第25話∶【経済戦争】 商業ギルドの息子と、帝国貴族の陰謀
ルーヘルム王国の離宮、昼下がりの会議室。
窓から差し込む陽光が、磨かれたテーブルの上に反射し、淡い輝きを放っている。
部屋には ナディア、キースクリフ、レオン、ディアナ という顔ぶれが揃っていた。
その膝の上で、レギオンが丸くなり、小さく寝息を立てている。
「帝国の商業ギルドに接触してみようと思うの」
ナディアの言葉が、静かな会議室に響いた。
「商業ギルド……?」
レオンが眉をひそめ、興味深げに問い返す。
「帝国との貿易は表向きは王侯貴族の裁量だけど、実際に経済を動かしているのはギルドよ。
ヴェルフェン商国としても関係を築いておく価値はあるわ」
「でも、帝国に潜入するってことだろ? リスクもあるんじゃないか?」
キースが慎重に尋ねると、ナディアは頷いた。
「だから、今回は正式な貿易交渉という形で入るの。
帝国とルーヘルム王国の貿易条約の見直しに合わせて、第二王子が使節団として派遣されるのよ」
「……つまり俺じゃねーか」
レオンが、不満そうに頬杖をつく。
(いや、まてよ?!)
これは、幼い頃から憧れていた諸外国を見て回るというやつでは?
だが今、その夢が ‘外交’ という形式で叶うことに、何とも言えない皮肉を感じる。
「つまり俺は ‘正規のルート’ で堂々と帝国に入れるわけか。……まぁ、悪くはないな」
そう呟いたレオンの表情には、どこか期待と不安が入り混じっていた。
「あなたが目立てば、私たちは自然に動きやすくなるわ」
ナディアがしたたかに微笑む。
「なるほど。俺が外交交渉してる間に、お前らは裏で帝国の事情を探るってわけか」
レオンは愉快そうに笑った。
そんな中、ずっと黙っていたゼファルドがふいに口を開いた。
「俺は行かねえぞ」
全員の視線がゼファルドに向く。
彼は椅子にもたれ、飄々とした表情で肩をすくめた。
「顔が割れてるんでな」
「帝国の将軍で、エルヴァントの王弟ルーベンスに?」
ナディアが少し呆れたように聞き返す。
「ま、あいつが生きてりゃ、の話だがな」
ゼファルドはニヤリと笑った。
キースの眉が、わずかに動く。
その反応を見逃さず、ディアナが尋ねた。
「それ……もしかして……」
「俺の魔剣ジンが、ヤツを呪っちまったからな」
静かに響いた言葉に、部屋の空気が僅かに張り詰めた。
「ジンの呪いは、不解呪なんだよ」
ゼファルドの指が、ゆっくりと剣の鞘をなぞった。
「俺の剣に斬られた奴はな、 ‘時間をかけて’ 呪いに蝕まれる。腐るように、少しずつな」
彼の口元は笑っていたが、その眼には冷たい光が宿っていた。
「ま、気づいた頃には、もう手遅れだがな」
キースは黙ったまま、視線を落とす。
ディアナは呆れたようにため息をついた。
「……全く、本当に厄介なものを持ってるわね」
ナディアは軽く咳払いをすると静かに話を続けた。
「……ともかく、現在の帝国の商業ギルド長はとても優秀な人物なんだけど、あまり表に出てこなくて色々謎が多いの。
私達も慎重に動くべきだわ」
「謎が多い、ね……」
レオンが顎に手を当て、考え込む。
ゼファルドもニヤリと口元を歪めた。
「そういう連中は、えてして裏で面白ぇことを企んでるもんだ」
彼の飄々とした言葉に、誰も反応しなかった。
静寂が落ちる。
その中でキースは、ほんの一瞬、拳を強く握りしめた。
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「……また値上げかよ」
クソッタレが。
俺は歯噛みしながら、掲げられた値札を睨んだ。
昨日まで銀貨一枚で買えたパンが、今朝は一枚半になってる。
(どこまで俺たちから搾り取れば気が済むんだ?)
横を通り過ぎる女が、小さな子供を連れている。
ガリガリに痩せた子供が、「お腹すいた……」と母親の手を引いた。
だが、母親は首を振る。
「ダメよ。ごめんね……お金がないの」
子供はしょんぼりして、俯いた。
そのやりとりを見て、俺は舌打ちを堪えた。
(クソッタレ貴族どもめ。いい加減にしろ)
俺は帽子を目深に被り、倉庫街へ向かう。
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ノクスは倉庫街へ向かう前、商業ギルド本部の重厚な扉を一瞥した。
中では、母――帝国の商業ギルド長が貴族との交渉に追われているはずだ。
(どれだけ話し合ったところで結果は同じだ)
拳を握りしめながら、ノクスは背を向けた。
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仲間たちが集まっていた。
「ノクス、来たか」
「今夜、商隊が来る」
「また外国の商人か?」
「ああ。どうせ帝国貴族とズブズブで、俺らの税金を吸い上げてる連中だ」
(……母さんも、もう少し何とかしてくれりゃいいのに)
それでも、見て見ぬふりはできなかった。
「やるぞ。俺たちの仕事は、奴らを懲らしめることだ」
仲間たちが一斉に頷いた。
「殺しはしねぇ。ただの脅しだ」
「……けどよ、アイツらが逆らったら?」
「そのときは」
俺は短剣を抜き、無造作に指で弾いた。
「ちょっと痛い目見てもらうさ」
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「帝国の貴族どもとつるんでいる外国の商人どもに、一発食らわせてやる。
それが俺たちの正義であり、生きる理由だ。」
――その夜。ルーヘルム王国からの商隊が、帝国の闇に足を踏み入れた。
だが、彼らはまだ知らなかった。
この夜が帝国を揺るがす "嵐" の始まりとなることを。
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