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第9話:プレゼンテーション構成、脳に直接情報を叩き込め

第9話:プレゼンテーション構成、脳に直接情報を叩き込め


 深夜5時00分。

 超高精度フルダイブVR世界。

 黄金の書物が天井まで敷き詰められた、厳かで残酷なまでに美しい大講堂。その最深部で、僕は今、絶望的な防衛戦の最中にいた。

 眼前にそびえ立つのは、巨大な石像のボス

『大理石の説法者レトリック・ゴーレム』。

 このボスの攻撃パターンは最悪だ。物理的な破壊力ではなく、絶え間なく吐き出される「無秩序な文字の弾幕」が、プレイヤーの脳の処理容量リソースをじわじわと焼き切っていく初見殺しギミック。

 僕がいくらロジックを組み立てて剣を振るっても、ゴーレムは「そんな細かいことはいいんだよ!」とでも言いたげな文字の濁流で、こちらの攻撃をすべて無効化パージしてしまう。


「鈴木さん。まさかとは思いますけど、相手を『説得』しようとして、長々と技のコンボを繋ごうとしていませんよね?」


 大講堂の特等席、豪奢なチェアーに腰掛けた育成術師のサリーが、優雅に紅茶を啜りながら不敵に笑った。


「それは単なる情報の暴力であり、洗練された暴力ロジックではありません。人間の脳は、3手以上の無駄な手順を見ると思考を停止する仕組み(仕様)になっているのですよ。……使いなさい。敵の脳の防壁を紙切れのように引き裂き、こちらの結論を強制インストールする術式――【PREPプレップ法】を」


「PREP……。結論から話す、というあのフレームワークですか?」


「ええ。ですが、これはただの文章術ではありません。Point(結論)、Reason(理由)、Example(具体例)、Point(結論)。この順番で魔力を紡ぐとき、それは相手のアルゴリズムを内部からハッキングする『最強の魔導構成』となる。長々とした言いコンボは全てゴミ箱へ捨てなさい。聴衆が求めているのは、最短で脳を殴りつけるカタルシスなのですから」


 脳内のノイズが、一瞬でゼロになる。

 視界のUIが、ゴーレムの放つ文字弾幕の「隙間」を捉えた。


「術式展開――【脳内強制上書き:PREP構造】」


 僕は剣を構え、無駄な予備動作をすべてパージした。一歩。ただ、直線の最短ルートを突き抜ける。


「【Point:結論】――貴方のコアを右胸から破壊する」


「【Reason:理由】――なぜなら、貴方が文字を吐き出す際、必ず右胸の紋章が3ミリ発光するからだ」


「【Example:具体例】――今だ」


 刹那、ゴーレムが放った文字の濁流が、僕の放った一直線の刺突によって真っ二つに割れた。刃が、正確に発光部を貫く。


「【Point:結論】――よって、貴方の防壁は無意味だ」


 ドゴォォォォォン!!!

 巨大な石像が、内部から炸裂した純白のロジックに耐えかね、大音響と共に爆散した。


【Skill:PREP法(極)が発動】

【ボスの行動アルゴリズムを完全ハック。ノーダメージでダンジョンを攻略しました】

【鈴木のレベルが上昇:称号『論理の狙撃手』を獲得】


 午後13時00分。

 睡眠時間、140分のツケが、午後一番の重力となって僕の全身にのしかかる。

 午前中の役員会議は無事に乗り切った。僕が放った『仮説思考』の弾道は、五味社長の脳髄を正確に撃ち抜き、無駄なデータ集計という名の底なし沼から僕たちを救い出したはずだった。

 だが。

 この「クズ社」において、一つのダンジョンを攻略した安堵は、次の凶悪なギミックを起動するトリガーに過ぎない。


「おい、鈴木ぃ! 先ほどの役員会議で、私の口からこの『ボトルネック解消案』を役員たちに説明してやったぞ! 大絶賛だった!」


 会議室から出てきた五味社長が、まるで自分の手柄のように胸を張る。手柄などいくらでもくれてやる。僕の目的は、この不毛な労働を最適化し、真の安眠を手に入れることだけなのだから。

 しかし、社長の背後に控える春日営業部長の、いやらしいニヤけ顔を見た瞬間、網膜のシステムアラートが再び激しく明滅した。


「ですがね、鈴木くん」春日部長が脂ぎった手で僕の肩を叩く。「役員たちから『で、具体的にどうやるの? うちの営業二課の雑賀くんのチーム、今パンクしてるんだけど?』って突っ込まれちゃってさあ。社長の顔に泥を塗るわけにいかないだろ? 今日の夕方16時からの臨時会議で、今度は君が『現場の連中を納得させる提案』を直接プレゼンしなさい。あ、パワポで30枚くらいね!」


【Enemy:五味社長がスキル『丸投げ(キラー・アサイン)』を発動】

【Enemy:春日部長がスキル『太鼓持ちの連鎖デバフ・スプレッド』を展開】

【Quest:現場の無能を説得する緊急プレゼン(難易度:B)】

【タイムリミット:残り3時間】

 3時間でパワポ30枚。しかも、相手は変化を嫌い、根性論でしか動かない営業二課の雑賀課長とその一派だ。まともに資料を作れば、説明の途中で「現場の気持ちが分かっていない」と感情論のクソ泥を投げつけられて終わるのが目に見えている。


