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第18話:組織文化の変革、呪われた「社訓」の解凍(アンフリーズ)

第18話:組織文化の変革、呪われた「社訓」の解凍アンフリーズ


 深夜3時15分。

 超高精度フルダイブVR世界――『帰属の迷宮』第6階層。


 そのフロアには、凶悪なモンスターは一匹もいなかった。

 代わりにあるのは、足首まで浸かるほどの紫色の『澱みの沼』。足を踏み入れた瞬間から、ジワジワと僕のHPとMPが削られていく。ポーションを煽っても、環境そのものが毒である以上、回復量はマイナスを上回れない。


「厄介ですね。目に見える敵がいないということは、この空間の『仕様ルール』そのものがバグっているということですか」


 僕がレイピアの切っ先で沼の表面を突っついていると、頭上から軽快な拍手と共に一人の男が舞い降りてきた。

 日本を代表する経営学者の頭脳を持つ結界魔術師、【変革の軍師】よーすけだ。


「いや〜、相変わらず鋭い観測ですね鈴木さん! その沼は個人の努力やモチベーションでは絶対に突破できない、組織の根底に流れる『悪しき文化』の具現化です。どれだけ優秀な戦士を揃えても、沼に浸かれば全員腐る!」


「環境を変えなければ、全滅ゲームオーバーは免れないと」


「その通り! そして組織の文化を変えるための最強のメソッドが、クルト・レヴィンの提唱した【変革のプロセス】です。凝り固まった悪しき常識をぶっ壊す『解凍アンフリーズ』、新しいルールを叩き込む『変革チェンジ』、そしてそれを定着させる『再凍結リフリーズ』。……さあ、まずはこの腐った沼に『圧倒的な危機感』という熱を叩き込んで、解凍してごらんなさい!」


 よーすけが指を鳴らすと、僕の脳内に「組織文化を書き換えるためのアルゴリズム」がインストールされた。


「術式展開――【変革の第一段階:解凍アンフリーズ】!」


 僕が手のひらから灼熱のロジックを放つと、紫色の沼は「危機感」という名の熱量に耐えきれず、瞬く間に蒸発し、乾いた道が現れた。


【Skill:組織文化の変革(解凍)を習得しました】

【効果:対象に『このままでは破滅する』という圧倒的な客観的事実を突きつけ、古き悪しきルールを無効化する】


「……なるほど。伝統という名の呪いは、絶望的なファクト(事実)で溶かすのですね」 


 僕は現実世界への帰還シークエンスを起動させながら、冷たく微笑んだ。


 ──脳のキャッシュクリアから、わずか4時間後。


 午前8時30分。

 現実世界、クズ社の営業フロア。

 そこでは毎朝恒例の、地獄のような儀式が行われていた。


「声が小さいぞ! もう一度、社訓第一条から!」


「は、はい! 第一条、会社は家族なり! 労働時間は愛の証!」


「第二条、限界は己が決めるもの! 倒れるまで走り抜け!」


 フロアの中央で、五味社長が仁王立ちになり、社員たちに「クズ社・魂の十カ条」を復唱させている。

 社員たちの目は完全に死んでおり、ただ息を吐くように無意味な言葉を垂れ流していた。


【Enemy:魔王デス・ガベージがスキル『社訓の洗脳レガシー・マインドウォッシュ』を発動】

【Status:フロア全体に『残業の常態化』および『思考放棄』の猛毒が充満しています】


(あぁ。毎朝毎朝、ご自身の脳の萎縮をひけらかすようなポエムを合唱させるとは。可哀想に。お供え物はお経の代わりに、最新の労働基準法のテキストでいいでしょうか)


 僕の視界は、このオフィスが深夜の「紫色の毒沼」と完全に一致していることを【鑑定】していた。

 僕は静かに立ち上がり、社長の正面へと歩み出る。


「五味社長。少々よろしいでしょうか。その素晴らしい社訓の合唱ですが、今すぐ中止していただく必要があります」


「あぁん? 鈴木、お前また俺に盾突くのか! これは我が社が創業以来大切にしてきた『文化』だぞ!」


「ええ、存じております。しかし、その『文化』が現在、我が社を物理的に殺しかけています。術式展開――【変革の第一段階:解凍アンフリーズ】」


 僕はタブレットの画面をフロアのモニターに投影した。

 そこに表示されたのは、真っ赤に染まった「離職率」と「採用コスト」の推移グラフだ。


「ご覧ください。社長が愛する『労働時間は愛の証』という文化のせいで、過去3年間の若手離職率は驚異の65%に達しています。彼らの採用と再教育にかかった損失額は、年間およそ5,000万円。……社長は『伝統』という名目で、ご自身の役員報酬の原資を毎年5,000万円ずつドブに捨てて(燃やして)おられるのですよ」


