第12話∶ルーヘルム王の決断と砦の男
後日、再び広間に人が集った。
玉座の前、膝をつき頭を垂れる二人──レオンとキース。
彼らの名は、すでに王侯貴族たちの間で語り草になっていた。
先日の試練の場──
無詠唱で応酬し合い、一歩も譲らなかったあの激闘は、未だ人々の記憶に焼き付いている。
「第二王子が、ここまでとは……」
「亡国の王子が、あれほどの力を……」
囁き交わされる声は、驚きと警戒、そして打算が入り混じったものだった。
レオンの才を知る者も、キースの名だけを知っていた者も、己の目で見たあの戦いを忘れられない。
──あれほどの力を持つ者を、王はどう裁くのか。
広間に、重く沈黙が垂れ込める。
玉座の上、ルーヘルム王は静かに貴族たちの顔を見渡した。
その目に映るのは、動揺と恐れ、そして期待。
やがて、王はゆっくりと立ち上がった。
「──先日の試練。二人の力、確かに見届けた」
その声は、静かでありながら、広間の隅々まで響いた。
「レオン。我が子として、その才を誇りに思う」
レオンは小さく頭を下げる。
「そして……エルヴァントの王子、キースクリフ」
その名が呼ばれた瞬間、広間の空気がぴんと張り詰めた。
「その力、覚悟、確かに見届けた。ゆえに──」
王は一歩、玉座の前へと踏み出す。
「本日をもって、キースクリフ王子をルーヘルム王国の庇護下に置く」
広間がざわめいた。
「無論、この決断が帝国にどう映るかは承知している」
王はそのざわめきを制するように、視線を鋭く走らせた。
「それでも、私は選ぶ。
この国の未来のため、彼を迎え入れることを」
キースが静かに頭を下げる。
「帝国の影に怯え、目を逸らすことは、もはやできぬ。
ルーヘルムは剣を取り、盾となる覚悟をした。
その火種が、この広間にあることを、皆、肝に銘じよ」
沈黙。
その重さが、戦場に立つよりも息苦しかった。
やがて、一人の貴族が小さく呟く。
「……陛下は、退路を断たれた」
その声はやがて波紋となり、広間に広がっていく。
王は、微かに笑った。
「退路など、とうにない」
夜の帳が、静かに王宮を包み始めていた。
――――
ルーヘルムの国境近くにある砦。
夜明け前の薄闇に包まれたその地は、異様な静けさに満ちていた。
だが、その静寂の中で 死の匂い が漂う。
砦を守るはずの兵士たちは、もはやその務めを果たすことはない。
彼らの亡骸が、石畳の上に無造作に転がっていた。
血の匂いが、微かに夜風に混じる。
そんな場に、ただ一人だけ 生者 がいた。
フードを深くかぶった男が、砦の上で夜明けの空を見上げている。
その姿に 焦燥も、後悔も、迷いすらない。
ただ静かに、朝日が昇るのを待っているだけのように見えた。
──バサバサッ
その時、空から一羽の 白頭鷲 が舞い降りた。
羽ばたきの音が、妙に響くほど、この砦にはもはや生者の息遣いがなかった。
鋭い爪が、男の腕にしっかりと止まる。
鷲は、澄んだ高い声で一声鳴いた。
「……ご苦労だった」
男が静かに労うと、白頭鷲は陽炎のように揺らぎ、空気へと溶けるように消えていく。
男は、ゆっくりとフードを外した。
夜明けの光が、その 銀色の髪 を照らし出す。
そして、深く澄んだ 青の瞳 。
それは、エルヴァント王族の証。
「やはり……生きていたか、キースクリフ」
男の目が細められる。
精悍に整った顔立ちが、闇の中で一層の冷たさを帯びた。
レギオン──
王の証たる竜。
それは、王族の中でも 最も強き者 が契約すべき存在。
「──俺こそが、王となるはずだった」
押し殺した声が、静かな砦に響く。
キースが生きているなら、レギオンとの契約もまだ続いているはず。
あの龍は、契約者が死なぬ限り、決して新たな王を選ばない。
つまり、キースが生きている限り──
俺は決して、レギオンを手にすることはできない。
「……貴様さえいなければ」
ギリッ、と奥歯を噛みしめる。
胸の奥に沸き上がる 執着と憎悪。
キースクリフを、必ず殺す。
それが、俺の道を阻むすべてを "正しい形" に戻す唯一の方法 なのだから。
ルーベンスは、静かに足元を見下ろす。
倒れ伏した兵士の亡骸たち。
この砦を守るはずだった者たちは、もはや誰一人として動かない。
彼らは「見られては困るものを見た」のだ。
それだけの理由で、命を絶たれた。
「……さて」
ルーベンスは、腰に下げた剣を軽く撫でた。
陽の光が、剣の鍔をかすめる。
そこには、帝国の紋章 が刻まれていた。
朝日が昇る。
そして、その光の中へ、ルーベンスの姿はすっと溶けるように消えていった。
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