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肉食番外  作者: つゆのあめ/梅野歩
肉食お嬢様②編
14/21

チヨコレイトウォーズ(前編)

番外編。

豊福空と愉快な仲間達のバレンタインデー戦争。


空は立場的にチョコを渡す側 or 受け取る側?


※鈴理と空は、まだ付き合っています。玲と空は婚約していません。


[ギャグ/鈴空←玲]




 世の中には自分にとって“無縁”ってものが必ず多数は存在する。存在しないヤツはいないと思う。



 例えば俺でいえば、高層何十階建のマンション暮らしなんて縁も無いし、金のない豊福家には社債や株主って言葉にも縁がない。家計簿を見た際、お金持ちとは程遠い生活をしているわけだから、黒字よりも赤字の方に縁があったりなかったり。

 他にもすこぶる音楽が苦手な俺には楽器というものに縁がないし、男の俺には女物の下着を穿くという縁もない。当たり前だけどさ。

 

 つまり無縁は身の回りに沢山存在するんだ。

 

 だけど、ひょんなところから無縁が縁に変わることもある。

 俺、豊福空はまさしく今、無縁だったものが縁に変わろうとしていた。16年間ひっそりと生きてきた俺にとって、まさかこのイベントが自分の身に災い…、じゃね悩みになろうとは。

 しかも立ち位置から考えないといけない虚しさ。どうしよう、俺はどうすれば。

 

 重々しい溜息をついて、俺は持っていたお菓子本を定位置に戻すとその場を去る。

 隣のOLさんが俺の持っていた本のサブタイトルにちょい興味を持っていたみたいけど、男が読んでいたっていいじゃないか。サブタイトルが『バレンタインに作りたいチョコレート菓子特集』だったとしても、全然いいじゃないか。なあ?


 俺だって恥を忍んで読んでいたんだしさ。そっとしておいてくれよ!

 苦虫を噛み潰したような顔で本屋を出た俺は、これまた深い溜息をついてどうしようと頭を抱えた。


「もうすぐバレンタイン。俺は男だけど、立ち位置的には女ポジション。先輩にチョコレートをあげるべきなのかどうか」

  

 そう俺が悩んでいたのは、“バレンタインデー”についてだった。

 西欧文化がすこぶる好きな日本人は何を思ったのか、向こうの文化を真似て毎年2月14日をバレンタインデーと定めた。

 好きな人にチョコレートを贈る日として設けられているこの日を日本人の男たちはどれほど憎んだか。


 だってこの日によって男の格付けが目に見えて分かるんだぜ?

 チョコレートを貰った数だけ男のランクが上がっていくとか理不尽なランク付けだよ! 世の中には貰えない男子達が沢山いるってのに!


 しかも翌月の3月14日をホワイトデーと定めてさ。

 なにかとバレンタインデーより豪華にしなきゃなんない気がして、世の男達は出費の高さに泣くんだ。ははっ、ほんっと理不尽だよな。


 海外じゃ男がバレンタインデーに何かを贈るらしいけど、日本じゃ女がバレンタインデーにチョコを贈る習慣がある。

 今じゃ義理チョコの他に友チョコとか自分チョコとか、色んなチョコレートがあるんだって。デパ地下のチョコレートって美味いらしいから、いつも頑張っている自分にご褒美をあげたくなるんだろうな。

 

 本当のバレンタインを知ったら皆、チョコレートどころじゃないと思うんだけど。

 だってバレンタインデーって元々ローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ヴァレンタインに由来する記念日だろ。男女の愛の誓いの日じゃないって。


 とかなんとか思っている俺だけど、話は悩みに戻る。


 今までバレンタインデーを家族としかやり取りしていなかった俺は、バレンタインデーとは無縁の男だった。

 そりゃそうだ、モテる容姿でも目立つ存在でもなかったから。


 だけど今の俺には彼女がいる。

 当然、彼女ができた身の上としてはバレンタインデーを期待するもの。

 鈴理先輩、俺にチョコレートくれるかな、とか思っちゃうわけだ。

 二月に入ってから片隅でチョコレートを意識していた俺なんだけど、今日フライト兄弟からクエッションされたんだ。「チョコはあげるのか?」って。


 彼等は俺が鈴理先輩にチョコレートをあげるのかって聞いてきたんだよ。貰う気満々だったから、「え。俺が?」って聞き返したんだ。


 そしたら二人とも真顔でさ。


 

