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8. 欠けたることも なしと思へば

「――そういえば初めて来たな、ここ。想像してたより全然良い眺めだ」

 

「でしょ? 風が気持ち良い日は、ここで本を読んだりしてるの」


 放課後。

 珍しくも宮瀬に声をかけられた俺は、学校の屋上に来ていた。

 まだ控えめな蝉の鳴き声が、夏の到来を告げている。


「で、こんな所まで連れてきてどうしたんだ?」

 

「――あっち」

 

「ん?」


 宮瀬の指差す方を向くと、真っ赤の夕日の下でサッカー部が練習に励んでいた。


「『夕空と五角形』の主人公の親友、背が低くてゴールキーパーに向かないことに悩んでたでしょ?」

 

「……あぁ、ジャンプの練習ばっかりしてたな」

 

「でも最後には吹っ切れた様子で、練習にも前向きになってた」

 

「『踏みなれた白茶色のフィールドに目を向けると、そこには十年後の自分がいた』だったか? 明確な目的意識を持ってサッカーに打ち込めるようになったんだよな」

 

「まあそうなんだけどね。――実は本当に見えてたっていうか、意外とユーモアに溢れてたっていうか」


 そこで、目の前で行われていたサッカー部の試合にも動きがあり、一方のチームのフォワードがゴールに向かってボールを蹴った。


 真っ直ぐな軌道を描いてゴールの上部を目指すボールだったが、キーパーが完璧な位置で手を振り上げ、見事相手チームの得点を防いで見せた。


「――あ」


 サッカー部員の歓声がこちらにまで聞こえてくる中、俺は小さく声を上げる。


 日が傾ききった今俺たちもサッカー部員たちも、足元に長い影が伸びている。


 そしてゴールキーパーが絶妙な位置で手を上げると、その影はゴールの上縁の影に易々と触れているように見えるのだ。


「う、うーん……」


 しかし俺は、作者がそんな解釈を求めていたのだと信じきれなかった。

 そんな俺の内心に気づいたらしい宮瀬は、不服そうな顔をする。


「……もう。そうだと思った方が楽しいでしょ?」

 

「ははっ、確かにな。学年一位は言うことが違う」

 

「……学年一位って呼ぶの辞めて」

 

「じゃあ女王様?」

 

「なんでよ!」


 軽口を叩いていると、屋上の入口あたりでガタン、っと音がした。

 俺たちは咄嗟に振り向く。


「……なんだ、風か」

 

「そうみたい。さっきの今じゃ過剰に反応しちゃうね」

「ここには隠れる教卓もないけどな」

 

「教卓に隠れるくらいなら隠れない方がマシだから……」

 

「……正論を言うな」


 今朝俺は桃花ちゃんと健介を邪魔しないようにと教卓に隠れる判断ミスを犯した訳だが、バレないように抜け出そうとした時は流石にヒヤッとした。


 ちなみに俺の計画はなんと概ね上手くいったが、健介が心做しか怪訝な顔をしていた。

 気のせいだと信じたい。


「それにしてもあの二人、すごく良い感じだよね。……なんというか、綺麗な恋」


 桃花ちゃんと健介の話か。

 

「……恋? まだ仲の良い友達って感じな気がするけどな」

 

「まだね。でも、ここからゆっくり純愛が芽生えていくの。……私には、もう出来ないこと」

 

「……」


 彼女の切なげな様子に、俺は言葉が見つからなかった。

 

「共通の趣味があるって、すごく楽しいんだろうなぁ。……私はくだらない対抗心で、好きな人の変なところをマネしちゃっただけ……」

 

「……ん?」


「ううん、なんでもない」


 俺に話そうとしたというよりは、独り言のようなものだったのだろう。

 宮瀬がそれ以上口を開くことは無かった。


 少しの間、沈黙に身を委ねる。

 そして声色が自嘲気味になっているのを自覚しながら、俺は自分を振り返った。

 

「……宮瀬に出来ないなら、俺にも出来ないんだろうな。純愛っていうのは」

 

「ふふっ、上城にもまだ憧れが残ってたんだ」


 俺の呟きに、宮瀬はからかうな言葉をかける。

 ……多分、わざとだ。


 俺は気に入らないというように、眉根を寄せる。

 

「俺を何だと思ってる」

 

「自分の胸に手を当てて考えてみたら?」

 

「……確かに複数、いや大勢の女の子を侍らせてはいるが俺は一人一人をちゃんと純粋に愛して――」

 

「往生際が悪い。あと侍らせてる、って自分で言う人初めて見たんだけど」

 

「じゃあそんな俺との出会いは貴重だな。君は運が良い」

 

「そこまでポジティブに生きられてたら人生楽だったなぁ」

 

「じゃあこれからはポジティブに生きていこう。んー、そうだなぁ。純愛が出来ないことの利点は……」

 

「気楽?」

 

「――あと手っ取り早い」


 宮瀬の方を向くと、それに気づいた彼女もこちらを向いた。

 セミロングの髪が風に当たり、彼女の肩をさらりと撫でる。


 宮瀬は微かに目を見開いた。


 そんな彼女に小さく微笑みかけ、俺は左手でその白い頬に触れる。

 彼女は抵抗する様子を見せず、その大きな目を閉じて身を委ねた。


 目の前の少女が、出会って以来最も綺麗に見えた。

 

 ――俺は顔を近づけ、唇をそっと重ねる。


 一瞬の触れ合いの後に顔を離すと、宮瀬は頬をほんのりと赤く染めながらも口角を上げた。


「ヤリチンの割には優しいね」

 

「……舌も入れて欲しかった?」

 

「最低。……自分からは何もしないんじゃなかったの?」

「そんなこと言ったっけ。……宮瀬こそ、お触り厳禁じゃなかったのか?」

 

「……そんなこと、言ったっけ」


 一瞬置いて、蝉が一際大きく鳴いた。


「――明日から夏休みだな、結羽(ゆう)

 

「――そうだね、(いく)



 ☆



 ――屋上の入口で反射的に隠れてしまっていた健介と桃花は、赤面しながら顔を見合わせた。


 

 


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