第34話∶幸運の龍
帝国を出てから、もう何日が経っただろうか。
深い森の中を歩きながら、俺は考えていた。
龍を探す──あてのない旅。
だが、何の根拠もなく確信していた。
この森の奥に、俺の探すものがあると。
そして、それは突然現れた。
「お前、魔族に気に入られたのか?」
静寂を破る声。
俺は咄嗟に剣に手をかけたが、それよりも早く目の前に「少女」が立っていた。
琥珀の瞳。黄金の光を宿した髪。
それは美しい少女だった。
だが──違和感。
(龍の気配……?)
俺は目を細める。
彼女はただの少女ではない。だが、獣のような威圧もなければ、畏怖すべき存在というわけでもない。
ただ、そこに佇む姿は──「人を見下ろす神」のようだった。
「……龍の娘、か」
少女は顎に指を当て、じっくりと俺を観察する。
「全く、レギオンは何をしているやら」
(──レギオンを知っている?)
眉をひそめる俺を気にもせず、少女はさらに距離を詰めた。
「……ジンの呪いに、魔族の契約か」
「!?」
俺の瞳が驚きに揺れる。
見抜かれた? しかも、一目で?
「龍の娘、お前、これが分かるのか?」
「当たり前だ」
少女は淡々と答え、肩をすくめる。
「こんなに満身創痍のエルヴァントは、初めて見たがな」
その言葉に、俺の奥歯が軋む。
「……何者だ、お前は」
少女は答えず、ふっと顎をしゃくった。
「こっちだ。お前に会わせたい奴がいる」
唐突な言葉に、俺は目を細める。
「お前が“会わせたい”? 俺の意志は無視か?」
「ついて来るかどうかは勝手だ」
少女は興味なさげに言い放ち、くるりと背を向ける。
少し考えたが……結局、俺は無言で後を追った。
---
森の奥深く。静寂に包まれた空間に、焚火の匂いが混じる。
少女に連れられ辿り着いたのは、古びた庵だった。
(まさか、龍がこんな場所に……?)
違和感を覚えながらも、扉をくぐる。
そこにいたのは、端正な顔立ちの男だった。
白銀の髪に、深い琥珀色の瞳。
どこか人ならざる威厳をまとっている。
そして、彼がふと笑った瞬間──
「やっと来たか」
穏やかで、懐かしさすら覚える声。
「会えるのを楽しみにしていたよ、ルーベンス」
俺の目がわずかに細まる。
「……俺の名を知っているのか?」
「当然だろう。お前の血が、我らと深く繋がっていることを忘れたか?」
グレイス──それが彼の名だという。
かつてレギオンの前に龍王の座にあった者。
「まるで昔から俺を知っていたような口ぶりだな」
俺が低く問いかけると、グレイスは微笑を崩さぬまま、ゆっくりと手を組んだ。
「昔から知っていたさ。お前が生まれるずっと前からな」
意味深な言葉に、俺は眉をひそめる。
「まあ、ゆっくり話そう」
グレイスはそう言いながら、茶を淹れ始めた。
俺は少女──アズィールの様子を窺う。
彼女は興味がないのか、さっさと部屋の隅に腰を下ろしている。
(……まあいい。聞きたいことは山ほどある)
俺は静かに椅子に腰を下ろした。
---
夜になり、アズィールは寝息を立てていた。
俺は庵の外に出る。
月は冴え冴えと輝き、森の静寂が深まっていた。
そんな中、グレイスが静かに歩み寄る。
「……ジンの呪いは、不解呪だ」
開口一番、そう告げられた。
俺は眉をひそめる。
「つまり、打つ手なしということか?」
「いや、“上書き”することはできる」
グレイスの言葉に、俺の眉がさらに動く。
「……どういう意味だ」
「龍の血によって、呪いを“押さえ込む”のだ」
「龍と契約しろというのか?」
「その選択肢もある、という話だ」
「龍と血の契約を結ぶことで、お前の中にある“ジンの呪い”の力は抑えられるだろう」
グレイスの視線が、俺の魔紋が刻まれた腕へと向けられる。
「完全ではないが、今よりはずっと楽になる」
俺はしばらく沈黙した後、口を開く。
「……その話を、アズィールは知っているのか?」
グレイスは少し考え込むような素振りを見せる。
「さあな。だが、いずれ彼女はお前に“選ばせる”ことになるだろう」
「選ばせる?」
「アズィールの能力は“幸運”だ」
俺は目を細める。
「幸運……?」
「そう。契約者の望むものを得るために、ありとあらゆる幸運を引き寄せる」
「……それはすごいな」
「だが、それには代償がある」
グレイスは続ける。
「幸運が大きければ大きいほど、相応の不幸が起こる」
俺は息を飲む。
「……下手をすれば、契約者の命に関わるかもしれん」
「だからアズィールは、今まで誰とも契約しようとしなかった」
「それでも、お前がここへ来たということは……」
グレイスは俺を見つめ、静かに微笑んだ。
「彼女にとっての“変化”なのだろうな」
俺は夜空を仰ぐ。
(……俺が、ここに来たことが“変化”……か)
そして俺は問いかけた。
「王とは何か──」
その答えを、俺はまだ知らない。
沈黙を破り、俺は口を開いた。
「……一つ聞きたいことがある」
「なんだ?」
「幼い頃、レギオンにこう言われた。"お前は王になる。しかし、私の王ではない"と」
グレイスの目がわずかに細まる。
「その意味を知っているのか?」
しばらく俺を見つめ、グレイスは静かに言葉を紡ぐ。
「レギオンは"未来を視る龍"だ。お前も、薄々気づいているのではないか?」
俺は拳を握る。
(……俺は王だ。しかし、"王ではない")
「お前は王の器を持つが、それに囚われている」
グレイスの声が、夜の闇に溶ける。
「王とは何か──いずれ、お前自身が答えを見つけるだろう」
夜風が肌を撫でる。
(俺は……何を選ぶ?)
まだ答えは出ない。
だが、この出会いが"何かを変える"のは、確かだった。
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