「空、お前。バレンタインデーは戦争だぞ。色々と口実を作りやすいわけだ。てことは、だ。……食われる可能性も大ってことだぞ!」


「『空。バレンタインデーにちなんでチョコレートプレイだ!』とか、言われるんじゃない? 空くん」


「く、くわ……、ちょ、チョコレートぷれ……」


「しかも空は立ち位置的に女ポジションなんだろ? 相手は王子なんだろ? 仮に彼女がチョコレートを待っている側だったらどうするんだ? お前がチョコレートを用意してなかったら、『そうか。では此処にチョコレートソースがあるから、これを使って空を頂こうか?』とか言われたり?」


「もしくは『ホワイトデーは五倍返しだ。無論、体でしか受け付けん』とか言われたりね? ありえそうじゃない? だからさ、バレンタインデーは予防線を張っておくといいよ。空くんの貞操のためにも」


 ……、真顔でアドバイスされた時の恥ずかしさと言ったら。


 いやでも二人とも正論だ。鈴理先輩の性格を熟知している。

 もし俺が予防線も何も張らずにバレンタインデーを迎えてしまったら、それこそチョコレートプレイだの、ホワイトデー五倍返しだの、バレンタインの口実にちなんで色々とあらやっだぁなことをされかねない。


 スチューデントセックスは断固反対している俺だけど押しには弱いんだよ、押しには! 過去に何度流されそうになったか。

 

「チョコレート、あげるべきかな。やっぱり」


 ここはひとつ、受け身男としてやるべきかもしれないな。

 唸り声を上げて俺は別の本屋に向かう。さっきから本屋を梯子しているんだ。デパ地下のようなチョコレートは買えないけど、お手頃で簡単なチョコレート菓子なら作ってどうにかできそうだし。

 ただな本に載っているレシピはケーキとかトリュフとか、何かと材料が要りそうなものなんだような。贈り物にケチしちゃいけないのは分かっているけど、見栄を張りすぎて2月末が逼迫したら元も子もない。両親にも悪いし。

 

 本屋に入った俺は雑誌コーナーに向かう。

 女性達が集っている料理雑誌コーナーからバレンタイン特集が載っている本を取ってパラ見。どれもこれも美味しそうだけど、我が家にはオーブンとかないもんな。

 ケーキはまず無理だろ。抹茶味とか凝っているものもあるけど百円均一とかで揃えられるかな、材料。


「先輩はお嬢様だしな」


 なるべく口に合いそうなものを作ってあげたい彼氏心情、本を取っては流し読みして溜息を繰り返す。


「庶民のチョコレートってお嬢様の口に合うものなのかなぁ。先輩、表向きは好意に受け取ってくれそうだけど、結構無理していたりしてるんじゃ。やっぱりトリュフかな、ここは」


「僕は豊福が作ってくれるものなら、なんでも良いぞ」


「なんでもっていうのが困るんっすよね。やっぱり相手の食べたいものを作ってあげたいですし」


「では僕は君を頂きたいな。可愛く鳴いて」


「ははっ、ご冗談……っ、ゲッ。このさり気なく俺を口説いてくる声は」


 背後から感じるイケメン、いやイケウーマンオーラと聞き覚えのある声。

 まさか、ははっ、まさかな。こんなところで奇遇に彼女と会うわけない、会うわけがないんだ。てかあったら最後、クソメンドクサイことに「うわっ!」背後から抱き締められた。


 本を落としそうになるけど、どうにか踏み止まる。

 肩口に顎を乗せてくるその人は、俺越しに本の中身を読んで「トリュフも捨てがたいな」とニッコリ。

 

 あぁああっ、やっぱりこの人は。


「み、御堂先輩……、此処、本屋っす。こういうことをするのはちょっと」


「僕は気にしないから大丈夫だ」


 俺は気にするんっす!

 なんで貴方様が本屋にいるんっすかっ、てか、目立つ! この状況は目立つっす!

 

 傍から見れば男同士の戯れ合いに見えなくもない。何故ならば御堂先輩は常に男装をしているから!

 俺の訴えに、渋々腕を下ろす御堂先輩。俺は本を置いて振り返る。


 そこには宝塚もびっくりなイケた男子高生、ではなく女子高生が立っていた。

 今日もバッチリ決まってますね、いやカッコイイっす。男の俺から見ても貴方様はカッコイイっす。


 婦人が立ち去ったのをいいことに、御堂先輩が俺の隣に並んでくる。そして質問を飛ばしてきた。「バレンタインのチョコレートを考えていたのか?」と。

 

