第31話∶【経済戦争】帝国の崩壊
帝都の夜は、不気味なほど静かだった。
まるで、この帝国の運命を悟ったかのように。
レオンはゆっくりと歩を進め、帝国宰相の私邸の応接室へと足を踏み入れる。
贅を尽くした調度品、磨き上げられた大理石の床。
だが、そこに満ちる空気は、どこまでも重苦しかった。
部屋の中央に座る男――帝国宰相エルネスト・フォルクス。
「……レオン殿下」
椅子に腰掛けながらも、宰相の指先はわずかに震えていた。
冷え切った紅茶のカップを持つ手がかすかに揺れ、何度も喉が鳴る。
(さて……貴様は何に怯えている?)
"地下の秘密"が暴かれたことか?
それとも、"帝国の通貨が瓦解した"ことか?
レオンは小さく笑みを浮かべ、悠然と対面の椅子に腰を下ろした。
「実は先日、面白い物を手に入れましてね」
静かに、だが確実に。
彼は机の上に包みを置き、ゆっくりと紐を解いた。
カタン――
鋳型が無機質な音を立てる。
割れた偽造金貨、鋳造に使われた道具の数々。
そして――そこに刻まれた、帝国の紋章。
その瞬間、宰相の肩がピクリと揺れた。
「……これは?」
「さあ、どういうことでしょうね」
レオンは琥珀色の瞳を細め、冷たく微笑む。
「帝国の経済を動かす宰相殿ともあろう方が、この"金貨"をご存じないとは驚きです。まさか、"正しい通貨"の見分けもつかないと?」
宰相の額にじっとりと汗が滲む。
「……何かの誤解では?」
「誤解、ですか?」
レオンはわずかに首を傾げ、指先で金貨を弾いた。
コンッ――
乾いた音が静寂の中に響く。
「残念ですが、帝国の市場は"誤解"では動きません。既に"正しい金貨"が選ばれ、"間違った金貨"は捨てられました」
「……っ!」
宰相の顔色がみるみるうちに青ざめていく。
レオンは冷ややかに続けた。
「貴殿の帝国金貨は、信用を失い、取引が停止されました」
「なっ……!」
「そして、帝国の商業ギルドは正式に"ルーヘルム金貨"を通貨として採用しました。市場はもう貴殿の手の内ではありません」
静かに、だが確実に。
レオンの言葉は、"帝国の死刑宣告"となって宰相に突き刺さる。
「……ふざけるな……!」
宰相の手が震え、机を叩く。
「こんなやり方……貴様ら、ルーヘルムの陰謀だろう!!」
「陰謀?」
レオンは鼻で笑った。
「では、これは貴殿の"正義"と?」
鋳型を指で示しながら、静かに問いかける。
「偽造通貨で市場を操り、経済を歪め、帝国の貴族だけが富を得る――これが"正義"ですか?」
「……っ!」
「それとも、"帝国の未来"のためでしたか?」
宰相は言葉を失った。
だが、レオンはまだ"詰め"を残していた。
「……未来? それは随分と悠長な話ですね」
レオンは、ゆっくりと指を組む。
「軍の"未来"はどうするのです?」
宰相の目が一瞬、揺れた。
「まさか……」
「言わずとも、お分かりでしょう」
レオンは淡々と続ける。
「貴殿が帝国の軍部を動かせるのは"資金"があってこそ。だが、通貨の価値は地に落ち、財源は崩壊した。給金が滞れば、軍はどうなると思います?」
宰相の顔が凍りつく。
「今、帝国の将軍たちは"見極めている"状態だ。誰に従うべきか、誰についていくべきか」
「…………」
「もし"真の王"が現れたとき、彼らはどちらへ流れるでしょうね?」
レオンは、琥珀の瞳を細めて静かに笑った。
「未来は、選ばれましたよ」
「貴殿の支配する帝国は、もう終わったのです」
◆
その頃――帝国宮殿の回廊。
一人の男が静かに歩いていた。
黒衣に身を包み、悠然とした足取りで。 帝国の"闇"に紛れるように、密やかに。 その姿は本来の姿へゆっくりと変わる。 紫がかった漆黒の髪、真紅の瞳。
「……これはまた、面白いことになっているな」
ルキフェルドは、片手を軽く広げながら呟いた。
「さて、どう出る? 序列第四位のザハール?」
彼の視線の先。 回廊の影の中に、もう一つの"気配"が潜んでいる。
「…………」
帝国と契約を結び、ルーベンスを唆し、静かに"何か"を狙っている存在。
「おまえがここにいるということは、帝国はもう"詰み"ということか?」
ルキフェルドが笑いながら問うと、ザハールはわずかに目を細めた。
「詰むかどうかは、まだ決まってはおりません」
「ほう」
「ルーベンスはまだ"完全"ではありません。ならば、我らが介入する余地はまだあるでしょう?」
「ふぅん……?」
ルキフェルドは、ふっと口元を歪めた。
「悪いが、それは困るな」
「…………」
「俺は"俺の都合"で動く。おまえに好き勝手されると、面白くない」
ザハールは静かに息を吐いた。
「あなたは"どちら側"なのですか?」
「さあ?」
ルキフェルドは笑う。
「俺は俺だよ」
ザハールの赤黒い瞳が、わずかに揺れた。
「……あなたが魔族の"敵"にならなければいいのですが」
「さて、どうかな」
ルキフェルドはすっと瞳を細める。 序列第二位の公爵は冷酷に言い放った。
「お前が目障りなら消すだけだが?」
「まぁ、せいぜい俺が、退屈しない未来を用意しろ」
黒衣を翻し、静かにその場を去る。
ザハールは彼の背中を見送りながら、わずかに眉を寄せた。
("退屈しない未来"……か)
それが誰にとってのものなのか――まだ、誰にもわからない。
――帝国の終焉は、静かに幕を開けた。
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