第19話:コンフリクト・マネジメント、対立の炎を共闘の火力へ
第19話:コンフリクト・マネジメント、対立の炎を共闘の火力へ
深夜3時30分。
超高精度フルダイブVR世界――『帰属の迷宮』第7階層、灼熱の回廊。
僕の視界を埋め尽くすのは、赤と青、二つの巨大な炎の渦だった。
エリアボスである双頭の魔獣『双魔のキマイラ』。しかし、僕が剣を抜く前に、信じられない事態が起きていた。
赤い炎を吐く右の首と、青い氷を吹く左の首が、互いの意見(攻撃対象)を巡って激しく噛み合い、同士討ちを始めているのだ。
「オレガ燃ヤス! 氷ハ退イテロ!」
「冷気コソ至高! 炎ナド目障リダ!」
一見すれば好都合に見える。だが、システムログは残酷な事実を告げていた。
【Warning:キマイラの同士討ちにより、エリアの崩壊限界値が上昇中】
【あと120秒でダンジョンが自爆し、クエストは強制失敗となります】
「……やれやれ。互いのエゴをぶつけ合い、全体を崩壊させる。どこの三流企業の部署間対立ですか」
僕がレイピアの切っ先を下げて嘆息していると、背後の空間が眩い白銀の光に包まれた。
「鈴木。対立そのものを悪だと勘違いしてはいないか?」
凛とした声と共に現れたのは、【交渉の聖女】アリサだ。現実世界では国際弁護士として紛争解決の最前線に立つ彼女は、白銀の重鎧を鳴らしながら僕の隣に並び立った。
「アリサさん。ですが、このままではダンジョンごと自爆しますよ」
「それは彼らが『自分の正しさ』だけを主張し合っているからだ。現代ビジネスにおいて、部署間の対立は避けるべきものではない。むしろ、異なる意見がぶつかることで新たな価値が生まれる。重要なのは、そのエネルギーの『矛先』を変えることだ――【コンフリクト・マネジメント】の術式を用いてな」
「矛先を、変える……?」
「そうだ。妥協(妥協点を探す)でもなく、回避(見て見ぬふり)でもなく、協調へ導く。互いのいがみ合いを、より次元の高い『共通の敵(上位目標)』に向けさせろ。さあ、あの双頭の馬鹿どもに、本当の標的を教えてやれ!」
アリサが手にした大盾で地面を叩くと、僕の脳内に「対立を共闘へ昇華させる」調停のアルゴリズムがインストールされた。
「術式展開――【協調の聖戦】!」
僕はレイピアを天に突き上げ、キマイラの二つの首の間に、さらに巨大な『仮想の標的(幻影)』を創り出した。
右首の炎と、左首の氷。相反する二つのエネルギーが、僕の誘導によって『共通の敵』へと同時に放たれる。
炎と氷が交わり、極大の水蒸気爆発が巻き起こった。
ズドォォォォォォン!!!
互いの力を100%ぶつけ合った結果、キマイラは自らのエネルギーの奔流に耐えきれず、光の粒子となって消滅した。
【Skill:コンフリクト・マネジメントが発動】
【対立エネルギーを火力に変換し、ダンジョン崩壊を阻止しました】
【経験値7,000を獲得。パーティーの『シナジー効果』が解放されました】
「異なる正義は、束ねれば最強の矛になる。……現実の火種も、上手く使いこなしなさい」
兜の奥で優しく微笑むアリサの声を背に、僕は現実世界へとプラグアウトした。
──脳のデフラグ完了から、わずか4時間半後。
午前9時00分。
現実世界、クズ社の営業フロア。
そこでは、深夜の迷宮と全く同じ「同士討ち」の光景が繰り広げられていた。
「だから! この仕様で明日までに納品しろって言ってんだろ! クライアントの要望だぞ!」
「ふざけるな春日! そんな無茶苦茶なスケジュールで、まともな品質のシステムが組めるか! 営業はいつも現場のキャパを無視しやがって!」
フロアの中央で激しく怒鳴り合っているのは、営業部長の春日と、開発部長の黒田だった。
「売上を優先する営業」と「品質と労働環境を優先する開発」。
典型的な部署間対立だ。
互いの部下たちは青ざめ、オフィス全体に最悪のピリピリとした空気が充満している。
【Enemy:春日部長がスキル『営業の横暴』を発動】
【Enemy:黒田部長がスキル『開発の拒絶』を展開】
【Status:両部署の間に『致命的な亀裂』が発生。案件の消滅確率が95%を超えました】
(あぁ。自分の部署の責任を回避することにリソースを全振りしている。あのキマイラと同じ、ダンジョン(会社)を崩壊させる最悪のバグですね)
隣の席では、佐藤さんが両手で耳を塞ぎ、涙目で震えていた。
「す、鈴木さん……どうしよう。この案件が飛んだら、違約金で今月のボーナスが吹き飛んじゃいます……」
僕は佐藤さんの震える手を優しくぽんぽんと叩き、静かに立ち上がった。
寝不足で灰色の視界に、黄金の調停グリッドが展開される。
「春日部長、黒田部長。少々よろしいでしょうか」
