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第7話:リフレーミング、残業代よりも価値あるレベル上げ

第7話:リフレーミング、残業代よりも価値あるレベル上げ


 午後18時30分。

 定時を告げるはずのチャイムは、この「クズ社」において、ただの「増援要請」の鐘に過ぎない。

 周囲のデスクから、椅子が軋む音と、重苦しい溜息が漏れ出す。


「おい、鈴木! 営業二課の雑賀さいがから連絡があったぞ! 明日の朝一までに、倉庫にある在庫の現物確認と棚卸しリストの修正を終わらせておけ! これは根性と気合の見せ所だぞ!」


 春日営業部長の、脂ぎった声がフロアを震わせる。

 僕の網膜に、回避不能な【クエスト・アラート】が強制ポップした。


【Enemy:春日部長がスキル『差し込み仕事クイック・デバフ』を発動】

【Enemy:雑賀課長がスキル『現場の混乱カオス・フィールド』を展開】

【Quest:深夜の棚卸しと書類地獄(難易度:C)】

【報酬:疲弊と、翌朝の社長の機嫌】


「……承知いたしました。雑賀課長には、私から確認しておきます」


 懃懃無礼に頭を下げた僕の横で、佐藤さんが絶望的な表情で肩を落とした。


「そんな……、営業事務の私まで……。鈴木さん、ごめんなさい、また巻き込まれちゃって。こんなの、ただの時間の無駄ですよ……」


 佐藤さんの瞳の彩度が、みるみるうちに落ちていく。

 彼女の目には、この作業は「理不尽な労働」という名の、果てしない毒沼に見えているのだろう。

 だが。

 今の僕の目に映る世界は、少し違う。

 深夜4時。VR世界の高層ビル群の頂上、強風が吹き荒れるヘリポートで、重火器職人のタカスケが吐き捨てた言葉をロードする。


『鈴木さん。……まだ「働かされてる」なんて思ってるんですか? それ、リソースの無駄遣いですよ。目の前のクソみたいな作業も、定義タグを書き換えれば「自分を強化するアイテム」に変わる。それが【リフレーミング】――現実というクソゲーを自分専用のトレーニング・ジムに書き換える術式です』


『定義を書き換える、ですか?』


『そう。残業を「奪われる時間」じゃなく、次の転職や起業で使う「スキル獲得のバフ」だと脳に認識させるんです。意味のない作業なんて、この世には存在しない。意味を見いだせない「あなたの解像度」に問題があるだけです。……まぁ、僕ならその10秒後に会社を爆破しますけどね』


 意識のチャンネルが切り替わる。

 

「術式展開――【意味の再構築:リフレーミング】」


 僕は佐藤さんの机に歩み寄り、静かに微笑んだ。


「佐藤さん。これは『残業』ではありません。……今後の僕たちの『パーティー強化イベント』です」


「え……? 強化、イベント?」


「ええ。今回の現物確認を通して、僕は物流の渡辺さんとの信頼関係(徳)を深め、倉庫の管理システムという名の『迷宮構造』を把握します。佐藤さんには、経理の田中さんが喜ぶような『完璧な帳簿データ』を作成していただきます。これによって、僕たちは将来、社長に依存せずとも組織を動かせる『隠しコマンド』を手に入れるんです。……これ、かなりの『レア・ドロップ』だと思いませんか?」


「鈴木さん……。ふふ、相変わらず何を言っているか分かりませんけど……。なんだか、ただの雑用だと思ってやるより、ずっとワクワクしてきました!」


【ヒロイン:佐藤小春にバフ『前向きな観測』が付与されました】

【パーティーの士気が向上し、荷重デバフを50%カットしました】


 深夜21時。薄暗い倉庫の中。

 僕は渡辺さんと共に、ホコリを被った在庫を一点ずつ確認していく。


「鈴木さん、悪いね……。営業のあんたがこんなとこまで」


「いえ、渡辺さん。在庫の流れ(フロー)を肌で感じるのは、営業戦略を練る上で最高の『鑑定』修行なんです。おかげで、今の過剰在庫がどこにあるか正確に把握できました」


「……あんた、変なやつだな。でも、そう言ってもらえると助かるよ。今度、美味い酒でも奢らせてくれ」


【NPC:渡辺剛との親密度が上昇】

【スキル:バリューチェーン分析(物理)の熟練度がアップしました】


 倉庫の隅で、ノートPCを叩く佐藤さんの指先から、金色のエフェクトが舞い上がる。

 彼女はもう、泣き出しそうな事務員ではない。

 僕を支え、組織の綻びを修正する「聖女」の顔をしている。

 午前0時。

 全ての作業を終え、完璧にリビルドされた棚卸しリストが出力された。


「終わりましたね。佐藤さん、渡辺さん。……明日の朝、社長がこれを見たら、あまりの『解像度の高さ』に脳が情報処理を拒否するはずです」


「鈴木さん、見てください! 倉庫の空気が、なんだかキラキラして見えます!」


 佐藤さんの指差す先。

 低解像度だった現実の空間が、僕たちの「観測」によって鮮明な色彩を取り戻していた。


 帰り道。静まり返った街灯の下。

 佐藤さんが、少し照れくさそうに僕の腕に軽く触れた。


「私……、鈴木さんと一緒なら、どんなクソゲーでもクリアできる気がします」


 その言葉は、どんなビジネス書の一節よりも重く、僕の胸に響いた。


「ええ。この世界をログアウトするその日まで、最高の攻略体験を続けましょう」


 睡眠時間は残りわずか。

 けれど、僕の意識は、明日という名の「次なるステージ」に向けて、かつてないほど鋭く、研ぎ澄まされていた。


【本日残りMP:350/1200】

【現実の解像度が3.5%向上:佐藤さんの笑顔により、精神的な安眠(癒やし)を獲得】

【実績解除:深夜の魔宮突破ミッドナイト・デバッグ

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