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第15話:チームビルディング、混乱期を突破せよ

第15話:チームビルディング(タックマンモデル)、混乱期ストーミングを突破せよ


 深夜3時30分。

 超高精度フルダイブVR世界――『帰属の迷宮』第4階層。

 ボス部屋である巨大な闘技場の中央で、信じられない光景が繰り広げられていた。

 僕が使役するパーティーメンバー(召喚獣)たちが、あろうことか敵の『多頭蛇カオス・ヒドラ』を放置して、互いに武器を向け合って内輪揉めを始めているのだ。


「オレガ前衛ダ! 魔法ナド邪魔ダ!」


「何ヲ言ウ! 後方支援コソ至高!」


 個々のモチベーション(攻撃力)は極限まで高まっているのに、連携がまったく取れていない。魔法が前衛の背中に直撃し、前衛の盾が後衛の視界を塞ぐ。その隙を突かれ、ヒドラの噛みつき攻撃がパーティーのHPをゴリゴリと削っていく。


「……おかしいですね。昨夜の『二要因理論』で各自のモチベーションは最大化カンストしたはずです。なぜベクトルが反発し合うのでしょうか」


「いや〜! 実に素晴らしい『混乱』ですね、鈴木さん!」


 闘技場の上空から、軽薄な拍手と共に舞い降りてきたのは、【変革の軍師】よーすけだ。日本を代表する経営学者の頭脳を持つ結界魔術師は、壊滅寸前の僕のパーティーを見て満面の笑みを浮かべている。


「素晴らしい、ですか? 僕には全滅ゲームオーバーの秒読みアラートにしか聞こえませんが」


「ハハハ、違う違う! これはバグじゃなくて『必須イベント』なんです。現代組織論の基礎――【タックマンモデル】をご存知ですか? チームは『形成期(様子見)』から始まり、モチベーションが高まると必ず個人のエゴがぶつかり合う『混乱期ストーミング』を迎えます。ここを無理やり鎮圧すると、ただの指示待ち集団に逆戻りですよ!」


「なるほど。摩擦は故障ではなく、歯車が噛み合うための研磨作業だ、と」


「その通り! トップがやるべきは、彼らの武器を取り上げることじゃない。ぶつかり合いを最適化し、共通のルールを創り出す『規範期ノーミング』へと導く【結界ファシリテート】を展開することです!」


 よーすけが指を鳴らすと、僕の脳内に世界標準の組織構築アルゴリズムが流し込まれた。


「術式展開――【規範の結界ノーミング・ドメイン】!」


 僕が展開した黄金のフィールド内で、召喚獣たちの「主張」が可視化され、互いのステータス画面に共有される。前衛が耐えられる限界値、後衛の魔法の詠唱時間。互いの「仕様」を理解した彼らは、一瞬で摩擦を『連携コンボ』へと昇華させた。

 

「今ダ、撃テ!!」


 前衛の防御を起点としたカウンター魔法が、ヒドラの複数の首を一撃で消し飛ばす。

 『機能期パフォーミング』へと到達したパーティーの、圧倒的な殲滅劇だった。


【Skill:タックマンモデル(極)が発動】

【パーティーが『機能期パフォーミング』に進化。総合火力が400%上昇しました】


「摩擦を恐れないチームだけが、最強になれる。……さあ、現実の火種を『爆弾』に変えに行きましょうか」


 よーすけの笑い声を背に、僕は現実世界へとプラグアウトした。


 ──脳のキャッシュクリアから、わずか4時間後。

 午前10時30分。

 現実世界、クズ社の営業フロアは、完全に「戦場」と化していた。


「だから! 俺が取ってきたこの5件の新規案件、今日中に全部出荷しろって言ってんだろ!」


「物理的に無理だって昨日から言ってんだろうが! 事前の在庫確保もなしに倉庫のキャパを越えさせる気か!?」


「ちょっと待ってください、その緊急出荷の特別運賃、今月の利益率を圧迫しますよ! 経理として承認できません!」


 怒鳴り合っているのは、元・エース営業の高橋さん、物流の渡辺さん、経理の田中さんの三人だった。

 『実績』が可視化されたことで全員のやる気が爆発し、結果としてそれぞれのKPI(目標)が激しく衝突する『混乱期ストーミング』に突入していたのだ。


「す、鈴木さん……! どうしよう、みんなの空気が最悪です……。せっかくやる気になってくれたのに、これじゃチームがバラバラになっちゃいます……!」


 隣の席で、佐藤さんが涙目で僕の袖を掴む。

 そこへ、騒ぎを聞きつけた春日営業部長と五味社長が、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


「ほら見ろ鈴木。お前が現場に『自由』なんて与えるからこうなるんだ。現場の連中は、俺たち上司がムチで叩いて方向を決めてやらなきゃ、ただの烏合の衆なんだよ」


「おいお前ら! くだらん口論はそこまでだ! 社長の俺がルールだ、俺の言う通りに動けぇ!」


【Enemy:五味社長がスキル『強権的鎮圧トップダウン・サプレッション』を発動】

【パーティーの成長をリセットし、『形成期(指示待ち)』へ退行させようとしています】


(あぁ。芽生えかけた組織の自律性を、自分の小さなエゴ(支配欲)で摘み取ろうとする。まさに旧時代レガシーの最悪なバグですね)


