第16話∶呪われた魔剣を持つ男と、狼を召喚する姫
男は、口の端に下卑た笑みを浮かべ、じりじりと近づいてくる。
「フフ……いいねぇ、その怯え方」
一歩、また一歩。帝国兵はニヤつきながら剣を構え、距離を詰めてきた。
私はつい、眉をひそめてしまう。
「なにあんた? キショい!」
「キ……キショい……?」
男の動きが止まり、見るからにショックを受けた顔になる。
(なによ、意外とメンタル弱いわね……)
その隙を見逃さず、私は意識を集中し、自分の内側に宿る魔力をゆっくり慎重に解放した。
深く息を吐く。
感情の波が静かに凪いでいくのが分かる。
(大丈夫。落ち着いて。冷静にやれば、攻撃されても怖くないわ……)
私はすっと目を閉じ、心を研ぎ澄ませるように呪文を唱えた。
「出てきて、レイヴン、スノウ!」
足元に魔法陣が浮かび上がり、闇から黒き狼が、輝く魔力の粒子の中から白き狼が現れる。
レイヴンは低く唸りながら敵を鋭い目で睨み、スノウは静かに鼻を鳴らしながら私の側に寄り添う。
「なっ……なにをした!?」
男が慌てふためき、剣を握り直す。
けれど私の気持ちはもう落ち着いていた。
(大丈夫。私はちゃんと戦える)
心の中でそう繰り返すと、不思議と力が湧いてくるようだった。
「行きなさい!」
私が短く命じると、二匹の狼が男に勢いよく飛びかかった。
レイヴンが先に飛び込み、男の足を狙ってかみつく。
「ぐっ……!」男がバランスを崩したところに、スノウが鋭い爪で喉元へ跳びかかる。
「あ……うわぁぁぁぁ!!」
兵士は悲鳴を上げ、そのまま地面に崩れ落ちた。
狼たちの素早い連携攻撃で、兵士はあっという間に倒れ込み、動かなくなった。
狼たちは嬉しそうに尻尾を振って私の足元に戻ってくる。
「よくやったわ、二人とも」
私がそう言うと、レイヴンは低く唸り、スノウは静かに鼻を鳴らした。
どちらも私が召喚した存在──だが、今はもうただの「召喚獣」ではない。
彼らは私の 「魔族の血」 に呼応するように、少しずつ姿を変え始めている。
レイヴンの黒い毛並みは闇の魔力を帯び、スノウの白い毛は微かに輝くようになっていた。
(……私も変わり始めてるのかもしれない)
ふとそう思ったが、その思考はすぐにかき消される。
狼たちの頭を撫でながら、ふと背後の木陰を見ると──
「まったく、油断も隙もない姫さんだなぁ。
いつの間にそいつらを手懐けてたんだ?」
いつの間にかゼファルドが木にもたれかかって、欠伸を噛み殺しながらニヤニヤとこちらを見ていた。
「なっ……起きてたなら助けなさいよ!」
「いやいや、姫さんなら楽勝だろ。なかなかいい戦いっぷりだったぜ?」
「もぅ、信じられない!」
憤慨して叫んだけど、不思議と心は軽くなっていた。
(ま、私だってこのくらいできるってことね!)
そう思うと、なんだか少しだけ自信が湧いてきた。
――――
──ディアナの肩に、ふわりとレギオンが舞い降りた。
「レギオン?」
普段ならキースの肩にいるはずの小さな龍。
しかし今回は、「龍の血が絡んでいる」との理由でゼファルドに託されていた。
そんなゼファルドを横目に捉えながら、 ふと胸の奥に何かが引っかかる。
……違和感? いや、それだけではない。
これは 「禍々しさ」 だ。
「ねぇ、ゼファルド。その剣……何?」
気づけば、問いかけていた。
ゼファルドの腰に下げられた剣──いつも彼が使っているもの。
けれど今の私には、それが 「異質なもの」 だと分かる。
柄頭に埋め込まれた 赤黒い宝玉。
黒革で無骨に巻かれた柄。
そこから滲み出る、得体の知れない 気配。
まるで、 魔族の血の匂い。
「あぁ、魔剣だよ。」
事も無げに言うゼファルド。
「……え? 魔剣?! あんた、一体どこでこんなモノ手に入れたのよ!?」
驚いて問い詰めるが、彼は軽く肩をすくめるだけだった。
「おっと、触るなよ。呪われちまうからな。」
「は?」
軽い言葉とは裏腹に、剣は静かに脈打っていた。
まるで生きているかのように──。
──その時。
ズン。
空気が、変わる。
何かが……来る。
それはただならぬ気配。
まるで大気そのものが、別の存在に支配されるかのような感覚。
「なに……? この気配……」
言葉にする間もなく、レギオンが硬直した。
──バサッ!!
小さな龍が、ディアナの肩から飛び立つ。
いつもはキースに甘えるような彼が、今は明らかに 「戦うべき時」 を悟っていた。
「レオン……キース、危険!!」
ゼファルドが無言で剣を握る。
彼の視線の先──渓谷の向こうに、何かがいる。
ディアナもまた、強く息を吸い込んだ。
「行くぞ!」
ゼファルドの合図とともに、私は駆け出した──。
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