第26話∶【経済戦争】敵討ちのはずが、俺が追い詰められる側だった
夜の帝国は静かだった。まるで嵐の前の静寂。
倉庫街に忍び込む。馬車が止まり、商人たちがせわしなく動いていた。運び込まれる木箱、樽、麻袋――どれも高値で売れる品ばかりだが、狙いはそこじゃない。
俺たちが欲しいのは、"貴族どもの息のかかった連中"の制裁。それだけだ。
「――動くぞ」
小声で仲間に指示を出す。黒布で顔を覆った男たちが闇に溶ける。
さあ、派手にいこうじゃねぇか。
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「なんだ……?」
異変に気づいた商人が顔を上げる。
倉庫の入り口を塞ぐ俺たち。怯える商人ども。悪くねぇ光景だ。
「貴族どもとつるんでるクソ商人が!」
叫ぶと同時に、仲間たちが一斉に武器を構える。
よし、いける。流れはこっちに――
「……盗賊か?」
黒髪、碧眼の若い男だ。背は高く、体の動きに無駄がない。武器を持つ手に迷いがないあたり、戦い慣れしてるな。
不意に、男の隣からもう一人が進み出る。
黒髪にワインレッドの瞳の女。
「商隊を襲うつもり? いい度胸ね」
剣を抜くと、薄く笑う。仕草がやたらと洗練されてる。まるで、舞うような動き――ただの剣士じゃねぇな。
「商隊じゃねぇ。貴族の犬をぶっ潰すんだよ!」
叫びながら仕掛ける。仲間たちも一斉に襲いかかる。
だが――
「……遅いな」
低く、静かな声。
次の瞬間、黒髪の若者の剣が閃いた。
仲間の武器を弾き、一瞬で無力化する。その動きは異常なほど正確だった。
女のほうも華麗な剣捌きで、仲間を次々に無力化していく。
(……こいつら、ただの傭兵じゃねぇ)
それだけは、確かだった。
「チッ……!」
だが、もう引けねぇ。
「お前ら、下がれ!」
短剣を握りしめ、飛び込む。
だが――
ガキンッ!
剣が一閃し、俺の短剣は弾かれた。次の瞬間、冷たい刃が喉元に突きつけられる。
決着は、一瞬だった。
「……終わりだな」
静かな声。俺は悔しげに歯を食いしばった。
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「……殺せよ」
短剣を落とし、にらみつける。
だが、別の声が割って入った。
「待って」
夜闇を切り裂く、澄んだ声。
歩み出たのは金髪の女。狩人のような碧眼が、夜でも鋭く冴え渡る。
軽やかな足取りで近づくが、その動きには隙がない。
身につけた装束は動きやすさを優先したもの。
華やかさよりも、実利を選ぶあたり、単なる貴族の娘ではないと一目でわかる。
「話をしましょう」
女は微笑んだ。だが、その瞳の奥には、確かな意図が宿っていた。
黒髪の男が剣を下げ、じっと俺を観察する。
「こいつ……ただの盗賊じゃねぇな」
……くそ。嫌な予感がする。
金髪の女の視線が、俺の手元へ向かう。
指には――銀色の指輪。
「その指輪……帝国の商業ギルドでしか手に入らないものね」
一瞬、心臓が跳ねた。
「……あなた、ギルドの関係者なの?」
「……だから何だよ!」
吐き捨てるが、女は余裕の笑みを浮かべる。
「名前は?」
無意識に体がわずかにこわばる。
「……ノクス」
しぶしぶ吐き出したその名に、女は静かに微笑んだ。
「帝国のギルド長の息子の名前も……確か、そんな名前だったわ」
刃より鋭い言葉が突き刺さる。
(……クソが)
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女――ナディアの提案は、"ギルド本部に行くこと" だった。
(……は? ふざけんな!)
信用できねぇ。こいつらが何者かも分からねぇのに、ギルドに連れて行くなんて。
でも――ここで突っぱねたら?
仲間は捕らえられ、俺は逃げ場を失う。
……どっちにしろ、詰んでるじゃねぇか。
「……チッ、分かったよ」
舌打ちし、小さく息を吐く。
この選択が正しいのかは分からねぇ。
でも、今はそれしか道がねぇ。
仕方なく、一歩を踏み出した。
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夜の冷気が肌を刺す。
ギルド本部の前で、俺は足を止めた。
巨大な石造りの建物。扉には、帝国商業ギルドの紋章。
ここが、俺の"家"。
「……本当に、ここに行くのか?」
自分に問いかける。
母はどう出る? ギルドはどう動く?
俺の戦いは、ただの反発じゃない。貴族どもに搾取される商人たちを守るため、俺なりに動いてきたつもりだった。
だが、ナディアの一言が突き刺さる。
「その程度のやり方じゃ、貴族に潰されるのがオチよ」
(……分かってるよ、そんなことは)
俺のやり方が間違ってるなら、どうすればいい?
それを知るために――ここへ戻る。
「……行くぞ」
そう呟き、扉を押し開いた。
――――
「……ノクス?」
落ち着いた女性の声が響く。
扉の向こうには、知性に溢れた美しい女性がいた。
「ノクス……また無茶を?」
ため息をつきながら、息子の顔を見つめる。
その視線が、次に私たちへと向けられた。
「あなたたちは?」
私は優雅に一礼する。
「初めまして。私たちは、今日帝国入りしたばかりの商人です」
「……商人?」
ギルド長は眉をひそめた。
「それが、息子を捕らえた者の名乗り方?」
私は肩をすくめる。
「捕らえたのではなく、"保護"したのですわ」
彼女はじっと私を見つめる。
いい目をしてるわね。交渉相手として不足なし、か。
「話を聞きましょう」
ギルド長はカップを指でなぞりながら、私を測るように見つめる。
「貴族に歯向かう者は、この帝国では長くは生きられないわ。それを承知の上で、あなたたちは取引を持ちかけているのかしら?」
私は微笑んだ。
だが、瞳は冷たいまま。
「もちろん。"こちらも" 帝国を変えたいと思っておりますから」
ギルド長の瞳が揺れた。
「……興味深い話ね」
私はゆっくりと息を吐いた。
この女性は……手強い。
だが、それでいい。
交渉のしがいがあるってものだわ。