 誤魔化しきれる自信がなかったから、「ちょっと予防線を張るため」生返事することに。

 よく分からないといった顔で首を傾げてくる御堂先輩は、もうそんな季節かと微笑ましそうに本を手に取る。


 き、気まずい……。

 俺がこんなものを読んでいたこともそうだけど、彼女と肩を並べるのもすこぶる……。


「毎年ファンの子達が贈ってくれるんだ。心を込めて送ってくれる彼女たちが可愛くてな」


「ファン? ああ、御堂先輩の親衛隊っすか」 

 

 御堂先輩って通っている女子校じゃモテモテらしい。

 だろうな、女性の中じゃピカイチで男前(女前?)だし。御堂先輩が沢山のチョコレートを貰うのも想像がつく。鈴理先輩も沢山貰うんだろうな、俺達の通うところは共学だけど男女に人気があるわけだし。


  ……俺、チョコレートを贈るべきなのかな? 俺があげなくても他の人に沢山貰いそうだぞ。


 いや、僻みじゃないんだけど、なんとなく劣等感が出てくるというか。俺、大層なものは作れそうにないし。


「今年は数倍バレンタインが楽しみだな。豊福はどんなチョコをくれるのか」


「え゛? いや、俺は……、ほら大したものは作れませんし。御堂先輩もファンの子達から貰うでしょ?」

 

 すると御堂先輩、「嫉妬してくれているのかい?」見当違いな返答をしてきた。なんでそうなるんっすか、お付き合いもしていないのに!

 「ご、ご自分は」作らないんですか、話題を切り替えるための俺の問い掛けに、御堂先輩はちょっと脹れた顔で返す。


「君も知っているだろ」


 僕は料理ができないんだ、と。

 そうだった、御堂先輩は料理が苦手だったな。ほんっとボーイッシュな人だよ。


「僕は料理ができなくてもいいんだ。豊福が毎日食事を作ってくれるだろうから」


「……、それ妄想の話っすよね。ね?」


「妄想じゃない。豊福は僕のフィアンセだぞ。当然のことを言ったまでだ。豊福が僕にチョコレートを贈るということも、当然のこと」


「だ、だからファンの方が」


「ファンはファン。そして豊福は豊福だ」

 

 沢山チョコを貰っても、豊福がくれないんじゃ僕は悲しい。

 好意を寄せている男からチョコを貰うと、やっぱり嬉しいものなんだぞ。

 ま、もしチョコがなかったら僕から君に素晴らしいバレンタインチョコレートを手渡そう。チョコレートじゃなく、僕の気持ちそのものかもしれないが。


「豊福がもういいっというまで渡すつもりだから、覚悟しといてくれな?」


「もういいって……、あの、なにをするつもりで」


「ソレは勿論、お楽しみだ。僕はそっちでもいいけどな。豊福の可愛い姿が見られたら、それで満足だし」


 裏を読めば僕にチョコレートを渡さなかったらどうなるか、身の程を持って知れ、だと思う。

 完全な脅しを含んでいるその台詞にドッと冷汗を流す俺は、「み。御堂先輩は」好き嫌いあるっすか? と、さり気なく質問を飛ばす。

 満面の笑みを浮かべる御堂先輩は「好きな物は豊福だ」と、全然参考にならない答えを返してきた。寧ろ困り果てる返答だよ、それ。


 なに、俺にリボンでも括ってプレゼントすればいいのか?

  

「あの……、例えば話っすけど。仮にチョコレートが作れなくて、プレゼントが煎餅になったとしたら、御堂先輩はどう思います?」


「作り手の気持ちが大事だと思うぞ。僕は喜んで受け取る」


「食べ物じゃなくて、物になっても?」


「勿論受け取るさ。豊福がプレゼントされたら、もう放してやるどころじゃないぞ。正式に婚約しような。お、それでもいいな。バレンタインデーに婚約、両親に話してみようか」


 嗚呼、どうしよう。

 御堂先輩に義理でもいいから何か贈らないと、俺は、俺は危ない! マジで婚約させられちまうっ!

 

 だけど鈴理先輩に事が知れたら、俺の童貞は16でバイバイベイビィ。

 童貞を死守するわけじゃないけど、だけど俺の中じゃまだバイバイする気にはなれないんだよ。鈴理先輩はアブノーマルなセックスを好んでいるしな。


 困った、鈴理先輩の逆鱗に触れず、尚且つ御堂先輩が満足するような対策を練らないと。

 この人なら本当に婚約を取り結びそう。想像するだけでも恐ろしい。


 ……、なんでバレンタインチョコでこんなにも悩まないといけないんだろう。

 

 「ん?」俺は腰に違和感を覚えて眉根を寄せる。

 ぎこちなく視線を下ろせば、お触りお触り。彼女の手が腰を撫で回してらっしゃる。


「御堂先輩。此処は本屋っすよ、やめて下さい。逆セクハラ反対っす」


 じゃあこっちだとお腹に手が回ってきた。

 そういう問題じゃないっす。


 だからセクハラをやめなさいとゆーとるんっすよ、俺は!