「……承知いたしました。完璧な『儀式プレゼン』を執筆しておきます」


 僕が淡々と応じると、隣の席の佐藤さんが、今度こそ完全に目の光を失ってガタガタと震え出した。


「3時間でパワポ30枚なんて、物理的に無理です……。それに雑賀課長、自分の思い通りにならない提案は全部『あー、それ意味ないから』って聞き流すんですよ!? もう終わりです……全滅です……」


 佐藤さんの背後に、絶望の具現化である【シャドウ・タスク】の群れがブワリと湧き上がる。

 だが、僕の脳内には、先ほど大講堂でサリーが語った言葉が、鮮烈な攻略コマンドとして焼き付いていた。


(長々としたスライドは全てゴミ箱へ捨てなさい。脳を殴りつけるのは、いつだって最短のロジックです)


 僕の目に映る灰色のオフィスに、黄金の構成線が走り出した。

 現実世界のクソボスどもめ、僕のゲーム攻略は、まだ終わっていない。


「佐藤さん、安心してください。パワポは1枚も作りません」


「え……!? 作らない、ですか?」


「はい。パワポ30枚という仕様自体が、相手の『無能』が作り出したバグです。僕たちは、A4用紙1枚。それだけで、雑賀課長の脳内を完全に『リビルド』します。佐藤さんは、僕が今から言う4つの枠に、午前中の仮説データを流し込んで印刷してください」


「あ、はい……! 分かりました!」


【ヒロイン:佐藤小春にバフ『絶対の信頼』が付与されました】

【タイピング速度が150%に上昇し、事務処理デバフを無効化します】


 午後16時00分。

 営業二課の会議室は、どんよりとした「忖度スライム」の気配で満ちていた。

 上座にふんぞり返る雑賀課長が、貧乏揺すりをしながら僕を睨みつける。


「おい、鈴木。営業一課の小賢しい理屈は聞き飽きてるんだよ。現場は汗を流してなんぼなんだ。パワポの資料はどこだ? まさか、その紙切れ1枚が資料じゃないだろうな?」


 雑賀課長の口から、思考停止の結界【エンプティ・ミーティング】が放射される。

 だが、僕は懃懃無礼な笑みを崩さないまま、そのA4用紙をテーブルの真ん中へ滑らせた。


「ええ。皆様の貴重な『脳のリソース』を、無駄なスライド30枚で消費させるわけにはいきませんから。これ1枚で、十分です」


 僕は立ち上がり、紙の一番上の行を指差した。


「【Point:結論】――営業二課の残業時間を、来月から一律30%削減します。かつ、個人のインセンティブは15%向上させます」


「は、はあ!? そんなの夢物語に決まって――」


「【Reason:理由】――なぜなら、皆様が現在抱えている業務の6割は、『倉庫の目詰まりによる顧客からのクレーム対応』という、本来発生しなくていい『バグ(無駄)』だからです。午前中の役員会議で、社長からその原因である物流ルートの修正許可を取り付けました」


 雑賀課長の息が止まる。僕は容赦なく、次の楔を打ち込む。


「【Example:具体例】――こちらをご覧ください。過去3ヶ月の雑賀課長のチームの稼働データです。毎週火曜日の深夜、倉庫の確認作業だけで全員のMP(精神力)が枯渇しています。これを先ほどの修正案に当てはめると、火曜日の作業自体が『消滅』します」


「火曜日の……あの地獄の作業が、消滅……?」


 雑賀課長の取り巻きの社員たちの目が、一斉に輝き始めた。勝負は決した。トドメを刺す。


「【Point:結論】――したがって、皆様がやるべきことは、新しいシステムへの入力を1日3分行うことだけです。現場を『根性』から解放し、真の成果を出すためのインフラは、全てこちらで整えました。……これ以上の合理的な選択肢が、この世に存在するでしょうか?」


 バキィィィィィィン!!!


 会議室を覆っていた「精神論」の結界が、完璧な4部構成のロジックによって物理的に粉砕された。

 雑賀課長は、自分がなぜ言い返せないのかすら理解できないまま、口を金魚のように開閉させている。


「な……なるほど……。結論、理由、事例、結論か。付け入る隙が、全くない……!」


【Skill:PREP法(極)のクリティカルヒット】

【Enemy:雑賀課長が『完全沈黙』状態に陥りました】

【Quest:現場の無能を説得する緊急プレゼン、完全攻略】


 会議室を出ると、廊下で待っていた佐藤さんが、両手を胸の前で握りしめて僕に駆け寄ってきた。


「鈴木さん! すごいです、あの雑賀課長が、最後はコクコク頷くだけの人形みたいになってました……! あんなに短くて、あんなに胸がスッキリするプレゼン、初めて見ました!」


 佐藤さんの笑顔から、まるでゲームの最高画質エフェクトのような、眩い光の粒子が溢れ出す。

 その瞬間、僕の視界を覆っていたオフィスの壁が、かすかに現実の、鮮やかな色を取り戻した気がした。


「ええ。言葉は武器ですから。正しく組み立てれば、30枚の盾よりも、1発の弾丸の方が強いのです」


 頭痛が激しさを増していく。睡眠不足の限界は近い。

 けれど、理不尽の構造をハックし、この世界を塗り替えていく全能感が、僕の乾いた心に確かなカタルシスを注ぎ込んでいた。


【本日残りMP:520/1200】

【現実の解像度がさらに1.5%向上:佐藤さんの『全肯定の眼差し』により、一時的なMP回復バフが発生】

【実績解除:ワンシート・ディザスター(1枚の紙で潰した牙城)】

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