第30話∶【経済戦争】帝国の闇と暴かれた地下の秘密
夜の帝都は静寂に包まれていた。だが、その裏では経済の歯車が音を立てて崩れ始めている。
「――帝国金貨の取引が停止した?」
魔法の伝令を受け取った俺は、帝国の宰相の屋敷の裏手に身を潜め、低く息をつく。やっぱりな。
レオンの手際は見事だ。迅速に大量のルーヘルム金貨を市場に流し込み、帝国金貨を一気に信用崩壊へと追い込んだ。
帝国の貴族どもは今頃、血相を変えていることだろう。
「でも、"とある筋からの情報"ってのが気になるな……」
レオンの伝令には、もうひとつ妙な話が含まれていた。宰相の屋敷の地下に何かがある――情報源は不明。嫌な胸騒ぎがする。
「キース、そろそろ動く?」
隣に伏せていたディアナが小声で囁く。月明かりが彼女の赤い瞳を照らしている。
「ああ。まずは警備の配置を――」
「おや、こんなところで密会とは。ロマンチックだね」
不意に、穏やかな男の声が降ってきた。
俺は即座に剣の柄に手をかけ、音のした方向を見る。そして――
屋敷の塀の上に、黒髪の男が佇んでいた。
「えっ……あんた……確か、ルキフェルド?!」
驚くディアナの声に、そいつ――ルキフェルドは優雅に微笑んだ。
「御機嫌よう、姫君」
……なんだこいつは。
「偶然見かけてね、何してるのかなと」
「おまえ誰だ?」
俺はディアナの腕を軽く引き寄せ、ルキフェルドを睨み据える。
「ちょ、近い!ちかいって!!」
ディアナが焦っているが、知るか。こんな得体の知れないやつ、信用できるわけがない。
そんな俺の警戒をよそに、ルキフェルドは飄々とした態度を崩さない。
「おまえ、この屋敷を調べたいなら手伝ってやろうか?」
「は?」
「なに、ほんの気まぐれだ。俺もディアナの側にいたいしな」
「ちょっ……ちょっと!ルキフェルド!あんた何言ってるのよ!」
ディアナが慌てる。先日、街でたまたま出会ったと言っていた奴か……こいつ、ディアナに妙に馴れ馴れしいな。
俺は警戒をさらに強め、低く問いかけた。
「お前が信用に足るという証拠は?」
ルキフェルドはきょとんとした顔で俺を眺めた後、不敵に笑う。
「そんなもの、お前が見て決めればいい」
そう言うと、ルキフェルドは塀から軽やかに降り立った。
音ひとつ立てず、まるで風のような動きだった。
(……こいつ、只者じゃねぇ)
そして、屋敷の壁にそっと手を当てる。
次の瞬間――
凄まじい魔力が迸る。
空間が歪み、闇が吸い込まれるように壁が崩れ――そこにはぽっかりと大穴が空いていた。
「空間魔法?!」
俺もディアナも、息を呑む。
ルキフェルドは、そんな俺たちを見て満足げに微笑んだ。
「さぁ、行こうか。宝探しだ」
俺は歯を食いしばる。この得体の知れない男、絶対に信用はできない。だが――今は手がかりが必要だ
「……面白ぇ。乗ってやるよ」
警戒心より好奇心が勝ってしまった。
――――
重い鉄扉を抜け、俺たちは地下の奥深くへと踏み込んだ。鼻をつくのは、金属が焼ける匂い。石壁に囲まれた暗い空間には、使いかけの金貨の鋳型が転がっている。
「これは……」
ディアナが目を見開き、ルキフェルドが興味深げに壁際の棚を指でなぞる。棚には未完成の金貨が無造作に積まれていた。その表面を爪で軽くひっかくと――
「中が違う色……やっぱりな」
俺は短剣を取り出し、一枚の金貨を削った。断面には不純物の銀と鉛の層が見え隠れする。
「帝国金貨の偽造証拠、確定だな」
「面白いものを見つけたね」
ルキフェルドが飄々と笑う。だが、次の瞬間――
「侵入者だ! 地下にいるぞ!」
遠くで怒号が響いた。
「やば、バレた!」
ディアナが息を呑み、俺は即座に未完成の金貨と鋳型を布に包む。
「証拠は確保した。逃げるぞ!」
背後で鉄の扉が開き、武装した兵士たちがなだれ込む。
「殺せ!」
剣が抜かれ、鋭い殺気が走る。俺は即座に剣を抜き、前に出る――が、
「っ……!」
背後からの魔法攻撃。振り返る時間がない。
「キース!!」
ディアナの叫びが響いた。
瞬間、俺は反射的に彼女の肩を抱き寄せ、魔力を解放する。
バチィッ!!
空間が弾け、防護壁が瞬時に展開した。衝撃波が広がり、敵の魔法が弾かれる。
「……大丈夫か?」
抱き寄せたディアナの顔がすぐそばにある。ワインレッドの瞳が驚きに揺れ、俺を見つめていた。
「キース……髪が……やっぱり銀色が似合うわ」
彼女が呆然と呟く。
その言葉に、自分の髪がふわりと揺れるのを感じた。
(また、戻ったのか――)
だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。俺はディアナを離そうとした――が、その前に彼女の方が我に返った。
「も、もう!!近いってば!!」
真っ赤になりながら、俺の胸を押し返す。
「いや、助けたのにその反応?」
「そ、それは……とにかく、気にしないで!!」
ツンと顔を背けるディアナ。
その様子を見ていたルキフェルドが、不敵に笑う。
「へぇ……銀髪ね」
ルキフェルドは剣を抜き、軽やかに踏み込むと―― シュッ と風を切る音とともに敵の剣が宙を舞った。
「おっと、ちょっと本気を出しちゃったかな?」
余裕の笑みを浮かべながら、鮮やかにもう一人を切り伏せる。
「まさか、こんな簡単に崩れるとはね。帝国の兵士ってこんなレベルなの?」
涼しい顔で肩をすくめるルキフェルドに、敵兵たちが怯んだ。
「おい、余裕すぎるだろ……!」
俺がそう呟いた時、ルキフェルドは剣を振り抜きながら、にやりと笑った。
「さて姫君。ここは俺が道を開けるから、さっさと行こうか?」
その余裕ぶりに、俺は警戒を強めつつも舌打ちする。
「……借りを作る気はねぇが、ここは頼るしかねぇな」
俺たちは、宰相の屋敷を脱出するべく、一気に駆け出した――。
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