番外編3∶ゼファルドとタリシャ
魔族の男は、俺を一瞥し──吐き捨てるように言った。
「どけ、人間。お前に用はない」
その瞬間、空気が張りつめた。
圧倒的な魔力の奔流が、肌を突き刺すように襲いかかってくる。
(これが……魔族……!?)
俺にとっては、これが魔族との初めての実戦だった。
だが、恐れている暇などない。
あいつの視線の先にいるのは、タリシャだ。
「……悪いが、通すわけにはいかない」
剣を抜き、俺は静かに構えた。
相手が格上であろうと、引くつもりなどなかった。
──そして、斬り結ぶ。
鋼が鋼を打つ音と共に、火花が弾けた。
その瞬間だった。
(っ……!? 何だ……これは……!?)
頭の中に、突然異様な映像が流れ込んできた。
タリシャの姿が遠ざかっていく。
その隣にいるのは、皺だらけの男――老いた、俺自身。
やがて俺は崩れ、土に還る。
彼女は、変わらず美しいままで。
(やめろ……やめてくれ……っ!)
――魔剣。
斬り合っただけで、精神に呪いを刻む剣だと後に知ることになるそれはまさに魔剣だった。
「ぐあっ……!」
膝をつき、視界が揺れる。
けれど、それでも俺は剣を手放さなかった。
苦しくても、意識が削られても、タリシャを守ると決めたからだ。
そして――
視界の端から、魔族の剣が鋭く閃いた。
「っ……がぁッ!」
右目に焼けつくような痛みが走る。
(目が……見えない……!)
血が頬を伝う。
世界の半分が、赤に染まった。
その間にも、魔族はタリシャに向かって歩み寄っていく。
「ようやく喰えるぞ……美しき龍よ」
だが、次の瞬間。
彼が手を伸ばした“タリシャ”の姿が──俺に変わった。
「……なにっ……!?」
次の瞬間、魔族の胸に鋭い痛みが走る。
剣が、その心臓を正確に貫いていた。
「……っ、これは……まさか……!」
そう。
あれは“俺”じゃない。
だが、“タリシャ”でもない。
――精神幻写。
俺が編み出した精神操作の応用魔法。
目と心を欺く一撃で、魔族の死角を突いた。
「お前に……タリシャは渡さない」
それが、俺の最後の言葉だった。
魔族は信じられないといった目で俺を見たまま、
断末魔の叫びを残し、黒い塵となって消えていった。
***
気がつけば、俺は地面に倒れていた。
痛む右目。力が入らない身体。
だが、すぐに彼女の気配が近づいてくるのがわかった。
「タリシャ……無事、か……?」
返事はなかった。
けれど……彼女が泣いているのが、わかった。
(あぁ……そんな顔、似合わねぇよ……。お前には、笑っててほしいんだ)
薄れていく意識のなかで、唇に何かが触れた。
柔らかくて、温かくて。
ほんのり甘い香りが鼻をかすめる。
それから、何かが喉の奥へと滑り込んだ。
(……ん? 今のって……まさか、タリシャが……)
(俺に、キスを……?)
そこで俺の意識は、完全に闇に沈んだ。
―――
その時、飲まされたのは──タリシャの鱗だった。
それが龍の伴侶の証となることを、俺は数日後、目を覚ましたあとで初めて知らされる。
こうして、俺の望みは、予期せぬ形で叶うこととなった。
この身は不老不死ではない。
だが、限りなくゆっくりとしか歳を取らなくなった。
彼女と、同じ時間を生きるために。
魔剣ジンの呪いは、龍の伴侶となったことでほぼ感じない。
──だが、この伴侶の契約が静かなる永劫の孤独の始まりだったとは、
この時の俺は、まだ知らなかった。
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