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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第一章

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第十六話 昏迷

村は混乱に陥った。川が干上がったという知らせは(またた)()に皆に知られ、男たちも女たちも、暗闇に松明を灯し、広場に集まった。

 

「川が干上がったって本当かい!?」

「あそこで水が汲めなくなったら……オレたちはどうやって暮らしていけばいいんだ?」


皆、一様に不安げな顔をさせている。(ずい)(ぶん)と前に井戸が()れ、そして今日、川が干上がった。このまま、この村に住めなくなるのだろうか? しかし今更どこに移り住むあてがある? ここは既に国に見捨てられた村だ。(ちょう)(ぜい)(かん)すら、もう何年も来ていない。

絶望が徐々に村人たちに(でん)()していく。広場には異様な空気が(ただよ)い始めていた。


「皆、聞いてくれ!」


声を上げたのはゲルトだった。酒のせいで赤かった顔は元に戻り、顔を強ばらせた(おも)()ちで皆を見渡す。その声に村人たちは静まりかえり、ゲルトが何を語るかを待った。

 

「井戸は涸れ、そして今、オレたちの川が干上がった! このままでは飲み水も、洗濯をする水も、作物を育てる水も無い! この村は終わる!」

 

ゲルトの言葉に一同は頷いた。一人の女が、不安が(きょく)(げん)(いた)ったらしく、()(えつ)を漏らし始めた。

 

「だが、どうしてそうなった!? 川が干上がるだなんておかしいだろ! あれは水源……山の泉から流れるものだ。そこで何かおかしなことが起こっているに違いない!」

「でも泉に向かう道は大昔から大岩に(ふさ)がれて通れなくなってるだろ? オレの爺さんが生きていたころには、もうそうなってたぜ!」

 

 たしかに、と村人たちは頷く。ゲルトもそれには同調したが、すぐに首を振った。

 

「問題はそこじゃねえ。問題は、何故今、川が干上がったのかだ! ……聞いてくれ、皆。川が干上がった原因は……オレが考えるに、あの女だ!」

「あの女?」

「ッ……ゲルトまって……!」

「そうだ、あの王都から来た女だ! オレは聞いたんだ! あの女が王都から追い出された理由をよ!」

「理由?」

「あの女は、悪魔と契約した罪で、この村に追い出されたんだ!」

「悪魔?」

「あの女は悪魔憑きなのか!?」

「ああ、オレは突き止めた。あの女は王太子様に追放されたんだ……オレ達は押しつけられたのさ、あの女を!」

「でもそれが川と何の関係があるんだい?」

「考えてもみてくれ、悪魔と契約して、王都でいい暮らしをしていた女が、こんな村に追放されてどう思うかを! そりゃあ、川のひとつやふたつ、悪魔の力で干上がらせたくもなるだろう!?」

 

ゲルトの演説に、村人たちは困惑に顔を見合わせた。悪魔という聞き慣れない言葉と、新しい女領主の罪に彼らの不安は強くなった。ゲルトが村の若者たちを仕切っていることも、彼らの天秤を揺らすのには充分だった。実際、若者たちは、あの女をどうするかを低い声で、話し合っているように見えて、サーラは息を呑んだ。

 

「なんでもいいさ、川をどうにかしておくれ!」

 

女が声を上げた。女領主が悪魔憑きかどうかの真などどうでもいい、とにかく水をどうにかしなければいけないのだ。

 

「あの女に、川を元に戻させろ!」

「そうだ、領主なんだからどうにかしてもらわないと!」

「屋敷へ行こう! あの女を引きずりだして、なんとかさせよう!」

「そうだ、それがいい!」

「皆、ついてきてくれ! 悪魔に惑わされないように、皆で手を取り合おう!」

 

それがいい、それがいいと村人たちは頷きあった。松明を握りしめ、屋敷へと向かう。暫く、呆然としていたサーラも、彼らを追った。

 

(待って……皆、待って……どうしよう、アレクシアが殺されちゃうかも……!)

 

 あの時、ゲルトに言わなければよかった。今から起こることを想像し、サーラは恐怖に震えながら皆に着いていった。


 ◆


「……川の方角で異変?」

「はい。見てみないと分かりませんが、〝水の気〟が急に消えました」

「水の気……この前、デルマが言っていた五行の話ね」

 

アレクシアの言葉に、デルマが頷く。水の気が急に消えたということは、あまり良い兆しではないだろう。

 

「今から行きましょう」

「もう夜更けです。危険ですよ……せめて日が出てから。それに、貴女も仕事で疲れ切っているでしょう?」

 

デルマの言葉に反論できず、アレクシアは頷いた。もし自分が考えていること、水の気が消えたということは、川に水が無くなったということではないか? ――それが当たっていれば、この村は混乱に陥るだろう。そうなる前に、対処しなければ。

 

「…………」

「デルマ?」

「外が騒がしいですね」

「え……?」

 

玄関の方を見やるデルマの横顔は厳しい。腰元の剣、その柄に触れる彼女をアレクシアはきょとんとした顔で見つめた。しかしその(せい)(じゃく)はすぐに破られた。


領主を出せ! 悪魔憑きの女、出てこい!


