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優しいあなたに、さようなら ~二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした  作者: ゆきのひ
2章 公爵領編

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地下室の宝石

 レイラがモントロー領に到着してから、数日が経っていた。


 ロベルはサルグミン嬢を追ってきたのだから、モントロー城のある領都、カルティーにいるはず。

 レイラはとりあえず、身の回りの世話をするメイドを一人連れ、馬車を雇ってカルティーヘ向かったのだ。


(お父様がちょうどお仕事で出かけていて、助かったわ……)


 クレモ男爵は、レイラが屋敷を出た日の数日前から仕事で王都を離れ、留守にしていた。こういう時、男爵は数週間は戻ってこない。おかげで誰にも何も言われることなく、ここまで出かけてこられた。

 それにタイミングよく、屋敷を出る前に、ちょうど頼んでいた新しいネックレスが手元に届けられた。それを着けてこられたことで、すべてが首尾よく運んでいる気がして、すこぶる気分がいい。


 このネックレスの中央に嵌められている大きな宝石は、男爵が地下室の金庫に隠していたものだ。

 サルグミン嬢に恥をかかせようと仕組んだお茶会で、逆に恥をかかされる格好となったレイラはあの後、男爵に高価な宝石をねだった。あのままでは悔しかったからだ。

 しかし男爵は、うんとは言わなかった。


 だがその数日後、男爵が地下室に宝石箱のような小箱を持って降りるのを見かけたレイラは、翌日、男爵が外出した隙に地下室に降りた。


 男爵は、大事なものを地下室の隠し金庫にしまう。幼い頃にはレイラへの誕生日のプレゼントを、当日まで隠し金庫に隠していたこともあった。その金庫は、地下室の壁の一角に埋め込まれていて、見た目には壁のどこにあるのかがわからないようになっている。

 しかし、地下室に行く男爵を何度かこっそり覗き見していたレイラは、その在処を知っていた。


(やっぱりお父様は買ってくれると思ってた。買ってあるなら、早くくれればいいのに)


 隠し金庫の中の小箱に入っていた宝石は、地下室の蝋燭の明かりの下で赤く鈍い光を放った。最初は普通のルビーかと思ったが、部屋に持ち帰ってよく見ると、赤というより、もっと黒に近い色。


(そうだ、こういうのを「深い赤」って言うんじゃない?)


 だとしたら、きっとルビーでも最上級品に違いない。最高ランクのルビーは、血のような深い赤色をしていると聞いたことがあるから。

 しかもこの宝石はかなり大きい。たとえ最高ランクのルビーでなかったとしても、高価なものであるのは確実だ。

 よく見ると、小さな文字が刻まれている。見たことのない文字で読めないけれど、たぶん、宝石の価値を示す鑑定士のサインだろう。

 そうだ、この高価な宝石でネックレスを作ればいい。


(お父様は、いずれこれを私にくれるつもりだったんだろうから、貰う時期が少し早まったと言うだけの話よ)


 あのお茶会でサルグミン嬢が見せびらかした、王室からの賜りものだというあれは、確か「精霊の双眸」とか言ったか。

 この宝石をネックレスにすれば、あれにも劣らない。

 そう考えたレイラは、すぐに細工師に頼んで、この宝石を目立つように嵌めたネックレスを仕立ててもらったのだった。


 それに、せっかくモントロー領なんていう遠い辺境まで行くなら、行った先でそれなりの見返りがほしいところ。

 ロベルを連れ戻すのはもちろんだが、辺境の領地には、鉱山を持つ裕福な家門がいくつもあると聞く。そういう家門の令息たちにうまく近づくことができたら、喜んでレイラの言うことを聞いて、豪遊させてくれるはずだ。

 だって、そこに王都からやって来た自分のような可愛い令嬢がいたら、令息たちが放っておくはずがない。そのためにも念入りに着飾っていかないと。



 領都カルティーに着いたレイラは、真っ先に高位貴族が滞在するにふさわしい宿を探した。

 モントロー領の貴族に、ロベルの知人がいるとは聞いたことがない。だとしたら、ロベルの宿泊先は宿となる。


 カルティーに高位貴族の滞在にふさわしい宿は一つしかないらしい。なら、その宿に行けばロベルに会えるとレイラは簡単に考えていた。

 しかし、宿の主人に、ここに王都から来た貴族の令息が宿泊していないか、と尋ねてみると、事務的な答えを繰り返すだけで話にならない。


「どういう方が滞在されているかについては、私からは一切お答えできません。それが貴族のご令息様についてでしたら、なおさらに」

「私の婚約者を探しているのよ! 貴族の令息がここにいるかいないかくらい、教えてくれてもいいでしょ?」

「宿泊されているお客様の情報を、勝手に他のお客様に伝えることは王国法で禁じられています。どうぞご理解を」


 結局、この数日間、レイラはロベルに会うことはできず、その手がかりもないままでいた。


「ほんと、退屈っ!」


 ロベルがいなければ、ここでは何もすることがない。

 退屈しのぎに街のメイン通りに出てきてはみたものの、退屈を満たしてくれるようなものは差し当たり見当たらずにいた。裕福そうで見目のいい、貴族の令息に出会うこともなかった。


 この街はそれなりに賑やかではあるが、洗練された王都の華やかさには到底及ばない。

 行き交う人も、男女問わずに質素な身なりの者が多いし、騎士や兵士の姿がいやに目立つ。それは国境に近く、魔物の発生源である魔石鉱山を抱える領地なら当然だが、自分を着飾ることにしか興味がなく、世事に疎いレイラには何の意味も持たなかった。


 やっぱり、冷血公爵なんて言われる人の領地なんて、面白いはずがなかったのだ。

 サルグミン嬢も、いくら公爵家と言っても、そんな恐ろしい人に嫁ぐだなんて、いい気味だ。伯爵家とは言っても、王都にある屋敷でロベル様と幸せに暮らすレイラを、サルグミン嬢は羨むことだろう。

 そんな薄暗い優越感に浸れたことで、レイラの曇っていた気分が少しだけ晴れた。


 そもそも、ロベルがサルグミン嬢を追ってモントロー領に行っただなんてこと自体、間違いだったのでは?

 あの程度の特別美人でもないサルグミン嬢を、わざわざこんな遠くまで追いかける価値なんてないわよね?


(まあ、それが私なら、ロベルは間違いなく追いかけてくれたでしょうけど)


 くくっ、と含み笑いをしたレイラは、その時、通りの向こうを仲睦まじく歩く男女の姿に釘付けとなった。

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