「御堂先輩っ……、男の腹や腰を撫でて面白いっすか?」


 雑誌を置いて、俺はおイタが過ぎるおててを捕獲。

 悪びれた様子もなく御堂先輩は笑顔をきらっと煌かせる。

 

「男の腹や腰は嫌いだが、豊福は大歓迎なんだ。好いている人間に触れたいと思うのは、当然の心理じゃないか?」

 

 大体豊福が誘うのが悪い、捕獲されている手を自分側に引く御堂先輩は見事に俺を捕獲して下さった。

 「ゲッ」俺は青褪める。本屋のコーナーの一角で女に抱擁されている乙な俺がいる!

 

 ほ、ほんっとに勘弁して下さい。

 俺には怖い彼女、じゃない。雄々しくも頼もしい彼女がいるんですから! 此処は健全で善良な一般市民の皆様がいらっしゃるんですから!


 本日二度目だけど、傍から見たら男同士のじゃれ合いに見えないこともない!

 よーく御堂先輩を見たら女って分かるんだけど、パッと見じゃ男だよ! 学ランを着ているから!


 あ、そこで親子連れが俺達を見て、あぁああ奥さん。白眼視を俺達に向けないで下さいっ、俺を抱擁しているのは男性ではなく女性でして!

 

 

「豊福。余所見はいけないな」


 

 拘束していた腕を持ち上げ、御堂先輩が俺の両頬を固定してきた。

 「ちゃーんと僕を見ないと」僕が周囲に嫉妬してしまうぞ、限りなく恋人くさい台詞を吐くプリンセス。


 だがしかし、俺達はオトモダチ関係っす! フレンド、そう、フレンドなんっす! 手を振り払いたいけど、力が強い! 


「せ、先輩! お、お願いですから手を放して下さいっ。お、おぉお俺は彼女持ちっす!」


「僕とは未来で夫婦だろ? 夫婦は永久(とわ)の愛を誓うもの。恋人より愛は深いさ。豊福のバレンタインチョコ、待っているからな。君自身でも構わないぞ」


 寧ろその方が嬉しいかもしれない。

 鼻の頭に唇を落としてくるプリンセスは、「今日はここまで」続きはバレンタインデーにしよう、とのたまって俺の頭に手を置く。

 

「バレンタインチョコがなかったら、必然的に君がプレゼントだと思うからな」


 決定打となる脅しを残し、プリンセスは周囲の視線をもろともせず颯爽と去って行く。

 呆然としていた俺は鼻の頭を擦った後、青春っぽく甘酸っぱい赤面を……、するわけもなく、どーんっと頭上に雨雲を作って落ち込んだ。スンゲェ落ち込んだ。


 どうしよう、御堂先輩にバレンタインチョコをあげないと俺は食われる。彼女に食われる。

 でも鈴理先輩にもバレンタインチョコをあげないと俺は、俺は、おれはっ!


「どうする豊福空。鈴理先輩のご機嫌を取りつつ、御堂先輩の魔の手から逃れる手を考えないと。俺の貞操はダブルクライシス。……、どうしてバレンタイン如きに此処まで、此処までっ、悩まないといけないんだろう!」

 

 それ以前に日本のバレンタインは、おにゃのこが野郎にプレゼントするものじゃないのだろうか!

  


 □ ■ □

 


  

「え。御堂先輩にチョコレートを渡す羽目になった? なに、浮気しようとしているんだよ空。バカじゃないか?」



 

 翌日の朝SHR後。

 相談を持ちかけられたフライト兄弟の片割れ、アジくんが憮然とした表情で俺を流し目にした。

 

 なんて冷たい反応なんだろう。


 うん、分かってるよ。

 ちゃんと彼女がいるから無理ですって拒み切れなかった俺が悪いもんな。完全に悪いもんな。

 

 だから多少の白眼視は我慢するよ。

 ううっ、だけど男前&憧れ度ナンバーワンのアジくんにそんな態度を取られると俺の心は砕けちまいそうだ。朝からベッコベコにヘコむんだけど。

 

「そうは言っても相手が悪かったんだよね」


 俺の落ち込みっぷりにエビくんがさり気なくフォローに回る。


「僕が空くんなら、絶対同じ境遇に立たされると思う。本多はさ、攻め女に、大事な事だから二回言うけど攻め女に勝つ自信があるみたいだけど、僕は負ける方に自信があるから。元気だしなって、空くん」


