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優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした  作者: ゆきのひ
2章 公爵領編

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すべてが嘘

(ちょっと……あれ、サルグミン嬢なの?)


 その隣にいる黒髪の男性は、装いと体躯からひと目で上級騎士だと知れる。彼の整った顔立ちと佇まいは、王都で麗しいと噂の令息たちに並ぶほど魅力的だ。


「綺麗なお嬢様、お花はどうですか?」


 いつの間にかそばにいた、貧しい身なりの少年に声をかけられた。手に提げた蔓籠いっぱいに、素朴な野花の花束が詰められている。

 その少年に、レイラは尋ねた。


「あの黒髪の騎士様は、誰? 知っているなら教えなさい」

「知ってるよ!」


 少年は得意げにその名を告げる。


「あれは、ご領主のモントロー公爵様だよ! ……それでね、隣にいるのは、王都から来たっていう婚約者の伯爵令嬢様。とってもお似合いでしょ? きっと良いご領主夫妻になるって、街のみんなが喜んでるんだ」


 嘘……?

 あれが冷血公爵……?

 お似合い……?


 モントロー公爵は、姿も気性も恐ろしい冷血公爵だという噂は、まったくの嘘だったのか。

 言い知れぬ苛立ちが胸に湧いてくる。


「ねえねえ、お嬢様、お花はどう?」


 さっきの少年がレイラのスカートを摘まんで、軽く引いた。


「ちょっと! 汚い手で触らないで!」


 苛立ったレイラが乱暴にその手を払うと、少年は地面に尻餅をついた。


「痛っ……なんだよ、けちっ!」


 悪態をつく少年を振り返ることなく歩き出したレイラは、さっき少年に触られたスカートをハンカチで力任せに払った。終わると、そのハンカチを道に叩きつけるように投げ捨てる。


(どうして、あの女ばっかり……取柄は伯爵令嬢だっていうことだけのくせに!)


 てっきり恐ろしい風貌の男のもとで、毎日怯えて暮らしているだろうと思っていたのに。

 ロベルとの婚約破棄を、いまだにいじいじ後悔していると思っていたのに。

 あんな女が、身分も高くて、見目もいい男を手に入れるなんて!

 これじゃあ、思っていたのと違うじゃない……。 


(……ああ、そうよ!)


 レイラは、口の端を醜く歪めた。

 この不愉快な気分を晴らす名案がある。また奪ってしまえばいい。


(あんな地味で平凡な女より、誰だって、可愛い私になびくはず)


 家同士の固い約束で婚約していたロベルだって、あっさりとあの女を捨てて、レイラに乗り換えた。公爵様だって、近づくチャンスさえあれば、きっと簡単にレイラのほうがいいと言うはず。

 レイラにとっても、伯爵家のロベルより、モントロー公爵のほうが遥かにいい。

 人に呼ばれるなら、伯爵夫人より公爵夫人のほうが遥かに響きがよく、気分がいい。


(もう、ロベル様なんていらないわ)


 にたっ、と口元に暗い笑みを浮かべた時、背中から声をかけられた。


「あの……」


 振り返ると、貴族らしい身なりの青年が、さっき捨てたハンカチを手にしていた。

 人の好さそうな笑顔で、ハンカチを差し出す。


「これ、ご令嬢のものですよね……?」


(もう、なんなのよ! どいつもこいつも、まったく余計なことばっかり!)


