第6.5話:深夜3時のデバッグ、賢者たちの戯れ
第6.5話:深夜3時のデバッグ、賢者たちの戯れ
午前3時00分。
現実世界の僕が、泥のような眠りに落ちると同時に、意識は「真の解像度」へとダイブする。
【ログイン完了:サーバー『エデン・オブ・ロジック』】
【ステータス:安眠への渇望(極大)】
【現在のパーティー:タラ、タカスケ、クロ、トミー、シン】
目の前に広がるのは、クリスタルで構成された幻想的な酒場『ホワイト・スペース』だ。現実の灰色のオフィスとは対照的に、ここは4K以上の色彩が暴力的なまでに美しく、空気の匂いすら「成功」の香りがする。
「あ、鈴木さん。遅いですよ。今の今まで残業ですか? それ、人生のサンクコスト(埋没費用)が積み上がってるだけだって、いつになったら理解するんですか?」
カウンターで不味そうな色のポーションを回しているのは、魔導書記官のタラだ。相変わらず、挨拶代わりに論理の礫を投げてくる。
「すみません、タラさん。現実世界のデバッグに少々手間取りまして」
「デバッグねぇ。あんな低スキルのバグ、放置して物理的にサーバー(会社)ごと落としちゃえばいいのに」
そう言って笑うのは、巨大な重火器をメンテナンス中のタカスケだ。彼は昨日、ゲーム内の難攻不落だった城壁を「多角経営」という名の火砲で粉砕したばかりだ。
「まあまあ、タカスケさん。鈴木君には鈴木君の『ストーリー』があるんだから。ねえ、鈴木君? 今日の『魔王城(クズ社)』での立ち回りはどうだった? 観客を沸かせるような劇的なシーンはあったかしら?」
艶やかなドレスを揺らし、トミーが僕の隣に座る。彼女はゲーム内ではギャンブラーだが、その本質は「他者の感情をリソースに変える」演出家だ。
「はい。今日はクリティカルシンキングで、モンスタークライアントを攻略しました」
「ふーん……。問いを立て、前提を疑い、本質を射抜いたわけね」
酒場の隅、山積みになった古書に埋もれるようにして、クロが顔を上げた。分厚い眼鏡の奥で、深淵のような瞳が微かに揺れる。
「……鈴木さん、こっちへ。……それ、お土産」
クロが差し出したのは、ゲーム内では伝説級の回復アイテムとされる『知の探究者の林檎』だ。
「ありがとうございます、クロさん」
「……別に。あなたが来ないと、本を読んでるだけの時間が『非効率』に感じるから。……それだけ」
クロが不器用なツンデレを披露する横で、航海士の格好をしたシンが、空中にホログラムの海図を広げながら呟く。
「鈴木さん。君が現実で戦うたびに、このゲーム世界の『霧』が晴れていく。君の観測が、この世界の解像度を定義していると言ってもいい」
「僕の観測が……?」
「そう。だからこそ、今日は『攻略』なんて忘れて、ただのゲームとして楽しみましょう。ほら、あそこに新しいダンジョンがポップしました。難易度は『最高』。報酬は――ここでの、最高のバカ騒ぎです」
シンの指差す先、酒場の窓の外に、オーロラのような輝きを放つ浮遊大陸が現れた。
「いいですね。……術式、展開」
【アクティブ・スキル:全感覚同期】
【MP:限界突破】
「よーし、野郎ども! 論理という名の物理で、あの大陸のボスをハメ殺しに行くぞ!」
タカスケの号令とともに、賢者たちがそれぞれの武器――もとい、概念を構える。
「鈴木さん、私の後ろにいてください。……あなたの視界を、一秒も曇らせたくないから」
クロが僕のローブの裾をぎゅっと掴む。その感触は、現実世界の佐藤さんの温もりにどこか似ていた。
「さあ、鈴木さん。これが『真のログアウト』に向けた、僕たちの戯れです」
タラの皮肉めいた笑みも、今は心強いバフに聞こえる。
深夜3時の静寂の中。
僕の脳内では、現実を遥かに凌駕する熱量のバトルが幕を開けた。
MBAの知識を、今だけは純粋な「魔法」に変えて。
僕たちは、光り輝く空へと駆け出していく。
【レイドバトル開始:浮遊大陸『パラダイム・シフト』】
【鈴木のコンディション:絶好調(ただし心拍数は上昇中)】
【隠しステータス:メンターたちからの信頼度が、測定不能な領域に達しています】
――そして、数時間後。
現実世界の朝7時が来るまで。
僕は「限界社畜」ではなく、この世界の「ただ一人の勇者」として、賢者たちと共に笑い、駆け抜けるのだ。
【本日残りMP:1200/1200(ゲーム内限定)】
【現在のデバフ:なし(夢の中だけは、僕は無敵だ)】




