番外編2∶ゼファルドとタリシャ
「……俺には勿体ないようなお話ですが、心に決めた女性がおりますので」
まただ。今日も、王からの縁談を丁重にお断りする羽目になった。
もう何度目だったか……正直、数えるのも面倒になってきた。
エルヴァント王は困ったように眉を下げ、そっと視線を逸らす。
その先に立つのは、王家の守護龍――レギオン。金の瞳に白銀の髪。
タリシャと同じ龍族であり、その一族の長だ。
レギオンは小さく溜息をつき、静かに口を開いた。
「……あれは、自由すぎてお前の手には余るだろうに」
――ああ、もう。
俺がどれだけ本気か、さすがにこの国中にバレてるってわけか。
(ま、いっそ隠す理由もねぇけどな)
自然と、口元に苦笑が浮かぶ。
けれど、俺の意思は揺るがない。たとえ相手が王であっても、レギオンであっても。
「それでも、俺は彼女と共に生きたいと願っています」
それが、俺の真実だ。
***
その日は、王都から少し離れた森で薬草を摘んでいた。
いつもの静かな時間だった。けれど、それは唐突に破られる。
「また、王からの縁談を断ったと聞いたわよ? 筆頭魔導士なのにいいの?」
ふわりと現れたその声。聞き慣れた、懐かしい声音。
振り返れば、やっぱりそこにいた。金色の瞳と濃紺の髪。
あの、気まぐれな龍族の女――タリシャだ。
「……お前に言われたくはない」
思わず眉をひそめると、彼女はおかしそうに笑う。
「ふふっ、じゃあ誰になら言われたいのかしら?」
昔と変わらない。まるで時の流れに取り残されたような、その美しさと飄々とした雰囲気。
けれど――
(……俺だけが、変わっていく)
焦燥が胸に灯る。
俺は大人になった。年齢も、立場も、すべてが変わった。
なのに、彼女はあの時のまま。何一つ変わらず、手の届かない場所にいる。
ふと、タリシャが言葉を落とした。
「私もね……ゼファルドの育ての親として、あなたが良縁に恵まれたらって、そう思ってたのよ」
……それが決定打だった。
気づけば、俺はタリシャの目の前にいた。距離を詰め、真っ直ぐに見つめる。
「タリシャ……俺じゃ駄目なのか?」
胸の奥から湧き上がる想いを、もう押し殺せなかった。
タリシャの瞳が、わずかに揺れる。
「……私は、レギオンみたいに不老不死の契約は結べないのよ。あれは、あの龍だけの力」
「そんなのはどうでもいい」
即座に言い返す。俺は彼女の手をそっと取り、そのぬくもりを強く感じながら言った。
「不老不死なんて望んでない。ただ、お前と――お前と一緒に生きたいだけなんだ」
その想いが、届いてほしかった。
タリシャは静かに俺の手を見下ろし、そして口を開いた。
「私と契約しても、何も変わらないわよ? 魔力が増すわけでも、寿命が延びるわけでもない」
「構わない」
間髪入れず、俺は答えた。
「それでもいい。俺は、同じ時間を過ごしたいだけなんだ。少しでも、お前のそばにいたい。それだけだよ」
風が揺れる音だけが、森に落ちる。
やがてタリシャは、やれやれとでも言いたげに微笑んだ。
「……まったく。どうしてあなたは、そういうところだけ強引なのかしらね」
その笑顔に、俺の胸がわずかに緩んだ。けれど、次の瞬間に放たれた言葉が、胸を締めつける。
「でもね、ゼファルド。私はあなたに、契約に頼らず生きてほしいの。自由に、自分の人生を選んで」
「……っ」
唇を噛んだ。
そんな自由、俺はいらないのに――。
次の瞬間だった。空気が――変わった。
皮膚がひりつくほどの殺気が、突如として周囲に満ちた。
「下がれ、タリシャ!」
反射的に、俺は彼女の前に立っていた。
腰の剣を抜き、周囲に魔力を巡らせる。視界の端が揺れる。
(この感覚……間違いねぇ。魔族、か)
「来るわ……」
タリシャが低く呟いた。
「こんな森の中で、何してやがる……」
言いながら、俺は周囲に視線を走らせる。だが、姿は見えない。気配だけが、空間を這っている。
そして次の瞬間――空間が“めくれた”。
陽炎のように揺れる空間の歪みから、男が一人、滲み出るように姿を現す。
(空間魔法……!?)
思わず息を飲んだ。
空間転移系の魔法だと?こんな高等魔法、そう簡単に使えるものじゃない。俺の魔力量でも精度は安定しねぇってのに――。
赤い瞳。長身の男。皮肉げな笑み。
「へぇ……こんなところで、龍を見つけるとはな」
――その言葉で、俺の中の何かが、カチリと音を立てて切り替わった。
(こいつ……最初から、タリシャ狙いか)
瞬間、胃の奥がきしんだ。怒りなのか、焦りなのか。自分でもうまく言語化できない感情が、喉元までせり上がってくる。
俺は剣を構え直した。敵意を隠さず、睨み据える。
「……てめぇ、誰に手ぇ出そうとしてんだよ」
背後にタリシャの気配を感じながら、俺は一歩、前へ踏み出した。
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