「あ、どうも……」と面倒くさそうに受け取って立ち去ろうとしたレイラだったが、ふと思い直して、媚びるように笑いかけた。


「ありがとうございます! ……実は私、王都から来たので、ここに知り合いもいなくて……心細かったんですぅ。よかったら、お茶でもご一緒しません?」

「えっ……」


 レイラは彼の腕に自分の腕を強引に絡ませると、突然態度を変えたレイラに戸惑う彼に構うことなく歩き出した。


 ◆◆◆


 カフェでレイラと向かい合って座った彼は、彼女の話にいちいち頷きながら、慰めるように言った。


「そう……婚約者に浮気されただなんて、レイラ嬢は大変だったね……それで王都のご令嬢が、メイドだけ連れて旅に出てきたなんて」

「ええ……ピエール様は優しい方ですね。だからつい、お話ししてしまいました……ピエール様に声をかけていただいて、私、嬉しかったんですよぉ」


 レイラの作り話を信じたピエールは、しきりに気の毒がってくれた。見た目の通り、かなりのお人好しみたいだ。


 婚約者の浮気を知って、傷心旅行に出てきた可哀そうな私――これがレイラが語った作り話。

 真相を知る者が耳にしたら、それ、誰のことだよ? と突っ込みたくなるだろうだが、ここは王都から遠く離れた地。さすがに王都の社交界での噂話は届いていない。


 レイラは落ち込んでいるふうを装い、手元のティーカップのお茶に視線を落とした。こういう演技はお手の物だ。


「私、とぉっても心が傷ついてしまって……王都にいると、どこに行っても彼との思い出がたくさんあるんで、辛くって……だから王都から、しばらく離れてみようかなあ、って……」


 お得意の少し甘えた声で話しながら、ピエールをちらっと盗み見る。

 飾り気はないが、品のある身なりをしている。でも、それだけ。醜いわけではまったくないが、とりたてて印象に残ることもない、平凡な容姿だ。


(なーんかこの人、反応が薄すぎて、つまんないわぁ……)


 誰かとお茶でもすれば気が晴れるかと思ったが、ますます気が滅入るのは否めない。

 これが王都の令息相手なら、可愛いレイラが落ち込んでいる姿を見せれば、すぐに席を立って隣に駆け寄り、うるさいぐらいに慰めの言葉を重ねてくれるはず。でもピエールは、思いやるような言葉はかけてくれるものの、レイラと向かい合う席から立とうともせず、手を取って慰めてくれる気配もない。


 こうしていても、さっき目にした、冷血公爵という噂とは真逆の美麗な姿が脳裏に浮かんで離れない。

 しかし、ピエールの次の言葉が、上の空になりかけていたレイラの意識を一瞬にして元に戻した。


「あの……レイラ嬢は王都から来たんだよね? だったら、ショワジー伯爵家のご令息とは面識がある? まさか、その浮気したとかいう婚約者とかじゃないよね?」


 この男、無駄に勘がいいのか?

 まさに言い当てられて、どきりとするが、言葉を濁した。


「……まあ、王都で社交の場にいれば、それは一応、顔を見たことくらいはあるわよ。それで、ええと……その人がどうしたのかしら?」


 そうだよね、と簡単に納得したピエールが話し出した。


 詳細は公爵家によって伏せられているが、ショワジー小伯爵はモントロー公爵家に対して大罪を犯し、王都に送還された。モントロー公爵はとにかく小伯爵に激怒しているから、おそらく重い罰が下ることになるだろう、と。

 その話に、レイラは跳ねるように席を立った。


(王都に戻って、早く婚約破棄の手続きをしないと!)


 罪人となったロベルとの婚約を維持したままなら、レイラは社交界でいい笑い者だ。一刻も早く、婚約破棄の手続きをして、ロベルとは無関係だと示さなければ。


 やっぱりロベルは、自分の相手にふさわしくなかったのだ。

 だから、ノルマンと結ばれるように運命が導いてくれているに違いない。

 見た目もよく地位も高いノルマンには、サルグミン嬢より自分のほうがふさわしいに決まっている!


(だったら王都に戻るより、公爵様に近づいたほうが話が早いじゃない!)


 今ちょうど、公爵様のいるモントロー領にいるわけだし。こうなったのもすべて、神様も後押ししてくれているからに違いない。

 レイラは、にまっと醜い笑みを浮かべた。


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