第32話∶王になりたくない男が、王を超える日
王位になど、興味はなかった。
俺の兄──王太子は、王妃が産んだ正統な嫡男だ。
王妃は筆頭公爵家の出身で、俺の母は下級貴族の娘。
立場の違いは明白だった。
ルーベンス・エルヴァント。
それが俺の名だ。
王家に生まれながら、王にはなれぬ者。
つまり、俺は王家の端くれにすぎない。
……それだけならまだ良かった。
問題は、俺の「才能」だった。
剣も、魔法も、知識も。
何をやっても、俺は兄を圧倒した。
貴族好みの顔立ちまで持って生まれたせいで、余計に面倒なことになった。
「ルーベンス殿下、いやはや……貴方が次期国王であれば、さぞ国も繁栄するでしょうな」
「王家には、実に頼もしい御子息がいらっしゃる。陛下もさぞ誇らしく思われていることでしょう」
こんなことを、貴族たちは平気で口にする。
まるで俺を王にしたいかのように。
……勘違いも甚だしい。
俺は王になどなりたくないし、兄を廃嫡するつもりもない。
だが──王妃や兄からすれば、そんな俺の意志など関係なかったのだろう。
結果、俺はこれまで何度も命を狙われてきた。
母は度重なる暗殺の恐怖に耐えきれず心を壊し
俺は乳母とその息子であるセシルと暮らすことになった。
つい数ヶ月前も、俺は死にかけた。
兄の宴の席で、俺の料理に毒が盛られていたのだ。
即死性のものではないが、苦しみながら確実に死に至る毒。
身体の内側が焼けるような激痛。喉を灼くような吐き気。
死の淵にあった俺の手を、必死に握っていたのは──
セシルだった。
「こんな事で死ぬなよ! ルーベンス! 悔しくねぇのか!」
俺の乳兄弟であり、親友であり、家族。
彼は涙を滲ませながら、俺を見つめていた。
「……悔しいも何も、俺は別に……」
「そんな顔してねぇだろ!!」
セシルは怒鳴る。
「俺は医者になる……! 俺が、お前を絶対に助ける……!」
決意に満ちた瞳がルーベンスを射貫く。
「お前が二度とこんな目に遭わないように……!」
──あの時、俺は思った。
「俺は、生きるべきなのか?」
王になどなりたくない。
だが、俺がいなくなれば泣く者がいるのも事実だった。
(……やれやれ、面倒な話だ)
それでも、こうして今は──
森の中で寝転がり、空を見上げている。
セシルは薬草を摘むのに夢中だ。
「お前、また薬草か?」
「そう、これは疲れを取ってよく眠れる薬草だな」
セシルは無邪気に笑う。
そんな笑顔を見ていると、胸の奥にほんの少しだけ、温かいものが灯る。
「って……おまえ、また怪我してるぞ」
セシルが呆れ顔で腕を引っ掴む。
「稽古中にちょっとな」
「ちょっとでこんな傷になるかよ。ほら、動くな」
慣れた手つきで薬を塗り、布を巻く。
「へぇ、手際がいいな」
「俺は医者になるからな」
得意げなセシルの横顔を見ながら、俺はふっと笑う。
「おまえがいれば、俺は死なないな」
軽く言い放った言葉なのに、妙に胸に残った。
「ああ。俺が、お前を死なせない」
ククッ、と二人で笑いがこみ上げる。
王位なんか、いらない。
こんな穏やかな幸せがずっと続いて欲しいだけなんだ。
だがーー俺は知っている。
エルヴァントの血を引く者に、「穏やかな人生」など許されない。
──王族である限り、俺はずっと"生かされている"運命なのだから。
でも、どうせいつか殺されるなら、それまで俺は……せめて自分の手で運命を選びたい、そう思った。
――――――
俺がレギオンを見たのは、一度きりだった。
それは今も記憶にこびりついている。
建国記念の儀式。王宮の中庭には宮廷の要人が集まり、父が龍王レギオンと建国の祝祭の挨拶のため姿を現す。
人の姿を取ったレギオンは、銀の髪と金の瞳を持つ、異質な威厳をまとった存在だった。
──だが、彼が興味を示したのは兄ではなく俺だった。
興味深げに金色の目を細め、口を開く。
「……お前は王になる。しかし、私の王ではない」
俺の前に立ち、静かにそう告げた。
王妃が息を呑み、兄の顔が歪む。
俺はただ、その言葉の意味を測りかねていた。
数年後、兄が即位したものの、魔力が足りずレギオンとの契約は果たせなかった。
しかし、それが問題になることはなかった。
王妃が産んだ息子――俺の甥、キースクリフ。
"エルヴァントの至宝"と呼ばれたその子供の誕生で、この国の未来は定まった。
王国は、彼が成長するのを待つことに決めた。
それが、この国の選択だった。
---
十年後、俺は十七になり、キースは七歳になった。
王宮の庭園で開かれた園遊会の最中、ちょこまかと動く小さな影が俺の前に立つ。
「ルーベンス叔父上!」
屈託のない笑顔。
「王弟殿下の名を、軽々しく呼ぶものではありません」
侍女の言葉もどこ吹く風、キースは意気揚々と胸を張る。
「叔父上がいいって言った!」
俺はため息をついた。
たしかに言ったが、別にそれを続けろと言った覚えはない。
キースにとって俺は「憧れの存在」らしい。
剣も魔法も俺を超えようと必死に努力していると、教育係から聞いた。
(……俺からすれば、どうでもいい話だ)
「俺、強くなるよ! そしたら、一緒に剣を教えてくれる?」
ふと、胸がざわついた。
"強くなる"ことが目的ではなく、"俺と共に"が彼の望みらしい。
「……お前は、すでに俺の教えを受けなくても強くなるさ」
「え?」
「王国中の教師がついている。俺より優秀な者もいるだろう」
キースは不満げに唇を尖らせるが、すぐに笑った。
「じゃあ、俺がもっと強くなったら、一緒に剣を振るってくれる?」
「……機会があればな」
適当に返した。
どうせ、その機会は訪れない。
キースは王になる。俺は王にはならない。
道が違うのなら、剣を交えることもない。
──少なくとも、"今は"そう思っていた。
だが、"王の器"とは何か。それを知る日が来るとは、この時は思ってもいなかった
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