今さらの執着
ロベルが父に呼ばれて執務室に行くと、父のそばにショワジー家が運営する商団で財務を担当するマルクが立っている。
昨晩もロベルは、友人たちとパラディアで遅くまで過ごしていた。そのせいで、もう日が高く昇る時刻なのに瞼がやたらと重い。
本当なら、友人たちの他愛のない話に興じる暇はなかったのだが、例によってその誘いを断ることができなかった。誘いを断って、付き合いの悪い奴だと思われるほうが怖い。
そんなロベルを見て取り、温和なショワジー伯爵が、いつになく強い口調で言った。
「お前に任せた商団の仕事だが、芳しくない報告ばかりが上がってきている。しかも、お前に渡していた資金がすでに底をついているとも聞いた。十分すぎるほどの額を渡していたと思うが、違うか?」
「はい……。何とかしようと、自分なりにいろいろ手を尽くしました。その過程で経費が必要になることが度重なり……しかし、思うように進んでおりません。申し訳ありません……」
「手を尽くした、か……」
伯爵は眉をしかめて、傍らのマルクが抱えている帳簿に視線を移す。これまでのロベルの金の使い道について、すべて把握しているようだ。
「お前がこれまでしてきたことについては、商団の者からたびたび私のもとに、不安視する報告が上がってきていた。だが、お前なりに何か考えがあるのだろうと、あえてこれまでは何も言わずにいたが……もはや、そういうわけにもいかないようだ。あれだけの資金を、どこへ捨ててしまったのか、自覚はあるのかっ!」
伯爵が語気を荒げる。ロベルは何も言えず、唇を噛むことしかできなかった。
伯爵がロベルにあれだけの怒りを見せるのは、初めてのことだ。
(どうしてこうなってしまったんだろう……)
伯爵は、ロベルがレイラや友人たちに言われるがままに散財し、借金をしていたことも、その借金の一部をディアが肩代わりして返済してくれたことも知っていた。ついには「恥を知れ!」と激しく叱責された。
「そもそも、お前があんな品のない男爵令嬢にそそのかされ、ディアロッテ嬢を軽んじたことが間違いなんだ! そんなことにも気づかずにいた情けない奴だったことに、我が息子ながら心底、腹が立つ!」
(そうだ。ディアがいてくれたらよかったのに。ディアなら、何とかしてくれたはずだ……)
そう。ロベルのことを何とかしてくれるのは、ディアだけだ。
いつだって、ディアは何とかしてくれたじゃないか。
「とにかく、お前を後継者としていた決定を白紙に戻す。もう一度、後継者として認められたいと思うなら、今度は自分で何をすればいいか考えて、行動することだ。それで何らかの成果を上げてみせろ。いいな?」
後継者として認められるために、自分で考えて行動し、何らかの成果を上げること。
伯爵の言葉に、ロベルは何をすればいいか、はっきりとわかった。
(ディアをもう一度、婚約者にすればいい!)
簡単だ。
だって、ディアはロベルのことが子どもの頃から好きだったのだから。
とはいえ、どうもディアは子どもの頃のことで何か勘違いしている節もあるようだけど……まあ、そんなことはどうでもいい。
きっとロベルが謝れば、すぐに許すと言ってくれるだろう。
そして必ず、もう一度婚約し直すと言ってくれる。
今は新しい婚約者のいるモントロー公爵領にいると聞いたが、ロベルがわざわざ会いに行けば、きっと泣いて喜ぶはずだ。
なぜなら、モントロー公爵は、冷血公爵と呼ばれるほどの恐ろしい人物。ディアは非道な公爵に虐げられて、今頃辛い目に遭い、嘆いて暮らしているに違いない。そして、ロベルとの婚約破棄を後悔しているはず。
恐ろしい公爵ではなく、優しいロベルにもう一度、会いたいと。
ロベルがパラディアで引き合わされたうちの一人に、バレリーという男がいた。
話しているうちに、バレリーは自分がモントロー公爵家の傍系筋、カミユ子爵家の三男だと打ち明けてくれた。
三男という爵位を継げる当てもない、先行き怪しい立場のバレリーは、一見して遊び人という風体をしていた。見かけ通りに口も軽く、酒が入っても入らなくても、へらへらとよくしゃべる男だ。
しかもいささか分別に欠けるところがあり、相手を選ばねばならない話題も、人を択ばず平然と口にする性質らしい。
「ロベルの元婚約者って、今、モントロー公爵の婚約者に納まってるサルグミン家の娘だろう? その娘も気の毒だよな。お前との婚約を格下の女に奪われたと思ったら、その次があの冷血公爵だなんてな。公爵とはおそらく、政略結婚というより、契約結婚だろうな」
「ディアが契約結婚……? どうして?」
「だって、お若い公爵様は、未婚のままでは爵位継承を認めないと、家門のうるさい老人たちに散々責め立てられていたからな。でも、公爵についての噂のせいで、家格の釣り合うご令嬢たちからは軒並み断られた。そこで仕方なく、誰でもいいから、ってことで声をかけられたのが、サルグミン嬢、ってわけさ。彼女は、お前との婚約がなくなって傷心でいるところを、公爵にうまくつけ込まれた、って話だよ。契約結婚で、家門内の地固めが済んだら、そこで離婚、はい、さよなら、ってことだろうさ」
「そんな……」
公爵が、家門内での自分の地位を固めるためだけの婚姻。
ディアは、ロベルの知らないうちに、とんでもないことに巻き込まれていたのだ。
「ほんと、可哀そうなご令嬢だよ。実は僕の父、カミユ子爵は、今のところ現公爵を認めない立場を取っていてね。爵位のためだけの婚約なんて、なくなればいい、って思っているんだよね。だって、サルグミン嬢にも気の毒だろ?」
そう言って含み笑いしたバレリーを、ロベルは思い出した。
「モントロー領に行かないと。……なんて可哀そうなディア! 僕が早く慰めて、王都に連れ戻してあげないと……」




