第17話∶帝国の死神が俺の叔父だった件
帝国兵の悲鳴と爆発音が渓谷に響く。
(キースのやつ、調子に乗りすぎだろ……)
口元に苦笑が浮かぶ。
雷鳴が轟き、空が裂けるような光が渓谷を照らした
その隙を突いて、俺は敵を薙ぎ払うように炎を放った。
「うおっ!」「ぐわぁっ!」
手応えあり。だが──
「おいおい、随分派手にやってくれるじゃねぇか」
不意に背後から殺気が襲う。振り向くよりも早く、鋭い刃が迫る。
「チッ──!」
咄嗟に飛び退くも、頬をかすめる冷たい感触。
次の瞬間、数人の兵士が一斉に襲いかかってきた。
俺は剣を構え、息を整える。
(数が多いが……いける!)
風をまとった刃を振るい、敵の肩口を裂く。
「ぐっ……!」と呻きながら後退する兵士。
だが、すぐに別の兵士が間合いを詰めてくる。
(クソ……! 一気に片付けるしかねぇ!)
兵士達から目を逸らさず、魔力を溜める。
次の瞬間、周囲の帝国兵が スッ と道を開けた。
まるで、誰かを迎えるかのように。
そして、その奥から ゆっくりと一人の男が現れる。
銀髪碧眼。エルヴァント王族の証。
しかし、その双眸には何の感情も宿っていなかった。
「雷を操るだと?」
静かに呟かれた言葉。
まるで時間が止まったかのように、全員の動きが凍りつく。
先ほどまで叫び声をあげていた帝国兵すら、息を呑み、沈黙した。
俺の本能が、悲鳴を上げる。
逃げろ、と。だが、身体が動かない。
男は俺を見ていない。
その視線は渓谷の奥、雷鳴が轟いた方へ向いていた。
「忌々しい……死にぞこないが……」
(……コイツ、何を言ってる?)
そして、次の瞬間──
その 冷徹な双眸が、今度は真っ直ぐ俺を捉えた。
──ズキッ……!
全身が凍りついたように硬直する。
まるで心臓を握り潰されるような 圧倒的な殺気。
(な、なんだこいつ……!)
息をするのも忘れるほどの 異常なまでの圧力に、無意識に身体が僅かに固まる。
その一瞬──
ガシッ!
「ぐっ……!」
両腕をねじ伏せられ、膝を地面に叩きつけられる。
もがこうとするが、異様な重圧に体がついてこない。
「しまっ……!」
俺を押さえ込んだ兵士たちは勝ち誇ったように息を荒げ、抜き払われた白刃が視界に映る。
「こいつはここで殺せ」
銀髪の男の冷たい声が、無情に響いた。
──この凄まじい殺意は、俺ではなく キースに向いているのか?
「生かしておくには厄介だ」
男は冷酷にそう言い放ち、俺を見下ろす。
そして、雷鳴の方へ踵を返した。
「っ……!」
肩をニ人がかりで押さえつけられ、髪を掴まれた。
顔を上げさせられ、晒された喉の前で剣が鈍く光る。
(クソ……! ここで終わるなんて冗談じゃねぇ!)
何とか振りほどこうとするが、力が入らない。
刃がゆっくりと首に近づく──
「うわあああっ!」
鋭い悲鳴が響く。
(……?)
視界を黒い疾風が駆け抜けた。
「ぐあっ……!」
帝国兵の腕に巨大な黒い狼が喰らいつき、そのまま地面に引き倒した。
さらに純白の狼が飛びかかり、残りの兵士たちを蹴散らす。
「狼の……魔物……?」
自由になり混乱する俺の前に、ディアナが駆け寄ってきた。
「レオン!! ちょっと、大丈夫!?」
俺が答えるより早く、彼女の足元に並ぶ二匹の狼が鋭く唸る。
その姿は、まるで狼を従えた女王のようだった。
「おまえ……その狼は?」
「私の召喚獣よ!」
(召喚……獣)
混乱しながらも理解した俺は思わず叫んだ。
「キースは龍で、ディアナは狼だと!?
