長の言葉に従いぞろぞろと帰っていくのを見送った。
「…………はあ」
緊張から解放され力が抜けたのか、アレクシアがその場にへたり込む。慌ててデルマが彼女を支え、ゆっくりと立たせた。
「……アレクシア、さま…………」
「サーラ……」
目の前で震えるサーラを、アレクシアは見つめた。小さなメードはかたかたと震え、どんな叱責がくるのか、どんな体罰を与えられるのか震えているようだった。アレクシアはちらりとデルマを見たが、彼女の顔には怒りというよりも、むしろ同情の色が浮かんでいた。
「アレクシア様も、サーラも家に入りましょう……明日のことを話さなければ」
「そうね……」
デルマに促され、二人は屋敷の中に入る。騒がしかった前庭に、完全な静寂が降りた。
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