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第17話:360度評価の真実、あるいは独裁者の裸の王様

第17話:360度評価の真実、あるいは独裁者の裸の王様


 深夜3時45分。

 超高精度フルダイブVR世界――『帰属の迷宮』第5階層・審判の間。


 広大な円形の闘技場の中央に鎮座するのは、巨大な一つ目の魔眼『独裁の監視者ワンウェイ・モニター』だ。

 その巨大な瞳はパーティー全体を常に睨みつけ、赤い光線(評価デバフ)を放っている。この光線を浴びた者は、物理的にステータスが半減し、動きが鈍くなる。


「厄介なギミックですね。あの一つの目から放たれる『主観的評価』を避けない限り、こちらの本来の出力(火力)が出せない」


 僕はレイピアで赤い光線を弾きながら、舌打ちをした。

 上からの監視と評価。それに怯えるがあまり、僕の召喚獣たちは敵への攻撃よりも「監視者の顔色」を窺うことにリソースを割いている。


「鈴木さん。まだ『上からの目』だけを気にしているの?」


 審判の間の観客席から、優雅な拍手と共に立ち上がったのは、【情熱の煽動者】トミーだ。スリットの深いドレスを翻し、彼女は手にしたトランプのカードを宙に撒き散らす。


「あの魔眼が怖いのは、それが『唯一の評価基準』だと思い込んでいるからよ。現代の成熟した組織において、上司一人の主観で全てが決まるなんて、そんな脆いシステム(バグ)は許されないわ。使うべきは【360度評価マルチ・アセスメント】――多角的な観測による、真実の網よ」


「360度評価……。上司だけでなく、同僚や部下、他部署からも評価を集め、客観性を担保する人事制度ですね」


「ええ。ひとつの『偏った目』を無効化するには、それ以上の数の『正しい目』で空間を埋め尽くせばいいのよ。さあ、あの裸の王様に、彼がどれだけ孤立しているか(評価されていないか)を突きつけてあげなさい!」


 トミーのウインクと共に、僕の脳内に多角的な観測アルゴリズムがインストールされる。


「術式展開――【全方位審判のパノラマ・リフレクター】!」


 僕がレイピアを天に突き立てると、闘技場の周囲に無数の光の鏡が出現した。

 その鏡は、魔眼が放つ「赤い光線(上からの評価)」を反射するだけでなく、魔眼自身の「醜い姿」を全方位から映し出し、光の矢として逆照射する。


「ギ、ギギギィィィッ!?」


 部下を萎縮させることしかできない独裁の魔眼が、自らの無能さを全方位から照射され、耐えきれずに砕け散った。


【Skill:360度評価(極)が発動】

【『独裁の監視者』の評価権限を完全ハック・剥奪しました】

【経験値6,000を獲得。パーティーのステータス低下が解除されました】


「上司の評価なんて、ただの『一意見』に過ぎないわ。それを証明してきなさい、私たちのプロタゴニスト(主人公)」


 トミーの妖艶な声を背に、僕は現実世界へとプラグアウトした。


 ──脳のキャッシュクリアから、わずか4時間後。


 午前10時00分。

 現実世界、クズ社・営業二課のフロアは、またしても理不尽な「審判」の気配に満ちていた。


「おい高橋! お前、今期の査定は『C』だからな! 売上は達成してるみたいだが、俺への報告が遅いし、何より態度が生意気だ! ボーナスは期待するなよ!」


 雑賀課長が、高橋さんのデスクに評価シートを叩きつけて吠えている。

 高橋さんの圧倒的な営業数字(実績)を無視し、完全に「自分への従順さ」だけで評価を決める最悪のパワハラ査定だ。


「……あぁ、そうですか。勝手にすればいいじゃないですか」


 高橋さんは死んだ魚の目でそう吐き捨て、パソコンの画面に視線を戻した。せっかくやる気を取り戻していた彼のステータスが、再び『無気力』へと反転しそうになっている。


【Enemy:雑賀課長がスキル『独裁査定ワンウェイ・ジャッジ』を発動】

【Target:高橋のモチベーションが急降下。離職フラグが点灯しました】


(あぁ。自分の主観だけが世界の絶対基準だと勘違いしている。まさに深夜に見た『魔眼』そのものですね)


 僕は静かに立ち上がり、タブレットを手に雑賀課長の背後へ歩み寄った。

 