「え、エビくん! エビくんは俺と一緒に負け組になってくれるんだな! や、優しいな!」


「というか攻め女に勝てるとは思えないからね。本多は勝ち組だから相談に乗れないみたいだけど、僕は相談に乗るよ。で? どうしてそうなったの?」


「ちょ……、笹野。俺はべつに相談に乗らないとは」



「それがさ。バレンタインチョコがないなら必然的に俺をプレゼントだと思うって…、御堂先輩が。正式に婚約するのも手だとか言い始めて」


「うっわぁ。それはきついね。彼女の怒りを買ってでも、御堂先輩にチョコを渡さないと。空くんの貞操が危ない! 同情するよ」


「おい、笹野。空」



「これって浮気かな。エビくん。俺って根性なしの甲斐性なしなのかな」


「たかだかチョコを渡すくらいで、そんなどぎついレッテルを貼られちゃ、本命とは別に義理チョコや友チョコを用意している全国の女子の皆さんはどうなるの? 空くんが本命とは別に義理チョコを渡したって浮気じゃないよ。そうでしょ? 女子がそうしてるんだから、男子だって同じことをしても許される筈だよ。空くんの悩みは無罪、許されるんだ!」



「エビくん。俺は君の優しさに泣きそうだよ。そっか、許されるんだな。俺、なんか元気出てきたよ」



 眼鏡男子高生の手を取って、俺は目を爛々に輝かせる。


「大したことは言っていないよ」


 だって自分に置き換えたら絶対、空くんと同じ状況下に立たされそうだし。エビくんは柔和に綻んだ。

 え、エビくんって実は隠れ男前くんなんじゃないだろうか! どうしよう、揺るぎない男前ナンバーワンの地位が逆転しそうだぞ。

 ジーンと感動に浸っていると、「すんません、俺が悪かったです」ちゃんと相談に乗りますって、アジくんが間に割って入った。

 

「俺だって攻め女に勝てる自信はこれっぽっちもないって。ったく、ちょーっと意地悪しただけだろ?」

 

「空くん空くん。噂によると本多は、小1から現在まで欠かさずバレンタインチョコを貰っているらしいんだよ。モテ男だよね。なのに意地悪したかったとか…、男の風上にも置けないヤツだと思わない?」


「へえ、アジくんって欠かさず貰っていたんだ。男前だしな。女子に人気なんだろうなぁ。だけど欠かさずってところに、嫌味が入ってると思うよ。俺は」


「でしょでしょ。僕もさっきこれを聞いて、なんっというか男としての価値を下げられた気分になったんだ。ヤだよねぇ、バレンタインなんて。消滅すればいi「あぁああ悪かったって! 意地悪しないでちゃんっと相談に乗るからよ! ついでに自慢したことは謝るから、許してくれって笹野!」

  

 どうやらエビくんは俺が相談を持ちかける前に、アジくんからヤーな自慢話を聞いたらしい。

 よって今日のエビくんは非常に意地悪く、俺の味方になってくれているとか。


 なるほどな。

 そりゃあ俺がエビくんだったら腹立たしくて、アジくんに意地悪をしたくもなるよ。エビくんの気持ちはよーく分かる。バレンタインデーってホンット、男の敵だよな。知らぬ間に格付けされるんだから。

 大袈裟な咳払いを零し、「それで?」アジくんは話を無理やり戻そうと躍起になる。

 

 ジトーッと白眼視を男前くんに向けていた俺とエビくんは、仕方がなしに便乗して話題を戻した。

 

「鈴理先輩と御堂先輩、両方にチョコを渡さないと……、俺の貞操が危ないんだ。それどころか、片や婚約する気満々。このままじゃ俺……、うっ……、鈴理先輩の仕置きが脳裏を過ぎった!」


「んー、無難なのは両方渡すことだけどなぁ。まあ、仕置きは逃れられないだろうけど」

 

「なるべく仕置きは避けたいんだけど」


 鈴理先輩の仕置きは過激なんだよな。

 さすがはケータイ小説の俺様やドSに憧れているだけあって、一々やることなすことあらやだぁなことがねちっこい。流されて危うくセックスに持ち込まれることも多々。

 高校生でセックスなんて言語道断だと思うんだ。もしもを考えてみろよ。社会的にも経済的にも人間的も、高校生ってまだ子供だろ? 安易なセックスノーセンキュー。

  

「あ。だったらこうしたらどう? 空くん、僕達にもチョコを作ってよ」


 「へ?」「はい?」俺とアジくんは間の抜けた声を出した。

 エビくんは構わず、説明を続けた。本命はあくまで鈴理先輩に絞っておいて、義理チョコ……、いや友チョコを大量生産しておく。

 それを日頃お世話になっている宇津木先輩や川島先輩、大雅先輩にフライト兄弟、そして御堂先輩にも配布。そうすれば鈴理先輩の怒りも最小限に済むのではないかと提案してきた。


 アッタマいいなぁ、エビくん。

 それなら鈴理先輩も納得してくれる筈だ!


