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第3話:ロジカル・シンキング、「無」から生じる死の連鎖

第3話:ロジカル・シンキング、「無」から生じる死の連鎖


 午後1時30分。

 本来なら、摂取したコンビニ弁当が緩やかな眠気を誘うはずの時間帯だ。

 しかし、我が社「クリエイティブ・ズー」の会議室には、酸素の代わりに「狂気」が充満していた。


「――というわけだ! これからは『動画』の時代だ! 今のSNS運用、全部やめて明日から一人一本ショート動画を作れ! バズるまで帰るな!」


 バン! と机を叩き、五味社長――もとい、魔王デス・ガベージが吠えた。

 彼の頭上には【状態:思いつき(バフ)】と【属性:朝令暮改カオス】が不気味に明滅している。

 会議室に集められた社員たちの顔から、一斉に血の気が引くのが見えた。

 無理だ。現在進行中のプロジェクトを全て止めて、素人が動画制作に走るなど、自殺行為に等しい。

 僕の隣では、事務の佐藤さんが「また、お仕事が増える……」と、絶望のデバフに飲み込まれ、透明化ステルスしそうなほど存在感を薄くしている。


(……やれやれ。社長の脳内アルゴリズムは、またしても「情報の海」で溺死したようですね)


 僕の視界には、社長の放った言葉が「空中を漂うゴミ(ジャンクデータ)」として可視化されている。

 かつての僕なら、この濁流に飲み込まれ、深夜まで不毛な作業に没頭していただろう。

 だが、僕の脳には、昨夜メンターから授かった「論理の鑑定眼」が実装されている。

 昨夜、深夜4時。

 VR世界の最深部、浮遊する書庫。

 魔導書記官タラが、気だるそうにクロワッサンを齧りながら僕に言った。


『鈴木さん、それ、単なる「お気持ち」ですよね? 社長の言葉をそのまま受け取るからMPが枯渇するんですよ。使うべきは【MECEミーシー】――論理の網です』


『ミーシー……?』


『Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive。「漏れなく、ダブりなく」。複雑な問題を、重複させず、かつ全てを網羅するように切り分ける。バグったプログラムを修正するように、相手の矛盾を構造的に解剖し、逃げ場を失わせる術式です。……まぁ、僕ならそんな会社、速攻で辞めますけどね?』


 現実世界の解像度が、一気に鋭利なベクターデータへと書き換わる。


「術式展開――【鑑定:ロジカル・シンキング】」


 僕は静かに挙手した。

 社長の怒号がピタリと止まる。


「……なんだ鈴木、やる気があるのか?」


「いえ、社長。素晴らしい着眼点だと感服いたしました。まさに『知の探索』。ですが、社長のその独創的なアイデアを確実に勝利バズへ導くために、少しだけ内容を【構造化】させてください」


 僕はホワイトボードの前に立った。

 社長には見えないが、僕の手には光り輝く「論理のメス」が握られている。


「社長の仰る『動画時代への移行』を、MECEのフレームワークに当てはめてみます。……まず、動画制作を【リソース(人・モノ・金)】と【ターゲット】で切り分けてみましょう」


 僕はボードに淀みなく線を引いていく。


「もし全社員が動画を作る場合、現在の『既存顧客のサポート』という必須クエストを放棄することになります。これは【機会費用】の損失を意味します。……佐藤さん、現在の月間サポート件数を数字で出せますか?」


「えっ、あ、はい! 月間400件です!」


「ありがとうございます。社長。この400件を『漏れ』として放置した場合、今月末には解約という名のドロップアイテムが1,000万円分消失しますが、これは社長の計算通りでしょうか?」


「なっ……1,000万だと……!?」


 ドォォォォォン!!


 第一撃。社長の【思いつき(バフ)】がヒビ割れる。


「次に【制作コスト】の重複です。各々がバラバラに作れば、機材費も工数もダブります。これは経営効率という名の聖域を汚す行為です。……社長。もし『バズる』ことだけが目的なら、社員を動員するより、実績のある外部ギルド(制作会社)に100万で外注する方が、成功率は80%向上し、社員の離職デバフも防げます」


「ぐ、ぬぬ……」


「そして最後に【ターゲットの欠落】です。バズった後、誰に何を売るのか? その出口戦略がこの計画には『漏れて』います。出口のないダンジョンに潜るのは、勇者ではなくただの遭難者です。……社長は、社員を遭難させたいわけではありませんよね?」


 トドメの一撃。

 ホワイトボードに完成した「論理の檻」が、五味社長の支離滅裂な命令を完全に封じ込めた。


【スキル:MECEミーシーがクリティカルヒット!】

【敵のバフ『朝令暮改』を無効化しました】

【魔王デス・ガベージは『混乱』状態に陥っています】


「あ、いや……まあ、そこまで言うなら、まずはテストケースとして……一部の部署だけで検討することにしよう。うん、それが合理的だ」


 社長は、自分の無知が露呈するのを恐れ、懃懃な僕の提案に「乗る」形で撤退を選んだ。

 

【クエスト:不毛な会議を解体せよ 達成】

【獲得経験値:200】

【スキル:構造把握ストラクチャーのレベルが上がりました】


 会議室を出た直後、佐藤さんが駆け寄ってきた。

 彼女の目には、尊敬を通り越して、何やら聖者を見るような光が宿っている。


「鈴木さん! すごいです、あんなにめちゃくちゃだった社長の話が、ボードを見ただけで『やらなくていい理由』に変わっちゃうなんて……! 本当に、魔法使いみたいです!」


「魔法ではありませんよ。佐藤さん」


 僕は彼女に、余った会議資料を渡しながら微笑んだ。

 佐藤さんの顔が、夕焼けのようなオレンジ色に染まる。


【メインヒロイン:佐藤小春の信頼度が10上昇しました】

【現実の解像度が0.5%向上:彼女の瞳のハイライトが鮮明になりました】


「あ、あの……鈴木さん! お礼に、帰りにエナジードリンク、奢らせてください!」


「それは嬉しい申し出ですが……できれば、ドリンクよりも『5分の静寂』をいただけますか。次のクエストが、廊下の向こうで待ち構えているようですから」


 僕の視界――【ミニマップ】。

 曲がり角の先で、何やら不穏な「予算不足」という名の毒霧を撒き散らしている経理担当の姿が見えた。

 さて、午後の攻略を始めようか。

 このクソゲーを、僕たちにとっての「安眠の地」に書き換えるために。


【本日残りMP:920/1200】

【現在のデバフ:極度の眼精疲労(視界にノイズが走っています)】

【次の課題:予算という名のMP枯渇領域】

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