そうだ、あたし達の同人誌を作ろう!
鈴空。
あたし様は常に攻め女ジャンルの確立を目論んでいますので、同志になってくれる人は彼女までどうぞ。
「空。あたしと一緒に、あたし達の小説を作るぞ!」
前略、今日も不況の荒波にもまれている父さん、母さん。大変です。俺の彼女が素っ頓狂なことを言い出しました。
昼休み始まりの合図と共に奇襲をかけてきたあたし様の提案に、「はい?」筆記道具を片付けていた俺は手を止めて目を点にするしかない。
「だからあたし達の小説なのだよ」席の前に立った彼女は意気揚々と目を輝かせ、自分と一緒に小説を作らないかと案を出して来た。ただの小説ならまだしも、このあたし様は“あたし達の小説”とのたまうものだから俺の思考回路はショート寸前である。
鈴理先輩はウェーブのかかった髪を靡かせ、俺の前方の席を勝手に陣取ると、もう準備は整っていると言わんばかりに持っていた大学ノートを見せつけてくる。何の変哲もない大学ノートだ。【攻め女と受け男シリーズ】というタイトルがなければな!
「……俺達の小説って。鈴理先輩、宇津木先輩や川島先輩に俺達の二次創作小説を書いてもらっているじゃないっすか」
ノートを受け取り、中身を開く。
早速一行目に【空の鳴かせ方】という文字を見つけ、顔を引き攣らせてしまった。その下に続く喘ぎ方の擬音語という文面を見るや、俺はペンケースから消しゴムを取り出して思いっきりそこの一面を消す。あたし様の抗議の声なんて一切合財聞こえない!
ぶう、脹れ面を作る彼女は授業中に一生懸命考えたのだぞ、と人の額を叩いてくる。
だったら授業に集中して下さいよ。彼氏の喘ぎ方を一生懸命に考える彼女が何処にいますか! あ、ここにいたか。
「で? 先輩。俺の質問に対する回答は? 貴方は文章を書くことが苦手だから、お友達に小説を書かせているのでしょう?」
「ご尤も。あたしは理系であり、文系ではない。勉学については文字より数字が好きな女なのだよ。しかし物は試し、挑戦することに意義はある。あたし達の関係を製本にし、次の夏コミとやらで売り込んで攻め女と受け男を布教しようと思ってな。目指せ攻め女ジャンル確立なのだよ!」
は?
夏コミ? 製本? 売り込む? 攻め女ジャンル確立? 疑問符いっぱいでワケワカメ!
「待って下さい待って下さい待って下さい。先輩の日本語が全然伝わってきません……まず目的はなんっすか?」
「あたしと空の関係を全国に轟かせる」
頭が痛くなってきた。それはつまり、あれっすか? 攻め女と受け男の関係を指しているんっすか?
「では夏コミとは?」「夏のコミックマーケットの略称だ」「ニュースで時折言っていますよね。それ」「うむ、日本が誇るイベントの一つなのだ。そこで本を売ろうと思ってな」「素人ができるんですか?」「同人誌を売る場なのだ。無論できるのだよ」「はあ」「そこであたし達を売り込むのだ!」「……は、はあ」俺は先輩と何を会話しているのだろう?
取り敢えず簡略的に流れをまとめると、鈴理先輩は至らん思い付きで“俺達の小説”を自分達の手で作り上げようと思い立った。目的は攻め女ジャンル確立。俺達のような残念カップルを世に広めようと野心を燃やしている。こんなところかな? ……ろ、ろくな思い付きじゃない。
ズーンと落ち込む俺の心境などガン無視してくれる彼女は、早速プロットを立てようと大学ノートを広げる。
「あたしも空も小説を書いたことがないから、いきなり長編は無謀だと思ってな。ここは短編集を作ろう」
「せ、先輩。一人で話をすすめないで下さいよ。俺、置いてきぼりっす」
「R指定はさすがにまずいか。あたし達の年齢的に。だが空を喘がせたい。むぅ」
「……はぁあ。先輩、俺に拒否権はないんっすね」
「拒否権? あんたはあたしのもので所有物だぞ。拒否も何もない。あたしがするのだから空もする。これは決定事項なのだよ」
満面の(あくどい)笑顔を作るあたし様は友人の手を借りずに、俺達二人で小説を作る気満々らしい。
多分彼女のことだから自分の持論を小説に練り込んで、あたし様好みの攻め女ジャンルを布教させようとしているのだろう。腹の内は見え見えだ!