「雑賀課長。その評価シートの提出、少々お待ちいただけますか。現在のクズ社の評価システム(仕様)に、重大な『バグ』が生じています」


「あぁん? 鈴木、お前また俺に盾突く気か? 部下の評価を決めるのは課長の俺だ! お前に口出しされる筋合いはねえ!」


「ええ。ですが、社長直属の葉山監査室長はそうは思っていないようです」


 僕が『葉山監査室長』の名を出した瞬間、雑賀課長の肩がビクッと跳ねた。


「は、葉山室長……? それがどうした……」


「昨日、私から葉山室長に『新しい人事評価システムのテスト運用』を提案し、承認を得ました。術式発動――【全方位審判のパノラマ・リフレクター】」


 僕はタブレットの画面を雑賀課長に突きつけた。

 そこに表示されているのは、高橋さんに対する『360度評価』の集計データだ。


「高橋さんの評価は、物流の渡辺さんからは『納品スケジュールの厳守(S評価)』、経理の田中さんからは『見積書の正確性(S評価)』、新人伊藤くんからは『営業トークの指導力(S評価)』を獲得しています。全方位からの客観的データは、彼が『最高の戦力』であることを証明しています」


「な、なんだと……!? 他部署の連中の評価なんて関係あるか!」


「関係大ありです。そして、こちらが本題です。……同じシステムで、雑賀課長、あなたへの『360度評価』も集計させていただきました」


「は……? お、俺の……評価……?」


 雑賀課長の顔面から、一気に血の気が引いていく。


「物流からは『無計画な差し込みによるコスト増大』、経理からは『予算管理能力の欠如』、部下の伊藤くんからは『根性論のみで具体的指導なし』。……総合評価は『G(組織への致命的ダメージ)』です。この客観的データと、あなたの高橋さんに対する私怨に満ちた『C評価』のシート。どちらを社長と葉山室長に提出するか、今ここで決めていただけますか?」


 ドゴォォォォォォン!!!


 論理による全方位からの集中砲火が、雑賀課長の「上司としての権威」を物理的に消し飛ばした。

 自分が「評価する側」だと思っていた男が、実は全方位から「最低の評価」を下されていたという真実(裸の王様)。


「あ、あ、あああ……」


 雑賀課長は震える手で高橋さんの評価シートを破り捨て、「……Sだ。高橋の評価は、Sで提出する……」と蚊の鳴くような声で呟き、逃げるようにフロアから消えた。


【Skill:360度評価が完全発動】

【雑賀課長の『独裁査定』を無効化。高橋の離職フラグがへし折られました】


「……ククク。お前、マジでえげつねえな、鈴木」


 高橋さんが、死んだ目をニヤリと歪めて立ち上がった。


「他部署の評価なんて、いつの間に裏で手回ししたんだよ」


「手回しではありません。皆さんがあなたの『真の実力』を正しく観測(評価)した、ただの事実ですよ」


「ふん。……まあ、悪くねえ気分だ。今日の午後のアポ、絶対獲ってきてやるよ。俺の評価を『S』にしてくれた連中に、恥かかせるわけにはいかねえからな」


 高橋さんの背中に、圧倒的な『エースの覇気』が完全復活した。


 その様子を見ていた佐藤さんが、小走りで僕の横にやってくる。


「鈴木さん……! 高橋さん、すごく嬉しそうでした。鈴木さんは、本当にみんなの『本当の価値』を見つける天才ですね……!」


 佐藤さんの瞳が、尊敬と、それを超えた熱量で潤んでいる。


「……あの。私も、鈴木さんの『360度評価』、してもいいですか?」


「僕の、ですか?」


「はい! 私からの評価は……もちろん、宇宙一の『Sスペシャル』ですっ!」


 顔を真っ赤にして言い逃げする佐藤さんの背中を見送る。


【メインヒロイン:佐藤小春からの『絶対的S評価(愛)』を受信しました】

【現実の解像度が大幅に向上:鈴木の疲労デバフが完全消滅しました】


 僕を評価するのは、無能な上司ではない。共に戦うパーティー(仲間)たちだ。

 この組織のシステムを完全にハックするまで、あと少し。


【本日残りMP:1850/2400】

【現実の解像度:38.0%(灰色の世界に、明確な色彩が戻りつつあります)】

【鈴木の獲得称号:『真実を映すリフレクター』】


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