第22話∶ジンの呪いと甘い罠
──"王の証"が、未熟な小僧の手にある。
拳を握る。
祖国エルヴァントを帝国に売り渡し、すべてを捨てた。
支持していた貴族どもは散り、俺のもとを去った。
それでいい。
──あの国は、間違っていた。
俺が欲しいのはレギオン。
龍王こそが、エルヴァントの正統な王の証。
それさえ手に入れれば、すべてを取り戻せる。
だが──"それ"は今、未熟な小僧キースクリフの手にある。
(いや、まだ完全ではない)
契約は未完成。
レギオンは小さく、力も不十分。
ならば、契約を破棄させればいい。
キースクリフを殺し、レギオンを俺のものにする──
……はずだったのに。
「お前は呪われた」
耳元に囁く声がする。
「"理想の王"はもういない」
「すべてを捨て、何が残った?」
「……黙れ」
呟いた声が、虚空へと消える。
(俺が、弱い?)
馬鹿を言うな。
俺はエルヴァント最強の剣士。
王に相応しいのは、俺であり、兄ではなかった。
「兄殿下よりも優れておいでだ」
「エルヴァントの未来は、貴方に託されております」
そう言っていた貴族たちは、今どこにいる?
──力が鈍る。
剣を振るう。だが、腕がわずかに揺れる。
──ガッ!
振り下ろした刃が、床に深く突き刺さった。
(……剣の軌道が狂った?)
ありえない。
こんなことは、かつて一度もなかった。
それなのに——
「もう、お前は王に相応しくない」
脳内に響く"声"。
「呪われた王に、誰がついていく?」
「お前には、もう"王の資格"はない」
(……違う、俺は——)
ズキンッ!
こめかみが焼けるように痛む。
(これは……何だ?)
ジンの呪いか?
いや、それだけじゃない。
"何か"が、俺の思考を壊そうとしている。
(……馬鹿馬鹿しい)
幻聴に惑わされるなど、ありえない。
俺は王になる男だ。こんな呪い、どうにかすればいいだけの話——
そう思い、王宮の魔導士を呼び出した。
だが、結果は無情だった。
「殿下……この呪いは"不解呪"(ふかいじゅ)です」
「……何?」
「どれほどの治癒魔法を施しても、呪いは消えません……」
「そんな馬鹿な……!」
今まで、どれほどの障害も力でねじ伏せてきた。
だというのに、今回ばかりは、どうにもならない?
(ふざけるな……そんなことがあるものか)
拳を握りしめる。
魔力の乱れ。焦燥感。
"王の証"を手にするために、今すぐにでも動きたいのに。
この呪いが、俺の誇りを、力を、削り取っていく。
──不意に、声が響いた。
顔を上げると、そこには貴族たちの姿があった。
俺を讃えていたはずの連中。
だが、今は冷たい視線を向けている。
「呪われた王など、誰が望む?」
「お前には、もう"王の資格"はない」
(……違う)
「違う、俺が王だ!」
剣を振り上げる。
だが、刃が空を切った瞬間——視界が歪んだ。
(……幻覚、か?)
気がつけば、貴族たちの姿は消えていた。
そこにいるのは、ただ一人。
黒衣の男だった。
---
「苦しんでいるようだな、ルーベンス・エルヴァント」
剣を構えようとするが、身体が重い。
「……貴様、何者だ?」
男はフードを脱ぎ、静かに微笑む。
漆黒の髪に赤い瞳ーーその整った容姿から、魔族としての力の強さが分かる。
「呪いを制御する力が欲しくはないか?」
「制御、だと?」
「そうだ」
男──ザハールは、ゆっくりと近づく。
「お前が王になることを望む者は、まだいる。
貴族どもが称えた"理想の王"に戻りたくはないか?
そのための力を、俺が授けてやろう」
ルーベンスは、じっとザハールを見つめた。
俺の"誇り"は、どこにある?
かつて俺を讃えた貴族たちは、もういない。
それでも、俺が"王の証"を手に入れられれば——
俺こそが、王となる。
剣を握る手が、ゆっくりと落ちる。
「……貴様の言う"契約"とは、何だ?」
ザハールは満足げに微笑んだ。
「フッ……よい選択だな、殿下」
だが、その言葉に、ルーベンスは微かに眉をひそめた。
(これは、本当に"正しい道"なのか……?)
迷うルーベンスに誘うような軽い口調でザハールは言った。
「龍を喰わせろ」
「……なんだと?」
ルーベンスの声が低く響く。
ザハールは愉快そうに笑う。
「魔族は龍を喰らい、その力を取り込む。俺もそれを狙っている」
「お前が"王"を目指すならば、俺の力を使えばいい。"龍王"に固執する必要はないだろう?」
ルーベンスは無言で剣を抜く。
刃先が震えているのは、怒りのせいか、それとも呪いの影響か。
エルヴァント王家は、遥か古より龍と共にあった。
「……俺は、魔族の力など借りない。」
ザハールは愉快そうに目を細めた。
「ははは、いいだろう。そういう生意気なヤツは、嫌いじゃない。」
そしてふっと身を翻し、最後に囁いた。
「だがな、ルーベンス」
「お前がどれほど足掻こうと、"その呪い"はお前を確実に壊していく。」
こめかみが疼く。
(……クソッ!)
それでも俺は、俺であり続ける。
「"王"の証は、必ず俺が手に入れる。」
ザハールは、ただ笑った。
「ほう……ならば楽しませてもらおうか。」
そして影のように消えていった。
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