教室にいるクラスメートが俺達のやり取りをクスクスと笑っているのにすら鈴理先輩は気付かず、「弁当は持ってきた」今日はここで食事をしようと告げ、持参している紙袋から弁当箱を二つ置く。俺の分まで作ってきてくれているのだから、変に拒絶もできない。
しょーがないから先輩が飽きるまで付き合ってやることにしよう。どっちにしろ、俺に拒否権はないようだしさ。
「先輩、短編集とはいえ設定や世界観作りが必要なんじゃ。どんな設定にするつもりなんっすか?」
勝手に俺のペンケースからシャーペンを取り出し、大学ノートにガリガリと設定を書き始める鈴理先輩。
設定は既に決まっているようで「学園モノにする」とのこと。世界観はまんま自分達の学院が舞台らしく、より初心者でも書き切れそうな小説を目指しているらしい。まあ、俺も先輩も小説なんて書いたことないからな。書き切れそうな小説を目指す、という心意気は感心するべきところかも。
先輩の中ではある程度の構成が出来上がっているらしく、自分達カップルと、残り二つの攻め女と受け男カップルを盛り込むと得意げに言い放った。
「え?」俺は聞き直してしまう。
残り二つのカップルって……俺達以外にザンネンカップル(自分で言っていてムナイけど)なんかいたか? 俺の知る限り、思い当たる節がないのだけれど。それについて尋ねると、あたし様は指を鳴らした。
「あたし達の友人でカップリングを作るのだよ。早苗×アジ、百合子×エビでくっ付けさせる。これで三つのカップルの誕生だ!」
ぶはっ!
何処からともなく咽る声が二つ。窓側に視線を流せば見事にフライト兄弟が咽ていた。大袈裟に咽ていた。そりゃもう涙目になっていた。
頭上に三点リーダーを浮かべる俺に対し、「ちゃんと二人には許可を得ている」勿論自分達を含む本にするキャラはモデルにするだけで名前はすべて変える。二次元なのだから二人は誰とくっついても良いと言ってくれた。だから安心して短編が書けるとあたし様は背を反った。が、それは先輩側の友人であって俺側の友人については無許可では?
だがしかし唯我独尊、世界はあたし中心に回っている! の、鈴理先輩に常識は通用しない。親しい二人に許可をもらったことで、すっかり書く気満々になっている。
「カップリングの種類は三つ。あたし様×ヘタレで鈴理空カップル。やんちゃ×隠れ泣き虫で早苗アジカップル。電波×中二病で百合子エビカップル。面白いだろう?」
ひ、ひどい! 色々と設定が酷過ぎてツッコむ気にもなれない!
宇津木先輩や川島先輩の性格はともかく、男どもの性格が色々酷い! アジくんの隠れ泣き虫も酷いけど、エビくんの中二病も酷い! 総称して全部酷い!
「お、俺が泣き虫」絶句しているアジくんの隣で、「み、右手が疼く。邪神の力が目覚めたのか!」ショックを通り越してエビくんがなんかノッていた。エビくん、帰っておいで。リアルエビはただのツンデレくんだって俺もアジくんも知っているから。
「後は設定なのだが、折角の短編集だ。同じ設定では面白くない。話によってそれぞれ設定を変えようと思う。先にあみだくじで二つほど決めた結果、あたしと空で【妹×兄・生徒会長×風紀委員】。早苗とアジで【お嬢様×女装と義母×息子】。百合子とエビで【魔王×勇者と不良×不良】だ。うむ、楽しそうな設定だな」
「いやいやいやいや! 先輩、さっき学園モノって言いましたよね! なのに、学園モノらしからぬ設定がありましたよ!」
「ああ。確かに魔王×勇者は難しいな」
これは除外だな、先輩が単語の上から二重線を引いている。
「それもっすけど! ど! なんか家族でヤーンな設定が二つほどありましたよ! それは除きましょう!」
「ばかたれ、妹攻めは燃えるではないか! ラブコメやハーレムの王道だぞ。これをあたし達風にアレンジすればウケること間違いなしだ! あたしはラブコメやハーレム大好きなのだよ!」
「だぁああ! 妹もそうっすけど、母攻めもちょっとどうかと思いますから! おぉおお俺の友達を犯罪者にしないで下さいぃいい!」
ほっらぁ、向こうでアジくんが膝をついて落ち込んでいるし! エビくんは「僕は勇者だったのか」ぶっ飛んだ発言をしているし!
