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【第二章開始】ヴェルヴェーヌは枯らさない-悪魔憑きの咎で追放された令嬢は、ただ一人の侍女と最果ての村を蘇らせる-  作者: 舎 まゆ
第一章

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第十三話 王都からの使者

王都から――。サーラが告げた言葉に、二人は顔を見合わせた。アレクシアの顔色は心なしか悪く、デルマもただならぬ緊張をはしらせたのに、サーラは思わず息を呑んだ。

 

「ありがとう、お迎えするわ」

 

アレクシアがサーラに礼を言い、デスクから立ち上がる。一応の身だしなみを整え、デルマを伴って書斎を出て行くのに、サーラも慌てて着いていった。


王都の人間というのはあんなに良い服を着てるのか。

応接間に通された男をまじまじと眺める。深い紺色の(がい)(とう)に、金の()(しゅう)、胸元にはきらきらしたブローチが輝いている。少なくとも、農作業をするような出で立ちではない。

ソファに座った彼と向かい合っているのはアレクシアだ。その後ろにはデルマが立っている。張り詰めた空気が漂っていて、どう見ても二人は客人を警戒しているようだった。

サーラはというと、応接間の扉のそばで立って、彼女たちを観察していた。

 

(いったい、なにが始まるのさ)

 

二人が挟むローテーブルに、書簡の束と白い封筒を置きながら切り出したのは、男――王都からの使者だった。

 

「こちらをお渡しする為に参りました」

「これはどなたから……?」

「こちらの書簡は各大臣の方々から、そしてこの封筒はヨナーシュ王太子ご夫妻からです」

「王太子……ご夫妻?」

 

書簡の束を真っ先に手に取りつつも、アレクシアの視線は白い封筒に注がれている。使者は、表情を崩すことなく頷き、彼女の問いに答えた。

 

「先日、ヨナーシュ王太子様は大聖女エリーズ様と婚約を発表されました」

「な……っ」

「王家と国教会での調整もありますので、正式なご結婚はまだ先になりますが」

「…………」

「いずれにせよ、もう貴女には関係ありますまい」

「貴様、今なんと……!」

「デルマ!」

 

アレクシアの制止にデルマは黙ったが、その背は微かに震えている。主人が止めなければ使者に詰め寄り、胸ぐらを掴むぐらいのことはしただろう。

 

(王太子さまと、大聖女、さま? の婚約……? どうしてアレクシアは驚いてるんだろう)

 

彼女たちの反応は(じん)(じょう)ではない。それがサーラの目には奇妙にうつった。

もう関係無い? つまり、王都にいたときは関係あったってこと?

 

「……こちらの、各大臣からの書簡は……」

 

話題を変えるアレクシアの声は僅かに震えていた。その横顔はサーラが立つ位置からは(うかが)い知ることは出来ない。書簡を開封し、入っていたものを取り出しあらためる音が、聞こえてくる。

 

「此度の件で、引き継ぎが未完了のままだったお仕事です」

「……私が当時()(あく)していた政務は全て引き継ぎが完了し、各省にて承認が済んでいたはずですが」

「…………私からはお答え出来かねます」

「……貴殿の言うとおり、アレクシア様にはもう関係のないこと、では?」

 

口を挟んできたのはデルマだ。彼女の声も震えている。それはアレクシアと違い、怒りに満ちたものだった。――気まずい沈黙が、応接間を包む。

 

「…………ヌッツロース領領主アレクシア殿……貴殿が放置した政務を速やかに処理するよう、ここに命じるものとする……。国王陛下からよ」

「明日の夕刻までに処理をお願いいたします」

「ふざけるな、あまりに横暴が過ぎるぞ! この量を明日までにだと!?」

「大丈夫よ、デルマ。……承知いたしました。それまではこの屋敷の客室にてお寛ぎください。食事は――」

「客室にてお願いいたします」

「……承りますわ。サーラ、この方を客室に」

「は、はいっ!」

 

突然呼びかけられ、サーラは声を(うわ)()らせた。こちらへ、と立ち上がった使者を促せば、彼はアレクシアを一瞥もせずに応接室から出て行った。

 

(ええっと、二階の客室……)

 

初めてのもてなしだ。緊張で手を震わせながら、サーラは彼を案内した。彼は全くの無言で、サーラの案内に従った。

 

(……これって、チャンスじゃない?)

 

この人なら、アレクシアがどうしてここにやってきたのか知ってるかも。不意に浮かんだ考えに、サーラはごくりと息を呑んだ。ちらりと使者を見やる。――ゲルトとは違った、恐ろしさが彼にはあった、が。

 

(聞くだけよ、サーラ。だってそうしないとゲルトに何も言えないし、それに……)

 

「あ、あのう……聞いてもいいですか?」

「…………」

 

使者はあからさまにため息を吐いた。礼儀のなっていない小娘だと言いたげにサーラを(ぎょう)()したが、サーラも声をかけた以上聞かないわけにもいかなかった。

 

「アレクシア……様は、どうしてこんな村に……?」

「ああ……彼女はあなたに何も言っていないのですね」

 

使者の空気が若干、和らいだ気配がしてサーラは首を傾げた。彼は心底同情すると言いたげにサーラに頷いた。

 

「彼女は悪魔に魂を売った女ですよ。気をつけなさい」

「あく、ま……?」

 

予想外の言葉に、サーラがぽかんと呆気にとられる。あくま、悪魔? アレクシアが悪魔に? 使者は混乱するサーラを置いて客室に入れば、ぱたんとドアを閉めた。

 

(アレクシアは何をしたの?)