「なんだ鈴木! 今は営業と開発のトップ同士で重要な――」
「いがみ合いをしている最中ですね。存じております」
僕は懃懃無礼な笑みを浮かべ、二人の間に割って入った。
「術式発動――【協調の聖戦】」
僕は手元のタブレットを操作し、フロアの大型モニターに一つのグラフを投影した。
「春日部長。あなたが無理な納期を押し通せば、開発部に『深夜残業』という名のバグが発生し、結果としてバグだらけのシステムが納品されます。違約金が発生すれば、あなたの評価は『G』に転落しますね」
「なっ……!」
「黒田部長。あなたが納期を拒絶して案件を飛ばせば、開発部の今月の予算がカットされ、部下たちのモチベーションが死滅します。これもあなたの管理責任です」
「ぐっ……だが、物理的に時間が足りないんだ!」
「お二人は『自分の部署を守る』ために戦っているつもりでしょうが、結果として『両部署とも破滅する』ルートを全力で爆走しています。……鑑定(分析)の結果、あなた方の真の敵は互いではありません」
僕はモニターの表示を切り替えた。
そこに映し出されたのは、五味社長が先月導入した「無駄な稟議承認システム」の滞留データだった。
「真の敵は、この『非効率な承認フロー』です。営業が受注してから開発にデータが回るまで、社長のハンコ待ちで『丸2日』がロスされています。この2日が開発に回っていれば、黒田部長は定時退社で完璧なシステムを納品できたはずです」
二人の部長が、ハッと息を呑む。
対立の矛先が、相手から『共通の敵(非効率なシステム)』へと切り替わった瞬間だった。
「ですから、妥協案を提示します。営業部と開発部が連名で、この案件に関する『社長決裁の事後報告化』を葉山監査室長に上申してください。私が先ほど葉山室長に根回しをしたところ、『合理的ならば即時承認する』との言質を取ってあります。……これで、営業は売上を守り、開発は時間を確保できる。完全なる『Win-Win』の共闘です。いかがですか?」
ドゴォォォォォォン!!!
いがみ合っていた二つのエネルギーが、僕のロジックの結界内で一つに融合し、会社に巣食う「非効率」という名の真の敵を粉砕した。
「……社長の決裁を飛ばすだと!? しかし、葉山室長が通すと言うなら……」春日部長が喉を鳴らす。
「2日も猶予がもらえるなら、品質は保証できる。……乗るぞ、その提案に」黒田部長が力強く頷いた。
【Skill:コンフリクト・マネジメントが現実世界で完全発動】
【営業部と開発部の対立が『協調』へと昇華しました】
【会社の生産性が大幅に向上。違約金イベントが完全に消滅しました】
「よし、黒田! すぐに開発の連中を集めてくれ! 俺がクライアントに仕様の微調整を通しておく!」
「おう! やってやるぜ!」
先ほどまで殺し合いそうだった二人が、今度は背中を預け合う戦友のように、それぞれの部署へと走っていく。
フロアを覆っていた最悪の空気が一掃され、活気に満ちたタイプ音が響き始めた。
「す、すごいです……!」
佐藤さんが、潤んだ瞳を限界まで輝かせて僕の前に立ち塞がった。
「鈴木さん! あんなに険悪だった部長たちを、一瞬で仲良しにしちゃうなんて……! 本当に、本当に魔法使いみたいですっ!」
彼女の全肯定の眼差しが、僕の脳の疲労をスーッと溶かしていく。
「魔法ではありませんよ、佐藤さん。対立はエネルギーです。正しい方向に向ければ、最大の推進力になる。それだけのことです」
「もう、またそうやって謙遜して! ……あ、あの!」
佐藤さんが、モジモジと指を絡ませながら、少しだけ上目遣いで僕を見る。
「さっき、葉山室長に根回ししたって言ってましたけど……。また、室長と二人でお話、したんですか……?」
ぷくーっ、とわずかに膨らんだ彼女の頬。
それは間違いなく、僕に対する極上の『嫉妬』だった。
「業務上の連絡を、チャットで一行送っただけですよ。……僕にとって、このオフィスで一番話したい相手は、佐藤さんですから」
「えっ……! あ、わ、私……コピー機の用紙、補充してきますっ!!」
顔から火が出そうなほど真っ赤になった佐藤さんが、脱兎のごとく給湯室の方へ逃げていく。
その光景を見つめる僕の視界は、もはや灰色ではない。鮮やかな、生き生きとした現実の色を取り戻していた。
【メインヒロイン:佐藤小春からの『ヤキモチ(照れ)』を受信しました】
【現実の解像度が大幅に向上:鈴木の最大MPがさらに200上昇しました】
部署間の壁は崩れた。
残るは、僕自身が抱える業務の完全最適化だ。
【本日残りMP:2050/2600】
【現実の解像度:45.0%(灰色のクソゲーが、明確な色を帯び始めています)】
【鈴木の獲得称号:『対立を束ねる者』】




