第19話∶帝国の死神 vs 魔剣の剣士、敗北を知らぬ者に訪れた"異変
俺は敗北しない。
それがルーベンス・エルヴァントの誇りだった。
王族として、剣士として、そして……王になるべき者として。
だからこそ、目の前の男に対しても、何一つ揺らぐことはない。
「おまえ、胸くそ悪いもん持ってるな」
男が、忌々しげに言った。
こいつは……"何者"だ?
魔力の質。剣士としての立ち振る舞い。戦場を歩む者の鋭さ。男から漂う龍の気配。
だが、そんなことはどうでもいい。
俺はゆっくりと首元から小瓶を取り出し、皮肉げに笑う。
「コレのことか?」
龍の血。
エルヴァント王族にとって神聖視されるそれを、俺は指先で軽く揺らし、見せつけるように掲げた。
男が眉をひそめる。
「お前はエルヴァント王族だろう?龍と共に生きる王族が何故こんな事をする?」
俺は、鼻で笑った。
「エルヴァント王族が龍と共に生きる……か」
滑稽な話だ。
「ならば、王は龍を支配するべきだろう」
男の眉がわずかに動いた。
そのストレートグレーの瞳が冷ややかにこちらを見据える。
……気に食わない、という顔だな。
俺は確信する。
「なるほどな。……どうやら、おまえは"本当に"バカみたいだ」
「なんだと……?」
次の瞬間——空気が変わった。
——ゴォッ!!!
剣が抜かれる音がした。
だが、それだけではない。
空間が揺れた。大気が震えた。
俺の本能が警鐘を鳴らす。
(……魔剣か?)
深紅の刀身。脈打つような邪悪な魔力。
"力"そのものが渦を巻き、まるで血に餓えた獣のように唸っている。
だが、それだけではない。
この男自身の魔力の質が違う。
ただの剣士ではない——"何か"がある。
「龍族のくせに……魔剣使いだと?」
「龍族?さあな」
男は、ニヤリと笑った。
「けど、"胸くそ悪いもん"を持ってるやつを放っておくほど、俺は優しくねぇんだよ」
——ズバッ!!!
男が跳ぶ。
速い——!
即座に魔法を展開し、後方へ飛び退る。
——ドンッ!!!!
次の瞬間、地面が爆ぜた。
(近接戦は危険だな……)
ならば——
俺は右手を掲げる。
「——炎よ」
爆風が渦巻き、地面が裂ける。
爆炎が男を包み込む。
視界が赤く染まり、熱風が吹き荒れる——
——はずだった。
キィンッ!!!!
(……何?)
男の剣が閃いた瞬間、炎が霧散する。
「……ほう」
俺は、初めて目を細める。
魔法を"斬った"のか?
「気に入らねぇな。こういう派手な魔法ってのはよ」
男が、剣を軽く回す。
「もっと"地味"にやろうぜ?」
(……面白い)
ならば、望み通り"地味"にやってやる。
俺は静かに片手を上げる。
魔力が溢れ、氷の刃が空間を裂く。
「——砕けろ」
低く呟いた瞬間、魔法陣が展開される。
氷の魔力が収束し、轟音と共に弾けた。
——ゴゴゴゴ……ッ!!!!
だが、その時——
男が踏み込んだ。消えるような速さ——いや、本当に"消えた"かのように。
「——ッ!!」
俺は咄嗟に剣を構え、迎え撃つ。
——ギィンッ!!!
刃が激しくぶつかり合い、俺の魔法が霧散する。
「ほう……」
俺の魔法を、ここまで剣で打ち砕くとは。
少し、興味が湧いた。
だが、それだけだ。
この程度で、俺に勝てるとでも思ったか——
——ズバッ!!!
一閃。
俺は即座に剣を振りかざし、受ける。
だが。
——パリンッ!!
「ッ……!!」
首にかけていた小瓶が砕け、龍の血が肌にかかる。
直後——魔剣の切っ先が俺の衣服を裂き、薄皮を削いだ。
「……!?」
反射的に飛び退る。
傷は浅い。だが——
(……何だ、この感覚は?)
傷口から熱が滲む。
いや、違う。熱だけではない。
血が脈打つように、体の内側で"何か"が蠢いている。
(……これは……?)
体内の魔力が乱れるような感覚。
龍の血の影響か? それとも、魔剣の……?
異質な感覚が駆け巡る。
——ゴゴゴ……ッ!!!
魔力が暴走する。
体の内側から、異質な魔力が湧き上がる感覚。
男が口の端を持ち上げた。
「へぇ……"龍の血"とジンの呪いの相乗効果ってやつか?」
龍の血……?ジンの呪い?
「おまえは呪われた」
男が静かに言った。
「俺の魔剣に触れちまったからな」
その瞳には、何故か憐れみの色が浮かんでいた。
(……成程)
だからか。
だが、そんなもの——
「……黙れ……」
思わず、呟いた。
——"お前は弱い……"
「……黙れと言っている」
——"お前は間違っている……"
一瞬、視界が歪む。
男の姿が揺らぐ。
(……これは……)
俺は静かに剣を下ろした。
「……今日はここまでにしてやろう。
貴様との決着は、次の機会に譲る」
俺は、剣を軽く振った。
——ゴォッッ!!!!!
黒い霧が渦を巻き、俺の姿を覆う。
「魔剣使いよ」
霧の中から、静かに言葉を紡ぐ。
「貴様の剣——次に会う時には、通じぬと思え」
霧が濃くなり、俺の姿が掻き消えようとした、その時——
「——ゼファルドだ」
「……何?」
「名乗ってなかっただろう? 俺はゼファルド。"ただの剣士"だ」
俺は、一瞬だけ目を細める。
「……覚えておこう」
——フッ
霧が渦を巻き、俺の姿を覆い隠す。
次の瞬間——その気配すら、跡形もなく消えた。
◇
ゼファルドはゆっくりと剣を下ろした。
(……行ったか)
霧も、気配もすっかり消えた。
静かに息を吐き、口の端を持ち上げる。
「へぇ……」
思った以上に厄介な相手だったな。
だが——
(ジンの呪い——そして龍の血。その影響が、どこまで広がるか……)
「"次"の本番まで、あいつが耐えられるといいがな……」
そう呟きながら、俺は魔剣を鞘へと収めた。
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