第29話∶【経済戦争】帝国の金貨が暴落する日――俺は経済を操る
豪奢なテーブルの上、帝国とルーヘルムの金貨がきらめく。
俺の向かいには、ギルド長が腕を組み、値踏みするような視線を向けていた。
その隣では、ナディアが余裕の笑みを浮かべ、指先でルーヘルム金貨を弾く。
「帝国の金貨はもう信用を失いかけてる」
「今ならルーヘルム金貨を流せば、市場の主導権を握れるわ」
「だが、帝国の貴族どもがそれを許すかしら?」
ギルド長が慎重に問う。
俺は金貨を指で転がし、冷静に答えた。
「むしろ、貴族どもが金にしがみついているからこそ、利用できるんだ」
ナディアが俺を見て、くすりと笑う。
「キース、それがあなたの考えなのね?」
ギルド長の細い眉がわずかに動く。「……どういうこと?」
「帝国はこの金貨の改ざんを公式には認めない。だが、市場がそれを察知すればどうなる?」
ナディアが薄く笑う。「金の信頼を失えば、商人はより安定した通貨を求めるわ」
「そこでルーヘルム金貨を流通させる」
俺の言葉に、ギルド長は沈黙する。やがて、ゆっくりと椅子の背もたれに身を預けた。
「……帝国の市場を利用する、ということね」
「そういうことだ」
帝国金貨が信用を失い、ルーヘルム金貨の需要が高まれば、商人たちは自ずとより信頼できる通貨を選ぶ。それを仕掛けるだけの話だ。
「でも、あなたたちに協力するメリットは?」
ギルド長がじっと俺を見つめる。
「このままじゃ帝国経済は崩壊する。先にルーヘルム側に動いた方が生き残る」
「……言い方が生意気ね」
ギルド長はため息をついたが、その目には興味の色が滲んでいた。
「でも、あなたの言うことには理がある。いいわ、商業ギルドとして動きましょう」
ナディアが満足げに微笑む。
「交渉成立ね」
俺は静かに頷いた。
これは単なる通貨の取引じゃない。
帝国の腐敗を逆手に取る――それが俺たちの狙いだ。
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俺は豪奢な装飾が施された広間の中央で、帝国の宰相と向かい合っていた。
宰相は穏やかな笑みを浮かべているが、その目には冷静な計算の光が宿っている。
こいつは何を考えている? 利益しか見えていないのか、それとも別の策を巡らせているのか――。
「ルーヘルム王国がこの時期に貿易交渉を持ちかけるとは、偶然でしょうか?」
宰相の声は柔らかいが、その裏にある探りの色は隠しきれていない。
俺は軽く微笑み、肩をすくめた。
「帝国の経済が揺らいでいる? それは大変ですね。何か問題でも?」
冗談めかして言ったが、相手の反応を観察するのは忘れない。宰相の目がわずかに細まる。
「……貴国は、帝国の経済を懸念していると?」
「商業は信頼の上に成り立つものですからね」
俺は軽い調子で返すが、心の中では宰相の狙いを測っていた。この男は、俺がどこまで情報を握っているか試そうとしている。
「なるほど、勉強になります」
宰相は微笑んだ。しかし、その笑みは作り物だった。
俺はふと、机に並べられた帝国の金貨を指先で転がした。「帝国の商業は、相変わらず活発なようですね」
「ええ、もちろん。帝国の経済は揺るぎません」
揺るぎません、ね。俺は心の中で鼻で笑う。
(さて、どこまで本当かな?)
帝国の腐敗は、もはや覆せない。ならば、俺たちはそこに一石を投じるだけだ。
この宰相との駆け引きが、崩壊への最後の楔になる。
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宰相との会談を終え、夜の庭を歩く。
余裕を装っていたが、宰相の目は笑っていなかった。この国の貴族たちは腐りきっている。
少し力を加えれば、もはや抗うことなく崩れ落ちるだろう。
その時だった。
「良い月夜ですね、王子殿下」
静かな夜に溶け込むような、穏やかな声。
俺は瞬時に剣の柄に手をかけた。視線を向けると、庭園の石柱の影から男が現れる。
長い黒髪を束ねた旅人風の男。だが、その動きは洗練されていた。
「……誰だ」
夜の宮殿に、こんな時間に他人が紛れ込むはずがない。
警備の者か? いや、それにしては軽すぎる口調。
だが、"王子殿下"と呼ばれたことで、余計に警戒心が強まる。
「ルキフェルド。旅の者です」
「旅の者が、夜の宮殿を歩くか?」
「ええ、こういう場所に忍び込むのは、昔から慣れているものでね」
さらりと告げる口調に、俺の目が細まる。
「……ずいぶん余裕だな」
「月が綺麗な夜は、こうして歩くのが楽しいんですよ」
ルキフェルドは夜風を浴びながら、どこか楽しげに微笑んだ。
「さて、王子殿下。今日はあなたに、ちょっと面白い話を持ってきました」
「……話?」
「ええ。例えば――宰相の屋敷の地下に、何があると思います?」
俺の眉がわずかに動く。
「……地下?」
「そう。帝国随一の豪奢な屋敷ですが、そこには"誰も知らぬ"地下があるんですよ」
ルキフェルドは、夜風に黒髪をなびかせながら続けた。「夜な夜な、人の気配があるらしい。何かを運び、何かを作っている」
「……なるほど。それがもし、金貨だったら?」
ルキフェルドは微笑んだまま、ひらひらと手を振る。「さて、それはどうでしょう?」
俺はじっと彼を見つめる。
「……なぜそんな話を俺に?」
ルキフェルドはくすっと笑った。
「気まぐれ? あるいは――」
夜風に目を細め、彼は愉快そうに言葉を継ぐ。
「あなたもよく知る、赤い瞳の姫君の気を引きたくてね」
その瞬間、時間が止まったように感じた。
俺は反射的に距離を詰める。
「……ディアナのことを、どこで知った?」
口を開いた瞬間、自分でも驚くほど声が低かった。
ルーヘルムの姫の名を、この帝国で聞くとは。
俺の身元を知るだけでなく、ディアナのことまで――ただの"旅の者"じゃ済まされない。
ルキフェルドは、まるで愉快そうに口元を歪めた。
「さぁ、どうでしょう?」
月の光の下、ルキフェルドはどこか楽しげに微笑んでいた。
(……一体、何者だ)
夜の宮殿に、不穏な気配が満ちる。
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