なんなんだよ!! 俺にもなんかカッコイイのくれよ!!」
そう叫んだ俺を見て、ディアナが吹き出す。
「……もう! アンタ、死にかけてたんだからね!?」
「それはそうなんだけどよ……!」
雷鳴が遠ざかり、戦場に少しだけ静寂が戻る。
しかし俺の心は、銀髪碧眼の男の言葉にざわついていた。
(……キース、お前、一体何者なんだ?)
――――――
雷鳴が遠ざかる中、俺は息を整えようとした。
だが、その静寂は心を落ち着かせるものではなかった。
むしろ、空気が張り詰め、肌にじりじりと焼き付くような 異様な圧が広がっていく。
ザッ、ザッ
ゆっくりと地面を踏みしめる足音。
その音が、異常なほどに大きく響く。
(……まさか……)
胸がざわつく。
息を呑み、俺はその姿を見た。
「……ルーベンス、叔父上……?」
マントを翻し、優雅な足取りでこちらへ歩いてくる男。
銀髪碧眼――エルヴァント王族の証。
変わらない。記憶のままだ。
いや、それどころか、年月を重ねた分だけ 威厳と風格を増している。
(生きていたのか……!)
胸の奥が熱くなるのを感じた。
俺の記憶の中のルーベンスは、穏やかに微笑み、いつも優しく頭を撫でてくれた。
父王や貴族たちの信頼も厚く、剣も魔法も誰よりも優れ、俺にとって憧れの人だった。
思わず一歩踏み出そうとした、その時。
「……ようやく見つけたぞ、キースクリフ」
──空気が、一瞬で張り詰めた。喉が詰まり、心臓が一拍遅れる。
まるで 「憎しみ」そのもの が実体を持ったかのような、凄まじい殺気。
俺は、ようやく気づく。
目の前の男は 「あの優しい叔父」 ではない。
それどころかその双眸には、ひとかけらの情もない。
◆
「……っ」
全身に冷たい汗が滲む。呼吸が浅くなる。
「……嘘だろ……?」
かつての叔父の面影は、そこにはなかった。
ルーベンスは、静かに口を開く。
「レギオンを持っているのは貴様だな?」
レギオン。
俺と共にある王家の証。
「……どうして……?」
「決まっている」
ルーベンスはわずかに笑い、言い放つ。
「あれは俺のものだからだ」
「エルヴァントの正当なる王の証……それを持つべきなのは、この私だ」
優しかった瞳は冷たい氷のようだ。
「お前は生まれる時代を間違えたのだよ、キースクリフ」
その言葉に 喉がひとりでに鳴った。冷えた鉄を飲み込んだような感覚。
まっすぐ俺を見据える双眸には 「家族の情」 など微塵もない。
「……俺を、殺す気なのか……!?」
震える声で問いかけると、ルーベンスは静かに笑った。
それは、かつて見たどんな笑顔よりも冷たく、そして……狂気じみていた。
「レギオンは王の証だ。
……死にゆく者に、そんなものは不要だろう?」
穏やかに、しかし冷たくそう告げながら、ルーベンスはゆっくりと腰の剣に手をかける。
(やばい……!)
直感が、叫ぶ。
かつてのエルヴァント王国で、魔法と剣術においてルーベンスを凌ぐ者を、俺はただの一人も知らない。
──シャキン……
静かに引き抜かれた剣の白刃が、雨に濡れて鈍く光る。
そして俺は、その剣の柄に刻まれた紋章を見た。
(……!?)
帝国の紋章!?
思考が一瞬、止まる。
(まさか……叔父上は、帝国に……!?)
雷鳴が遠ざかる中、白刃がゆらりと俺を映して揺れた――。
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