「本命は友チョコと別個にして、ちょっと豪華にすれば竹之内先輩もご機嫌でしょ?」


「うん、そうするよ。その案、すっごくいい! ……あ、でも大量生産できるかな。経済的な面で無理かも」


「気持ちさえ分かればいいんだから、チョコ一個でもいいと思うぞ。空」


 それもそうだ。

 俺はエビくんの案を即採用することに決めた。

 「あとね」エビくんがそっと耳打ちしてくる。フムフム、俺は助言に相槌を打ち、そして。

 

   

 

 

「―――…学校の図書室は大きいっすね。鈴理先輩。下手すれば市民図書館よりも大きいかもしれませんっす」

 

「私立だし、それなりに金は掛けているだろう。それで空? あたしに手伝って欲しいこととはなんだ?」


 

 その日の昼休み。

 俺は鈴理先輩を誘って図書室に来ていた。

 彼女は俺が参考書を求めに来たのだと思っているらしく、図書室に来て早々理系関係の本棚に向かい始める。

 「先輩」俺が行きたいのはこっちだと彼女を手招き。Uターンしてくる鈴理先輩と共に向かった先は料理コーナー。


 さてと、お菓子本はどれだろうか。

 俺は鈴理先輩にお菓子本を探して欲しいと物申す。

 首を傾げる鈴理先輩は、「何か作るのか?」と本を手に取りながら、クエッション。


 すっごい気恥ずかしくなりつつ、「その……鈴理先輩に」と返答。

 だから先輩の好きそうなお菓子を教えて欲しいと、ボソボソ声で言った。


「ほら、俺って……、女ポジションに立ってるじゃないっすか? だから一応、バレンタインは俺から贈ろうと思いまして。だけど鈴理先輩の好きなもの……よく分からないですし。な、なに食べたいっすか? ケーキとかは無理っすけど、なるべくご要望には応え―…」


 視線を流した刹那、背伸びをした彼女に口を塞がれる。

 瞠目する俺は触れるだけのキスをされたことに硬直。口角を舐めて離れていく鈴理先輩は、「空がいい」と花咲く笑顔を向けてきた。危うく図書室で絶叫を上げそうになった俺は、赤面を見られたくない故に持っていたお菓子本で顔を隠す。

 「俺はもう」あげてますからお菓子でお願いします。小声で言えばカチリ、鈴理先輩からナニやらスイッチ音が聞こえた。


 おーっと、これは不味い展開ではないだろうか?!

 


「いつから空はそんなに誘い上手になったのだっ。素直な誘いではないが、この誘いは花丸満点だ。ではご要望に応えて」


「ちょっ……、誘ってるんじゃなくって。バレンタインのお菓子をっ……、せ、先輩」



 シッ。


 俺を追い詰めて来る鈴理先輩は、此処は図書室だと人差し指を立ててくる。

 ワカッテマスよ。だから俺を追い詰めるような行為はやめて下さいっ! ほっらぁ、そんな意地悪い顔で壁際に俺を追い詰めないで下さいよ。

 「せんぱっ」「誘う方が悪い」爪先立ちになる彼女が俺の頬を包んできた。すっかり攻めモードだ。


 どうする、俺!


 「人が来ます」俺の訴えは、「空。静かにな」見つかったら口喧しく言われる、鈴理先輩は目で笑って腕を引いた。ということは?  頬を包まれていた俺は必然的に彼女に引かれてっ、ちょぉおおおおおタンマ、タンマっす! せんぱっ!

 唇を食んでくる彼女と半強制的に口付けを交わす俺は、内心でぎゃーっと悲鳴。

 必死で抵抗すると微かに物音が鳴る。ギクリと肩を震わせる俺を余所に、目で笑う鈴理先輩はこう視線で訴えてくる。人に見られたいか? と。

  

 お、お、オニィイイイイ! この人、鬼過ぎる!