 僕は静かに立ち上がり、佐藤さんの震える手を優しく解いた。

 視界に黄金のグリッドを展開し、僕は上司二人と激昂する三人との間に割り込む。


「社長、ならびに春日部長。口出しは無用です。彼らは今、ただの口論をしているのではありません。最強の組織へと進化するための『脱皮』を行っている最中なのです」


「なんだと!? このザマのどこが進化だ!」


「術式発動――【規範の結界ノーミング・ドメイン】」


 僕がタブレットの画面をフロアのモニターに投影すると、バキィィィィン! と社長の放った「威圧のデバフ」が物理的に粉砕される音が響いた。


「高橋さん。あなたの圧倒的な営業力(火力)は頼もしいですが、物流のリソースを無視すれば顧客に迷惑がかかります。渡辺さん。あなたの物流防衛力(盾)は完璧ですが、新規を拒めば売上は死にます。田中さん。コスト管理(回復)は必須ですが、投資を渋れば未来がありません」


 僕は三人の目を順番に射抜く。


「あなた方は敵同士ではありません。目的は同じ『クズ社の攻略』のはずです。……ゆえに、ここで『ルール(規範)』を定義します」


 僕はモニターに新たなフローチャートを描き出す。


「高橋さんは大口案件の確定を『納品の3日前』に前倒しする。渡辺さんはその猶予を使って特別運賃なしの通常ラインで出荷を組む。田中さんは、3日前ルールの遵守を条件に、予算の自動承認パスを出す。……この連携コンボなら、全員のKPIが120%達成されます。いかがですか?」


 ピタリと、三人の口論が止まった。

 彼らの目は、怒りではなく、目の前に提示された「最適解」への驚愕と納得に見開かれている。


「……なるほどな。3日前の確約なら、俺の営業トークでコントロールできる範囲だ。文句ねえよ」高橋さんがニヤリと笑う。


「おう! それなら深夜作業なしで完璧に回せるぜ!」渡辺さんが胸を叩く。


「……利益率も維持できます。そのルール、経理部として正式に採用します」田中さんが眼鏡を光らせた。


 スライムのようにドロドロだった三人の連携が、カチリと音を立てて完璧な歯車へと進化した瞬間だった。


【Skill:チームビルディングが完全発動】

【パーティーが『機能期パフォーミング』へ到達。組織の生産性が自動で常時300%に固定されました】


「な、なんだと……!? あいつらが、自分たちで勝手にルールを作って動き出しただと……!?」


 五味社長と春日部長は、もはや自分の命令すら必要とせず、完璧な効率で回り始めた現場を見て、ただ口をあんぐりと開けている。


「お分かりですか、社長」


 僕は二人の元へ歩み寄り、冷徹なロジックの刃を突きつけた。


「恐怖で縛られたチームは、上からの指示がなければ動きません。しかし、互いの役割を理解し、自律的に規範を作ったチームに……もはや『監視役あなた』は不要なのです。どうぞ、社長室でゆっくりお茶でも飲んでいてください」


 ドゴォォォォォォン!!!


 社長の『存在意義』そのものを破壊するカタルシスが、フロア全体を吹き抜けた。

 ぐうの音も出ず、逃げるように社長室へ戻っていく二人を見送り、フロアには清々しい静寂と、キーボードを叩く心地よいリズムだけが残された。


「鈴木さん……!」


 佐藤さんが、潤んだ瞳で僕の胸元に飛びついてきそうな勢いで駆け寄る。


「すごいです……! みんなのぶつかり合いが、一瞬で最高のチームワークに変わっちゃった……! まるで、オーケストラの指揮者みたいでした!」


 彼女の全肯定の眼差し(ヒール)が、僕の疲労を完全に浄化していく。


「僕たちはまだ、強くなれますよ。佐藤さん」


【本日残りMP:1500/2400】

【現実の解像度:32.0%(オフィスの空気が、明確に澄み渡っています)】

【鈴木の獲得称号:『自律の指揮者ノーミング・コンダクター』】


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