外からの叫び声に、二人は身を(こわ)ばらせた。しかしすぐにデルマがつかつかと扉に歩み寄り、そしてアレクシアに振り返った。

 

「ここから一歩も出ないでください。――鍵をかけて」

「私も行くわ!」

「いけません! まずは私が出ます。彼ら、何をするか分かりませんから」


鋭い声で咎められ、アレクシアは何も言えなかった。デルマは音も立てずに部屋を出て、深夜の来客の応対をするために玄関へと向かったようだった。

 

「……いま、悪魔憑きの女って……」

 

微かに聞こえた言葉に声が震える。しかしここでじっとしているわけにはいかないと我に返り、アレクシアは部屋を出た。玄関ホールのすぐ隣、応接室に入り、そこの窓から様子を(うかが)う。庭先で松明が揺れ、村人たち――先頭には先日言い争った男が立ち、デルマは彼と相対していた。

 

「こんな夜更けにいったいなんですか!」

「アレクシアを出せ! あの悪魔憑きの女だ!」

「まずは落ち着きなさい……何が起こったのですか?」

「これが落ち着いていられるか、川が干上がったんだぞ!」

「それでは原因を調べるべきですね。明朝――」

「原因? お前の主人のせいだろうが、オレたちは知ってるんだぞ! いいからアレクシアを出せ、奴隷のヤトルカ人に用はない!」

  

デルマの声は、感情を抑えているのか低かった。しかしその声色からは隠せないほどの怒りが、(にじ)()ている。

 

「その考えは飛躍しすぎていますよ。証拠も無くそんな事を言うべきではありません」

「じゃあどうして川が干上がった!? 説明してみろよ!」

「それを調べるために――」

「ほら見ろ、出来ねえじゃねえか! オレたちが納得する説明をよ!」

「…………」

 

窓の影からかろうじて見えるゲルトの顔は、松明に照らされていた。怒りとも嘲笑ともつかない表情で、デルマに詰め寄っている。その後ろに控える村人たちも、一人で相対するデルマに、(うたぐ)りの眼差しを注いでいた。

 

「皆、不安がってる! どうして分からない!? 水がなきゃこの村は完全に終わりだ! 答えろ、あの女は何をした!? 何を隠している!?」

「アレクシア様は隠し事など――」

「悪魔憑きってことを隠していたじゃねえか! あの女、悪魔と契約したんだろ? ヤトルカの女を飼っている悪魔憑きの令嬢なんざ、オレたちの嫌がらせに川に細工をしたっておかしくはねえぜ! いいからとっととあのあばずれを出せ! 奴隷のお前じゃ話になら――」

 

ゲルトの言葉は、急に萎んだ。目の前で金色の瞳を怒りに燃やすヤトルカ人の女に、その冷たい殺気に勢いを削がれたのだ。

 

「……私のことはいい。アレクシア様をこれ以上()(じょく)するのは許さない」

「…………」

 

しん、と皆静まりかえった。皆が皆、デルマの怒りに言葉を失ったのだ。ゲルトも顔を引きつらせ、何かを言い返そうと口をぱくぱくと動かしている。――と、誰かが声を上げた。

 

「な、なんだっていいよ! とにかく川をなんとかしておくれ! ……そうじゃないと私たち、生きていけないじゃないか!」

 

アレクシアももう我慢がならなかった。デルマがこれ以上、謂れのない侮辱に晒されることは耐えがたかったし、なにより村人の悲痛な声が、彼女を動かした。窓を離れ、応接室を飛び出す。玄関の扉に手をかけて開けば、松明の(ともし)()たちが揺れながら皆を照らしているのが見えた。

驚いた顔をさせているデルマ、呆気にとられているゲルト……ひどく傷ついた顔をしている、サーラ。そして不安げにこちらを見つめてくる村人たち。アレクシアはそれらを見渡し、口を開いた。

 

「そうはさせません。私が、川に行きます! そして、必ず川を……いいえ、村を元に戻します!」

第十六話を読んでいただきありがとうございます!

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