 仕方がなしに抵抗を止めれば、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっー! 大変激しく愛してくれました。

 「も、そろそ」ちゅっ! 「せんっ」ちゅっ、「しつこ」ちゅっー! あ、あ、愛し過ぎてくれるのも問題かもしれない。

 


 と。



 向こうから足音が聞こえた。

 目を見開く俺は急いで彼女の肩に手を置く。人が、マジで人が来ます! 聖域並みの静寂を保っている図書室で不埒なことをしていたら怒られますよ! 先輩、鈴理先輩! お願いですからキスは中止してっ、ゲッ……、ふ、深くなったし!

 頭を引こうにも頬を固定されているから引けない。押し返すことも不可。近くからは人の気配。


 ああもうっ、お願いだから先輩っ、意地悪い行為はやめて下さいって!

 足音が聞こえるかもしれないでしょ。物音も聞こえるでしょ。こっちの本棚に善良なる生徒さんが来るかもしれないでしょ!


 しかし、なんだっ、なんなんだっ。

 周囲に緊張すればするほど、変にキスを意識せざるを得ないというか。妙に、みょーに気持ちが昂ぶってくるぞ。ドッドッドと心拍数が多くなって……、あれ、おかしいぞ? もしかして俺、コーフンして?

 ちょぉおおお、やっばーい! それこそやばい! 俺がコーフンしたら、それこそ収拾がつかなくなる! 誰か鈴理先輩の暴走を止めるよ?! ストップエロティカル青春、スチューデント中は清く正しく美しく誠実に生きましょう!


 でも俺もな……、一応健全な男の子であるからして、だよ。


「っ、ふ」


 息継ぎに甘さが滲んでくる。

 小さな吐息すら大きな物音に聞こえ、心臓が高鳴った。

 舌の輪郭をなぞられ、足が震える。

 誰かに見られるかもしれない、この環境が怖いのに、意識すればするほどキスが気持ちいい。感度が増していく。

 

「っ!」


 脇を軽く擦られ、驚きの声を上げそうになった。

 唇を重ねたまま彼女と視線を合わせる。目が笑っていた。意地の悪い眼だ。人の感度をまさぐるように、カッターシャツの上から艶かしく手の平が滑っていく。無理やりにでも彼女の体を引き剥がそうと肩に手を置き、力を込めた。

 すると生意気だと言わんばかりに塞いでいた唇が離れ、つま先立ちをしてそっと右耳を食んだ。


 かくん、と体が前につんのめる。

 そ、こは、俺の性感帯のひとつ、なのに。変に弄られたら声が出る、彼女も知っているのに。

 縁を舐められ、ぞくぞくと背筋がわなないた。付け根をなぶってくる舌が不覚にも気持ちいい。


 無意識の内に彼女の背中に腕を回す。

 持っていた本を落としそうになったけど、根性で踏ん張った。

 引き剥がそうとすればするほど相手を焚きつかせる。ならもう、ここは我慢しかない。極力物音を立てないという選択肢を取った俺は、とにかく漏れそうになる息を殺した。もうそれしか手はない。やり過ごすしかない。存在自体を空気にするしかない。

 嗚呼、隔たっている本棚の壁の向こう、気配がもう目と鼻の先だと分かる距離で、馬鹿をするバカップル一組。傍から見たら滑稽なこと極まりないだろうなぁ。


 くそう、見つかって怒られたら先輩のせいっすからね。

 俺、知らないっすからね。責任とって下さいよ!


 自棄を起こしてどれほど経ったか、止まっていた足音が再び聞こえ、気配が遠ざかって行く。

 どうやら見つからなかったらしい。

 

 同着で外を舐めていた舌が中に侵入してきた。

 「ぁ」小さく声を漏らす俺に、「良かったな」見つからなかったぞ。ニンマリと悪魔な笑みを浮かべ、舌を引き抜く肉食お嬢様。息や声が漏れていたのに相手は気付かなかったようだ。相手が鈍感で良かったな。

 意地悪い言の葉を羅列してくる鈴理先輩に、「酷いっす」上体を持ち直した俺は赤面したまま眉をつり上げた。


「悪趣味にも程があります……、見つかったらどうするつもりだったんすか」


「あたしだけに責があるとでも? 心外だな。人にしがみ付いておいて。空にも責任、あるんじゃないのか? 例えば、この耳の感度とかな」


 べりっと俺を引き剥がして、あたし様はふーっと人の耳に吐息をかけてくる。

 まだ火照っている体はびくんと大袈裟に震えた。「ほら感じた」あんたも満更じゃないだろ? 顎に指を絡めて引き寄せてくる鈴理先輩はすっかりSモードだ。なんで此処であたし様を発揮するんっすか! そういうスイッチ押した記憶、これっぽっちもないのに!