もっと健全な設定にするべく、俺は彼女の手からシャーペンを奪って思いつく限りの設定を書き込んだ。それを見た先輩は遠目を作り、やれやれと肩を竦める。
「空。学園モノが舞台なのに、設定がふわふわとしたお花屋さんはないと思うぞ」
「せ、先輩の考えた設定よりマシっす! い、いいじゃないっすかお花屋さん! 可愛いでしょ?! これを宇津木先輩とエビくんカップルでやれば、二人ともお花について延々と話すうぶでキャワイイカップルになりますよ!」
「ほお? どのように?」
え、えーっと頭を悩ませた俺は続けてノートに二人の会話をシャーペンで綴る。
出来上がった内容を鈴理先輩に見せると大爆笑された。それはもう、腹を抱えて笑う始末である。気になったのだろう。ネタにされているエビくんがやって来た。ノートを覗き込んだ彼がそれを音読する。
「ナニナニ『僕、お花が好きなんです』『まあ可愛いお趣味ですわ』『お花畑を学校に作りたい。僕の夢です』『まあ可愛い夢ですわ』『先輩も手伝ってくれます?』『まあ可愛い子ですわ』『先輩が可愛いです』『まあ可愛いお口ですわ』『ならちゅーして下さい』『まあ可愛いおねだりですわ』……空くん、文才のセンスもなければ萌えも何もない。何より僕が酷い! 誰この子! この頭がクラゲな子は誰?! 君は僕が嫌いかい?!」
「え、え?! う、うぶで可愛くない? 俺なりに可愛くしたんだけど! ザ・メルヘンチック!」
「ただの馬鹿で夢見がちのクソ男じゃんか! リバースものだよ!」
酷評をちょうだいしてしまった。俺なりに可愛い攻め女と受け男だったのに!
「えー不満?」俺は大学ノートに書いた文を眺める。なかなかな出来だと思うんだけど。襲われることもなければ、えっちいお話もない。鈴理先輩の攻め女と受け男に沿った健全かつ学生らしい小説だと俺は思うね!
大学ノートが鈴理先輩の手に戻っていく。
「まずは攻め女と受け男を代表するあたし達を書こう」彼女は練習がてらの下書きとして、思いつく文を乱雑に羅列していく。
紙面を覗き込む。そこには“空が乙女のように赤面して鈴理を一瞥した”と書かれていた。
片眉をつり上げ、ノートを取り上げると語尾に付け足す。“するとそこには、負けじと乙女のように赤面している鈴理がいたのである”。顔を引き攣らせた鈴理先輩がノートを分捕り、文を続ける。“彼女は照れていたわけではなく、夕陽によって顔が赤くなっていただけである”。俺も同じ行為をして文を書き足す。“彼は発熱していただけである”。
「いや、あたしの妄想空はこうなのだ!」
“空は内心で彼女に押し倒されてもいいと妄想を抱き、発熱していた”。
「いえいえ、俺の妄想先輩はこうっすかね」
“鈴理はキスをしたいが、まあ今日は健全でいいかとその場を流す”。
「…………」
「…………」
“空は思った。早く俺を押し倒して先輩!”
“鈴理は思った。早く空と一緒に帰りたい!”
“今日こそエッチをするっす!”
“今日も健全に過ごそう!”
「…………」
「…………」
“まったく……空はあたしの邪魔をする気か?”
“いえいえ、俺は健全にストーリーを作っているだけです”
“これでは攻め女と受け男小説ができないだろう?”
“ちゃーんとできているじゃないっすか。健全っすけど”
「…………」
「…………」
“ええい、あんたが邪魔するからあたしの求めている攻め女と受け男が作れないではないか! これは布教予定だぞ!”
“あっはっはっは! 先輩が邪魔するから俺の求めている攻め女と受け男が作れないんですけど!”
ポキッ、シャーペンの芯が折れる音がした。
「………ふっ、空があたしに楯突くなど生意気なのだよ。いつからあたしに指図する立場となったのだ。まあ、夏コミは先だ。今日はプロット作りより、取材を優先しようか。攻め女と受け男がどのように戯れるのか、その様子を事細かく」
ガタッ、椅子を引いて俺は逃げ出す。が、彼女の足が伸び、見事に人の足を引っ掛けることに成功。あたし様は転倒した獲物を馬乗りして関節を鳴らす。
「そーらー。あたしのために取材をさせろ。受け男がどのように女に攻められるのかを!」
「ギャァアアア! 結局こうなるんっすかぁあああ! お、おぉおお俺は悪くないじゃないっすか! 先輩が変に官能的にするから、俺は健全うひっ! シャツに手を突っ込まないで下さいっ! なにより此処は俺の教室ですからぁあああ!」
やだもうこの人。お腹をなでなでしてくる! じかで触れてくるんですけど!
「あたしの邪魔をした仕置きだ! 公開プレイをしてやる!」
「もぉおおこれだから攻め女はぁああ! あ、先輩のバカバカ! 耳は反則っ、耳はッ!」
果たして夏コミまでに俺達の二次創作小説が出来上がり、それが売り出される日はくるのだろうか。続く(わけねーです)!
Fin.




