第十四話 疑念
音を立てないように扉を開け、書斎を覗き見てサーラは息を呑んだ。手燭の灯りがデスク上を照らす。そこにはあの客人がアレクシアに渡してきた書簡の束が積まれていた。
(これを全部、アレクシアが?)
これがどういうものなのか分からず、サーラは唇を噛んだ。とにかく、誰にも見つからないうちに、〝情報〟を見つけなければ。ひとつでいい、ゲルトが自分に怒りをぶつけない程度の……。
つま先でかさりと音がして、サーラは床へと視線を落とした。紙が一枚、落ちている。アレクシアは落としたことに気づかず、部屋を出て行ったのだろうか。それを拾い上げれば、雑な書き味の文章が蝋燭の火に照らされた。
「アレクシアへ……手紙を書くべきか迷ったが、一応伝えておくべきだろう……先日、エリーズとの……正式に発表…………君は昔から……父上や大臣たちが君ばかり…………僕はみじめ…………だが、それは君の…………エリーズから聞いた……君は、ずっと悪魔に取り憑かれていたのだと…………眠りもせず働きつづけ、周囲を寄せ付けず……理解できなかった……」
つっかえながらも読む。難しい言葉もあったが、今のサーラでもおおよそを把握できた。
「王家としても悪魔憑きであるあなたを、近くに置くわけにはいかない。……あのまま、君を……にしていれば、国にわざわいを……もちろん、王家は罪に手を染めるまでに君を追い詰めたことは……今までの働きには感謝…………だからこそ、今は大人しく罪と向き合ってほしい…………君自身、犯した罪の自覚はあるはずだ」
鼓動の音がうるさい。指に力が入り、便箋に皺が刻まれる。
「もう王都へ戻ろうとは思わないでくれ…………静かな土地で療養し、罪をそそぎ、神に祈りながら生きるのが君にとっては良いはずだ。エリーズも、そうすれば君の魂が救われるだろうと言っていた…………ラスカース王国王太子ヨナーシュ……」
王太子からの手紙だと悟り、そして書かれた内容が――彼女には全て理解出来ずとも、アレクシアが王太子の元婚約者であったこと、そしてその立場を追われこの村にやってきた理由が、彼女が悪魔憑きになったから――つまり、王都の使者が己を憐れみながら言ったことと符合しているのに、サーラは思わずよろめいた。その拍子に彼女の身体がデスクに当たり、そこからいくつかの書類が落ち音を立てたのに驚き、彼女は手紙を床に放り慌てて書斎を出たのだった。
(アレクシアは本当に悪魔憑きだった!)
王都の使者も言っていたし、王太子の手紙にも書かれていた。あたしよりずっとえらい人がそう言ってるなら、事実だろう。
使用人部屋へ戻り、扉を閉める。内鍵をおろせば、ようやくサーラは息を吐いた。
一瞬、書斎の扉を閉め忘れたことに気がついたが、もう戻る気にはなれない。手にしていた手燭の火を吹き消し、椅子に座った。
(あたし、どうなっちゃうの……もしアレクシアが、あたしが知ってしまったって、気がついたら……!)
もしかすると悪魔の生け贄にされてしまうかもしれない。口封じのために? 怖い。今すぐにでも逃げたい。でも――。
(…………アレクシアは、悪魔に魂を売って、王都で何をしようとしたの?)
はたと、そんな思いが過った。悪魔と契約をすることで、彼女にどんな良いことがあるのか、サーラには想像出来なかった。
(手紙にはアレクシアは悪魔の力を使って、たくさん仕事をしたって言ってた……)
たしかに、自分がここで住み込みで働き始めた日から、時折、かなりの夜更けになっても書斎の灯りがついていたこともあったし、デルマがそれを咎めていたこともあった。それにさっき見た書類の山! あれを一人で片付けた? ……どうしてそこまでして?
(で、でも……そもそも悪魔の力があったら、働かなくてもいいんじゃ?)
そう、別に働かなくてもいいのだ。王太子を怖がらせるほどの悪魔の力があれば、お金だって自由だって、ご飯だって思いのままに出来る。あたしと同じものを食べる必要なんてない。
(わかんない……どういうこと……?)
サーラは混乱の中にいた。アレクシアは悪魔憑きで、その力を使って働いて、そのせいで王都を追放されて……。
「アレクシアはここで何をしようとしてるの……?」
ぽつりと呟く。真っ暗な部屋の中、疑念ばかりが渦巻いていた。
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