 これ以上にない赤面を表情に滲ませる俺は、「じゃあ責任は折半で」と小声で譲歩案を出す。


 当たり前だとご機嫌に答える鈴理先輩は、耳に齧り付いてきた。

 「イ゛っ」悲鳴を上げそうになる俺は、思わず持っていた本を落とす。

 あああっ、図書室の本は公共の物なのに! もっと言えば俺達の施設費から出ているお金なのに。

 

「だ、駄目っす。ほんっと……これ以上は」

 

 まーだ襲う気満々なのか、鈴理先輩が縁を丁寧に舐め上げてくる。


 駄目だと懇願すると、

 

「じゃあ、やめてくれたら何してくれるんだ?」

 

このジャイアンはこんなことをほざきやがりましたよ!

 「ナニって」できることならバレンタインチョコで勘弁を……、俺の申し出に、「生ぬるい」あたしがそれで終わると思うか、鈴理先輩はニコッと綻んできた。天使みたいな笑み、でも発言は一々悪魔じみている。

 

「空。バレンタインは恋人の日だ。それなりのことをしてくれるんだろ? 菓子以上に甘いことをしてくれるんだろ?」


「まさかチョコレートプレイなんてことを言うんじゃ」


「べつに蜂蜜でも「そういう問題じゃないっすよねっ!」

 

 ぶうっと鈴理先輩は脹れ面を作る。

 くそう、やっぱりきたか。チョコレートプレイ。フライト兄弟が言うように、先輩は狙っていたらしい。破廉恥極まりないチョコレートプレイを。


 ……フッ、甘いっすね先輩。

 俺が策を立てていないとでもお思いで? フライト兄弟という助言者達のおかげで、俺はバッチシ策を立てましたよ!

 そう、今先輩を図書室に連れ出しているのも、彼女のご機嫌を最高潮まで上げるための雰囲気作り。ご機嫌であれば、多少の不愉快も彼女は受け流してくれるだろう。


 それがたとえ友チョコを恋敵にあげたとしてもだ。

 よーし、ご機嫌を取るためにもチョコレートプレイを掘り下げてみようではないか!


「じゃ、じゃあチョコレートチューで勘弁して下さい」


「む、チューだと?」


「バレンタインの日。俺、お口で先輩にチョコレートを食べさせてあげますっす。それでご勘弁を。ちゃんとプレゼントとは別に、チョコを買ってきますから。ね?」

 

 手遊びをしながら交渉を持ちかけると、「お口ねぇ」鈴理先輩が不満気に腕を組む。

 う゛っ……、やっぱり足りないか。足りないんだな。キス以上を求めている彼女だもんな。もっとアダルティを望んでいるよなぁ。


 ええい、負けるな健全魂! 健全な好きを見せたれ俺!


 

「せ、精一杯バレンタインにしますから。それじゃあ駄目っすか? これでも俺的には頑張ってるんですけど。

あ……、もしかしてチョコに好き嫌いがあったり? 実は手作りより、市販の方が! それならそれで頑張りますよ。デパ地下のチョコレートだって買ってみせます! ただその場合だと14日に渡せるか分かりませんけど。

す、好きって気持ちはっすね、受け身男にだってちゃーんとあるんっすよ。先輩を喜ばせたい気持ちは誰にも負けないっす。俺の気持ち、受け取ってくれませんか?」



 い、言い切った! よくぞここまで言い切った俺! マジで偉い!

 攻撃型肉食系お嬢様でも、守備力は然程ない、特に不意打ちは滅法弱いから、珍しく頬を紅潮してきた。

 

 「まったく」あんたには敵わないな、チョコレートチューで許してやるか、と承諾。

 内心で「うっしゃああ勝ったぁあ!」と勝利のガッツポーズを取る俺が硬直したのはこの直後。


「チョコレートプレイはあたしからシてやる。あんたは安心して、あたしに身を委ねておけ。まあ、最初からあたしからのバレンタインチョコはこれだったんだがな」


 アウチ、バレンタインデーは貞操の危機なんだな。免れないぞ。

 

  

「空はミルクチョコレートは好きか? ホワイトチョコレートでもいいが。やや卑猥になるような……、うむ、そそるな。ホワイトチョコと空。まるでそれは濃厚な情事中の「それ以上言うとお下品お下劣怒られるっす!」


  

 「シーッ」空、ここは図書室だぞ。指を立ててくる鈴理先輩に、俺は半べそを掻いた。

 これはバレンタイン対策とは別に、エスケープ手段を幾つか考えておかないとな。なんでバレンタインデーってこんなにめんどくさいんだ。



(引き篭もりになりたい)



 涙ぐむ俺、豊福空だった。

 

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