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第8話:仮説思考、最短ルートで迷宮を抜けろ

第8話:仮説思考、最短ルートで迷宮を抜けろ

 

 午前8時30分。

 睡眠時間、140分。

 脳内を漂う疲労の霧を、強炭酸の刺激で無理やり押し流し、僕は「魔王城」の重い扉を開ける。

 オフィスに足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような緊張感が走った。

 視界の端で【危険察知】のログが赤く点滅している。


「おい、鈴木! 昨日の棚卸しはどうなった! それと、今すぐ今日の役員会議に向けた『営業予測資料』を作り直せ! 数字が甘いんだよ、数字がぁ!」


 五味社長の怒号が、始業のチャイム代わりにフロアを蹂躙する。

 背後では、昨夜共闘した佐藤さんが、またしても「理不尽な追加タスク」の山に埋もれ、瞳の彩度を失いかけていた。


【Enemy:魔王デス・ガベージ(五味)がスキル『無計画な全速力フルスロットル・カオス』を発動】

【Status:パーティー全員に『混乱』および『作業量増加』のデバフが発生中】


「……承知いたしました、社長。棚卸しリストは既に完成し、社長のデスクに。営業予測の再構築も、1時間以内に完了させます」


 僕は懃懃無礼な一礼と共に、自分の席に着く。

 普通に考えれば、役員会議用の予測資料を一から作り直すには、膨大なデータの再集計が必要だ。今の佐藤さんの手際では、会議開始の11時には到底間に合わない。

 だが、僕の脳内には、深夜4時半。

 VR世界の荒れ狂う海の上、巨大な帆船の甲板で、航海士シンが冷徹に言い放った言葉が反響していた。


『鈴木さん。……あなた、また「全部」調べようとしているんですか? それは知的生産ではなく、ただの労働という名の「自傷行為」ですよ。暗闇の中で全ての壁を触って出口を探すのは愚か者のすることだ。……使いなさい。【仮説思考】――闇の中に一本の光を通す、最速の術式を』


『最速の術式……。全部調べずに、答えを出すということですか?』


『そう。まず「最も可能性の高い答え」を仮に決める(スタンスをとる)。その答えを証明するために必要な証拠ファクトだけをピンポイントで叩きにいく。情報は「集めるもの」ではなく、「検証するもの」です。……まぁ、仮説も立てられない迷い子には、一生泥水を啜らせておけばいいんですけど』


 脳内のノイズが消え、視界のUIが「最適化モード」に切り替わる。


「術式展開――【光の導線:仮説思考】」


 僕はキーボードを叩き始めた。

 昨日の棚卸しで得た「滞留在庫の異常値」というファクトを核にする。

 

 仮説:今回の数字の落ち込みは、市場の冷え込みではない。特定のラインにおける「物流の目詰まり」による機会損失が8割だ。

 検証に必要なデータは3つだけ。それ以外は全て「ノイズ」としてパージする。


「佐藤さん、僕の画面を見てください」


「え……? あ、はい。でも鈴木さん、データ集計がまだ……」


「集計は不要です。佐藤さんは、この3つの日付の入庫ログだけを抽出して、今の予測グラフに上書きしてください。それで『答え』は出ます」


 佐藤さんの震える指が、僕の指定したデータに触れる。

 次の瞬間、無秩序な数字の羅列だった資料が、まるでパズルが完成するように一本の鋭いロジックへと収束した。


【スキル:仮説思考が発動】

【調査時間を80%短縮。論理の純度がSSSランクに到達しました】


 午前10時45分。役員会議開始の15分前。

 五味社長が、獲物を見つけた肉食獣のような足取りで僕のデスクに迫る。


「鈴木! 資料はどうした! また『頑張ります』なんて精神論のグラフを持ってきたら、タダじゃおかねえぞ!」


「いえ、社長。今回の予測は、精神論ではなく『構造的なボトルネックの解消』に基づくものです」


 僕はタブレットを差し出した。

 そこには、昨夜の棚卸しで浮き彫りになった「倉庫のバグ」を逆手に取り、それを修正するだけで売上が15%回復するという、逃げ場のない「真実(攻略法)」が描かれていた。


「な……なんだ、この説得力は。昨日、深夜まで倉庫にいたのは……まさか、この資料の『裏付け』をとるためだったのか……!?」


 ドゴォォォォォン!!


 五味社長の放っていた「圧」が、精緻なロジックという名の聖剣に貫かれ、霧散していく。

 社長は震える手で資料を掴み、何かを言いかけ、そのまま会議室へと逃げるように去っていった。


【弱点看破(イシュー・特定):成功】

【魔王の『朝令暮改』を無効化し、周囲に『確信』のバフを撒きました】


 静まり返ったオフィスで、隣の田中さんが眼鏡を指で押し上げ、小さく口角を上げた。


「……鈴木さん。あなた、昨日の『無駄な居残り』を、今日の『決定打』に変えたのね。……恐ろしい人」


「いえ。無駄かどうかは、後から僕たちが決めることですから」


 佐藤さんが、潤んだ瞳で僕を見つめている。

 彼女の目には、今の僕が、闇を照らす灯台のように映っているのかもしれない。


「鈴木さん……すごいです。あんなに暗かった会議の準備が、今は……勝利の予感しかしません!」


【メインヒロイン:佐藤小春の信頼度が上昇】

【現実の解像度がさらに1.2%向上:オフィスのデスクが、伝説の武具鍛錬所に見えています】


 睡眠不足で意識の端が溶けかけている。

 けれど、最短ルートで理不尽を切り伏せる快感が、僕を突き動かしていた。

 

 さあ、次は誰を観測ハックして、このクソゲーを蹂躙しようか。


【本日残りMP:820/1200】

【現在の称号:仮説の航海士プロフェット・ナビゲーター

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