 

閉められた扉の前で、サーラは(しばら)く呆然とした。しかしすぐに我に返り、自分の仕事のためにその場を去った。


 ◆


ペン先が紙の上を絶え間なく走る。デルマが用意した紅茶も、書類の傍らで冷めきっていた。

 

「デルマ、この書類をそこの書類と一緒に束ねて」

「はい」

「ゴードア港の案件はこれで片付いた。あとはセノワーガ地方の不作問題……これは近隣のサンクラモー地方が作ってる堆肥を試してみるのがいいと思う……私の名前は出してはいけないから、どれだけ融通してくれるかは分からないけど……行政官のナザリオさんが読んでくれたら察してくれるかもしれない……」

「……それに関してはアレクシア様の責任ではなく、〝彼ら〟の責任でしょう。地方の行政官がたがあの者たちにどれだけの信を寄せているかは知りませんが」

「情報が足りないわ……あまりに少なすぎる……王都もそう……水路の濁りが酷いって書いてるのだけど、点検記録が無いとどうなっているのか分からない。水が濁ったから綺麗にしろ、だけじゃどうにも出来ないの、分かってるのかしら……」

 

客人の世話はサーラに任せて、アレクシアとデルマは押しつけられた書簡の束をやっつけることに集中していた。すでに柱時計は夜更けを示している。

 

(じょう)()(そう)の徹底的な点検をされたし……状況の詳細がないため(おく)(そく)になるが、水を浄めるために植えられたナゲキハスに原因があると(すい)(さつ)……アレクシア……」

 

最後の書類である王都水道局への手紙を書き、署名する。アレクシア・レイデンと書きかけて我に返り、手を止めた。――もう自分は、レイデン家の者ではない。今は家名を失ったアレクシアだ。

 

「…………」

 

 ペンを置く。デスクの傍らに置いたまま、見ないようにしていた白い封筒に目をやる。まだ封は開けていない。開けて読めば、自分が傷つくことなんて分かっていた。

 

「……燃やしてしまいましょうか」

「……駄目。王家からの親書よ。そんなこと出来ない……読まないわけにもいかないわ」

 

いつ読んでも傷つくのは避けられない。それならとアレクシアは封筒に手を伸ばした。デルマが何か言いたげな気配を発していたが、アレクシアはそれに気づかないふりをした。

真っ白な封筒に、王家の(ふう)(ろう)。それをそっと撫で、レターオープナーで封を切る。中には便箋が二枚あった。それを前に、アレクシアは一度、(ため)()った。呆然とそれを眺めていたが、やがてまず一枚を開き、読み始めた。小さなかわいらしい文字が、便箋の上で踊っている。

時計の秒針が刻まれる音がやけに大きい。デルマは手紙を読むアレクシアの傍らで、静かに侍っていた。その便箋に書かれていることを、覗き見る気にはならなかった。

 

「……」

 

読み終わった便箋を、無言のまま、震える手でデスクに置く。もう一枚を――元婚約者、王太子ヨナーシュからの手紙を、読まないわけにはいかなかった。

息を詰めながらそれを読み始めるアレクシアを前に、デルマは僅かに後悔した。今からでも遅くない、この裏切り者の手紙を取り上げて、厨の竈の火にでも放り込んでしまえば良かった。そうすれば、己の主人は癒えていない傷を再び拡げられるような仕打ちを受けなかったのに。

 

「……わたし、……」

 

か細いアレクシアの声に、デルマは我に返った。俯いた彼女の肩は震えている。呼吸が浅いと気づいて、デルマは慌てて彼女の肩に触れた。便箋にぱたりと雫が落ちるのを見た。青いインクが、滲む。

 

「わた、し……あくまなんて……っ、……なんにも、……!」

「アレクシア様……」

「たりなかったの? わたし、またできなかったの?」

「違います、アレクシア様……あなたはずっと……」

「……っ、ヨナーシュも、お父様も、お母様も、できなかったから、わたしを悪魔憑きだって……!」

「私は知っています……大丈夫です、貴女はやるべきことをやってきました……貴女は悪魔憑きなどではありません」

 

ぼろぼろと泣きながら呆然とするアレクシアを、デルマは抱きしめた。腕の中で途方にくれながら、どうして、わたしは、と呟き涙を流す己の主の背を優しく撫でる。

 

「私は見てきましたから、アレクシア様のことを」

 

デルマ、と心細げな声が耳に触れる。ごめんなさい、こんな主人で。掠れた声を聞こえないふりをして、デルマはアレクシアの手に、己の手を重ねた。

ほとんど(うわ)(ごと)のように、アレクシアは言葉を零していた。己に向けられた言葉、それを否定する言葉、どうして、なぜ、そして己を責める言葉。――もう疲れた、と。

 

「……もうお休みください、アレクシア様。仕事は終わったのでしょう?」

「…………ええ、……」

 

ようやく落ち着いたのか、アレクシアはデルマの言葉に一つ頷いた。力なく立ち上がり、デスクの上に散らばる書類をぼんやりと眺める。

 

「……片付けは明日にしましょう」

 

デルマが促し、アレクシアは扉へと向かった。自分が握っていた手紙が、己の手から滑り落ちたことにすら気づかないほど、彼女は憔悴していた。

 

「だいじょうぶよ……」

「いいえ、お部屋まで」

 

デルマの言葉に、アレクシアはそれ以上何も言わなかった。

第十三話を読んでいただき、ありがとうございます!

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