「なっ……ご、五千万、だと……!?」


 五味社長の顔から、一気に血の気が引いていく。

 僕は容赦なく、次のロジックの楔を打ち込む。


「さらに、このまま『倒れるまで走り抜ける』文化を維持した場合、来年の春には現場のマンパワーが完全に崩壊し、主要取引先への納品遅延による違約金が発生します。シミュレーションの結果、半年後に我が社はショート(倒産)します。……それでもまだ、このポエムを読み上げますか?」


 ドゴォォォォォォン!!!


 「倒産」と「5,000万円の損失」という絶対的なファクト(熱量)が、社長の凝り固まった精神論をドロドロに溶かしていく。


「あ、いや……しかし、伝統は……精神力は……」


「社長、鈴木主任の言う通りです。その損失、次の役員会議でどう申し開きするおつもりですか?」


 その時、静寂に包まれたフロアに、冷徹なヒールの音が響いた。

 社長室直属・経営企画室長の葉山玲佳だ。彼女は銀縁の眼鏡を指先で押し上げながら、僕のデータを見て薄く笑った。


「非効率な社訓は、会社を食い潰すただの負債です。鈴木主任のデータは完璧ね。……社長、今すぐ朝礼を廃止し、業務効率化へ舵を切るべきです」


【Ice Inquisitor:葉山玲佳の『合理性の追認アシスト』が発動】


「くっ……わ、分かった! 今日の朝礼はこれまでだ! 各自、業務に戻れ!」


 五味社長は、監査官である葉山室長の冷たい視線と、僕の圧倒的な数字の前に完全に屈服し、逃げるように社長室へ引っ込んでいった。


【Skill:組織文化の解凍アンフリーズが完全発動】

【悪しき社訓が撤廃され、フロアの『毒沼デバフ』が完全に浄化されました】


 ふぅ、と息を吐き、タブレットを片付けていると、葉山室長が僕の横を通り過ぎざまに足を止めた。


「……ただの営業部員にしておくには惜しいロジックね。鈴木主任、後で私の室へ来なさい。あなたの持つデータ、少し見せてもらうわ」


 妖しく微笑む葉山室長の背中を見送った直後。

 僕の隣のデスクから、信じられないほどの「負のオーラ」が立ち上った。


「す、鈴木さん……っ!」


 振り返ると、事務の佐藤さんが、頬を限界までぷくーっと膨らませ、涙目で僕を睨みつけていた。


「葉山室長と、いつの間にあんなに仲良くなったんですか……!? なんか、目と目で通じ合ってるみたいで、私……私……っ!」


「仲良くなどありませんよ、佐藤さん。僕と彼女はただの『合理性という名の利害の一致』です」


「それでもですっ! ……私だって、鈴木さんの役に立てるんですから!」


 ダンッ! とデスクに置かれたのは、湯気を立てるマグカップ。


「はい、これ! 私が鈴木さんのために、朝早く来て淹れた特製ブレンドです! 葉山室長のところのコーヒーなんかより、絶対に、絶対に美味しいですから! 残さず飲んでくださいね!」


 顔を真っ赤にして早口でまくし立てると、佐藤さんは自分のパソコンのモニターの裏に隠れてしまった。

 ……これは、嫉妬スパイスのデバフだろうか。

 いや、一口飲んだコーヒーの香りと温かさが、僕の極限まで疲弊した脳細胞をかつてない速度で修復していく。


【メインヒロイン:佐藤小春からの『ヤキモチ(極上)』を受信しました】

【現実の解像度が劇的に向上:すべてのバフ効果が200%に倍増しました】


 組織の文化ルールを変えるのは容易ではない。解凍した後は、新しいルールを定着させる『再凍結』が待っている。

 だが、この頼もしくも可愛らしいパーティーメンバーがいれば、どんな文化も書き換えられるはずだ。


【本日残りMP:1950/2400】

【現実の解像度:42.0%(コーヒーの香りが、鮮明な五感として認識できています)】

【鈴木の獲得称号:『伝統を壊すカルチャー・ブレイカー』】


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